第59話 純然たる悪意。1/3
皮肉な事に——常に結果とは良くも悪くも平等に訪れる。
或いは結果のみが、この世に置いて唯一の平等と思える程に。
「騎士としてはあるまじき
結果として役に立った下準備が
「どうしたユカリ、あまり外に顔を出すな。外ではイミト殿の戦いが起きているようだ」
「……馬鹿みたいピョン。あんなの」
長い時の中で積み上げてきた努力も準備も経験も、たった数秒——たった幾つかの
否——、さもすれば始めの土台からと思い至る事もまた必定なのかもしれない。
そう思える程に二階建ての馬車の小窓から黒髪を流す冷ややかなユカリの目が移す光景は悲惨な物であったのだ。
「うらぁ‼ どうしたよ、さっきまでの
ただ——相手を殴る。
しかも反撃してくる相手の拳を読み尽くしているかの如く軽々と
そして自らも背後に体を
一方的な力量差で交わされる暴力がそこにある。
「かっ……あ……」
そこにあったのは、まるで武術家に喧嘩を売る不良のような光景ではあった。
しかしながら誤解なきように語らねばならない。
——
「ぷっ……別にプロテイン生活を否定する気ねぇけど、無駄な筋肉つけすぎだろ。確かチキンレッグって言うんだっけか、
未だ左手に残る泥を握っていた汗ごとズボンに
「く……クソが……はぁ……はぁ……」
一方——、一方的な暴力に
ただその
「今からでも、ぶっ倒されないように体を支えるイチモツを神様にでも頼んだらどうだ? お前をここに転移させた神様とは知り合いなんだろ?」
それでも対する男の軽口を止める程の実のある気迫は無く、いや余裕で満ちた彼であるからこそ——それを感じなかったのかも知れない。兎に角、バンデット・ラックが放つ死に際の執念に対してイミトは一歩も引かず、むしろ足に込める力を強め——泥の草原に強固な足跡を残す。
「……はぁ……舐めてんじゃねぇぞクソ虫が。調子に乗りやがって」
「はっ、今の今まで調子に乗りまくって空想の未来へサーフィンしてた奴に言われたかねぇな」
ズンズンと静かに足を踏みしめて迫りくる何処までも予想外の男に
「……そろそろ終わりにするぞ。俺は人を殴るより言葉責めをする方が好きなんだ」
しかし頭巾を後ろで結ぶ布の端の具合を確かめ締め直す為に、僅かに
「殺してやる……ぶっ殺す‼」
だが——彼が選んだのは、恐らくイミトが内心では最も望んでいなかった選択なのだろう。一方的に殴られ続けた事で近づいたのは、背後の地面に突き刺さって傍観させられていた彼の憎しみの歩みを共にしてきたバンデット・ラックの武骨な大剣。
血も
「——ははっ、剣を使うのか。ルール通りじゃ勝てねぇから武器を使うなんざ、まるでチーターの思考だな。俺ツエェェェの極みかよ」
その
呆れ果て、見下げ尽くし、失望に胸を
「他人に対して公平に向き合う気も無いくせに、神様の不公平だの親ガチャだの、他人を
「うるせぇ‼ 知った事か‼」
まるで己の過去を観るように己の失敗を魅せつけられているかの如く、辟易と首を傾けるイミトの忠告を
「——そりゃ最初からどうしようもない事はあるだろうさ」
そのまま見るに耐えぬと
「誰もがクソ喰らえなゲームバランスで適当に配られたカードだけで遊んでいくしかないクソゲー。言いたくなる気持ちは分からぁ」
それでも——イミトは、とても静かだった。
「——イミト殿‼」
遠く背後の馬車の方からカトレア・バーニディッシュの声がして、立ち尽くす草原の立ち位置近くに飛び降り突き刺さる漆黒の槍の音が鮮明に聞こえる程に、静かだった。
「……気が利くね。要らねぇ世話だけど」
戦場に飛び込んできた使い慣れたと言ってもいいイミトの槍——殺意を爆発させて駆けてくるバンデットを尻目に、それに流し目で視線を送ったイミト。しかし、敵の意気に合わせて槍を取りに行く素振りを
「死ねやぁぁあ‼ 腐れ転生者‼」
「そうやってテメェは何も見ちゃいないんだな」
——
跳び上がり、振り上げられる盛大な一刀。
——されど静やかな水面に走る波紋を読み解くが如く——
サラリと半身を動かして縦一閃に振り下ろされるバンデットの初撃を
やがて——先述したように至る結末。
「【
その終わり際の声が、その皮肉が存分に込められた魔法のような技の
「——⁉ ぐがぁ⁉」
刃の行き先を美酒をもたらす標的へと切り返す
「数百年は足りねぇな……アイツの大剣は、こんなに軽くねぇ」
バンデットの顔を顎から真後ろに蹴飛ばして、もう片方の足と共に踏み付けていた大剣を押さえつけ、大剣の柄を握り締めているバンデットから引き剥がす。
「ま……まだだぁぁぁあ‼」
しかし一歩、二歩、最後の手段と縋っていた大剣を奪われ——
——意志の力。
それらがまるで、彼の背を支えるように——
「ほらよっと」
していたのでと、手早く拾い上げたバンデットの大剣を踏み止まった矢先のバンデットの側頭部へと歯を立てずに
「が……ぁ……」
瞬間、脳が衝撃を受けた箇所から離れるように波打つ気がする
——だが、彼は立ち上がるのだろう。
故にイミトは奪った剣を放り捨て、頭に巻いていた頭巾を長方形の布に変えたのだ。
「因みに……この頭の布はオシャレで付けてたわけじゃねぇよ。こうして——」
「テメェの首を
「……ぐ‼ が……」
事前に示し合わされてたようにイミトの汗や泥の水気を吸い、
同程度の身長——背負い投げを投げぬままに背中合わせにイミトは
——これを、神仏地蔵を背負う姿に似ている事からそのまま『地蔵背負い』と
「転生者しか見てないテメェと、お前を見てる俺じゃ、どっちの視界が
「こちとら、テメェらが運命ガチャだのと
己の神に
——こうして堕ちるは暗黙の闇。
それを人は、『絶望』と呼ぶのだろう。
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