第59話 純然たる悪意。2/3 

——。


 しかしながら度重たびかさねてにおわせ先述しているように、襲来者バンデット・ラックはイミトの匙加減さじかげんで気絶する程度に生きながらえ、両手足や首を含めて五角形の格好でつなぎ広げられて拘束させられるに至っている。


そんな彼の傍ら、嵐の過ぎ去った青天の下で椅子に座り黒い円柱のつつに片手を突っ込み白い雲のような粒を口の中へと放り投げながら天を見上げていて。



「取り敢えず、テメェもポップコーン食べるか? お前がタイミング悪く現れた所為せいで少しムラになっちまった部分があるけどな」


「切った口の中に塩が染み込むかも知れねぇが、自業自得だろ」


そして草原の湿った土の上、大の字で両手両足を五角形に黒い鉄棒で拘束こうそくされるバンデットにも、軽食をうながすべくポップコーンの粒どもを椅子に座ったまま腕を軽く降ろし器ごと差し出す。



「……要る訳ねぇだろ、そんなもん。さっさと殺せよクソッタレ」


すると右側に座る悪意の魔人の嫌みったらしいその言動を横目に一瞥いちべつし、天のあおに静かな目を向けるバンデット。流れる白雲はくうんが、身動きの取れない彼に自由を魅せつけてくるようであった。



「そりゃさびしい解答だ……チート無しで殴り合えば、不良漫画ヨロシク友達になれるかとも思ったがな。テメェらにしたら俺が喧嘩が強いのも親ガチャ大当たりのチート扱いなんだろうな」



一方で、拘束を受けず自由を謳歌おうかしている魔人は虚無の憂いに同じ雲を眺める。

先程まで繰り広げられていた暴力の喧騒けんそうが落ち着き、徐々に平穏を取り戻すべく穏やかな風が草原に戻ってきたように吹き抜けて。



すると、そんな風たちに傷をでられたがゆえか。


「——……レヴィはどうした」


ほんの気まぐれと言った風体をよそおい、自身が気を失ってからの出来事を問うバンデット。



「左側を見て見りゃ、大体わかる」


彼が見せる初めての会話形式を待ちかねていたイミトではあったが、その質問内容ゆえか淡白な視線をバンデットに向けた後、自身が言葉で放ちバンデットの視線を誘導する方向に先んじて目を向ける。



「「……」」


そこにあるのは草原の雑草に混じる


手首から下、腕をおおう布切れは何処か見覚えのある材質で——その少女のような細い指にも心当たりがあった。



「俺は……俺は守れなかったのか……何も……」


物を語らぬ人の腕に、震えるはバンデット・ラック。悔恨かいこんを握りめるように動かぬこぶしを握り、彼は無力を噛み締めた。


レヴィは死んだのだ——彼女を追い掛けたのは、魔人の仲間の三人。


その誰もが、只ならぬ気配を持っていた。連想するは容易たやすい。


だが——、

「勘違いすんな。たく、テメェのような察しの悪いガキは嫌いだよ」



彼女は死んでいないのだ。歯を噛み締めて涙を堪えようとするバンデットに呆れの溜息を漏らし軽蔑しながらも教鞭を振るうが如く彼に真実をイミトは語る。



「あのレヴィって女は、自分の片腕をおとりにして逃げやがったそうだ。テメェを置いて自分だけな……腕の他は落ちてないんだからわかるだろ普通」



「ウチの仲間は、そういう事に関しちゃ嘘はつかないし、小娘だからって見逃す程にシュガーでも無い。信頼できる情報だぞ」



「生きているのか……⁉」


「そりゃ今後の運次第だろ。いつだってそうだ」


それは、一度は絶望に心までをひたしたバンデットには意外過ぎる報告だったのかもしれない。虚を突かれた様子で急ぎ振り返る男の双眸そうぼうには、酷く寂しげに息を漏らす魔人の横顔——風に揺らぐ白黒の織り交ざる前髪。



「つまり自分の目的やら命を優先してのトカゲの尻尾切りって訳だ。それを踏まえて今の気分はどうだよバンデット・ラックくん」


気晴らしにポップコーンを頬張ほおばって、コーラでもあればとなげくように口寂くちさびしげな嫌味を一つ。金曜日に眺める興味の無い映画を観るが如くと途中経過の感想を尋ねるイミト。



「——……そうやって俺の様子を愉しみたいのかクソ野郎。どう転んだって異世界転生者にロクな奴は居ねぇな。もう良いから殺しやがれ」


すると鼻を啜って涙を押し込め、心を持ち直したバンデットはエンディングの余韻にひたらせろと無駄な会話を嫌悪して。もう何も語らぬと天の蒼に視線を戻し深くまぶたを閉じた。



「そういう無駄な所で勘ぐって人の細やかな慈愛に満ちた言動を勘違いに受け取る所も嫌いだね。ロクな奴は居ないってのには同調したい所だが」



しかしながら、気の利いた天邪鬼あまのじゃくな性格をしているイミトが望まれるままに言葉を止める事は無く、むしろスタッフロールの後に来る次回を暗に予見させるシーンまでをたのしめと言わんばかりに鼻息を吹いて。



ただ——ただ、言葉と気配でテレビのリモコンを奪い合っているかのような、そんな風体。



「俺は只、お喋りをしたいだけだって言っただろ。どうせ死ぬんだ——地獄への土産話みやげばなしに付き合えよ」



「……話す事など無い。殺せ」



「ったく、心折れて諦めちまったみたいだな。目的の為に命乞いのちごいでもすりゃ考えてやるのに」



けれど、言わずもがな比喩ひゆとしてテレビのリモコンを握っているのはイミトの方で、彼が垂れ流す電波的な音の波長は耳を手で閉じる事すらできない状況のバンデットへと垂れ流されていくのである。

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