第57話 不倶戴天。4/4

——。


ガタンゴトンと馬車はく。

しかしながら、彼の話もせねばなるまい。



或いは終わりの始まりを語るべきなのだろう。


不規則に渦を巻く蒼白く寒色かんしょくに輝く何処とも言えない異空——天も地も無い混沌の腹の中の如きその場所で、復讐と正義にその身を焦がすバンデット・ラックは存在し、やがて始まる新たな戦いに向けて握ったこぶしの具合を確かめ直す。



「じ……じきに、目標地点まで到達します。大丈夫ですか、ラック様」


その傍らで彼を補佐するように一冊の本を腕に抱え、古めかしい御下がりのような魔女のトンガリ帽子を被る少女は不安げな瞳を持ち上げて、彼の横顔に向ける。



「いつもと変わらない……クズが死ぬまで殺すだけだ」


そんな少女に、素っ気なく顔の向きを変えぬままに瞼を閉じて言葉を返すバンデット・ラック。


発光する蒼と白の織り交ざる飛沫しぶきのようにうずを巻く世界で、流されるままにうずの先にあるのだろう時を待つ。背中にたずさえた武骨な大剣もまた、淡々と渋く言葉を放っているようで。



「こ……今回のは、ラムレット様の資料によると際立った神の恩恵を得ては居ないものの強大な魔物と手を組み、力を得ているタイプの異世界転生、者との事です。え……えっと生存時間は一月か二月程との事で……その」


やがて迫って来る時に不安げな少女はその弱気な素振りで慌てて持っていた本のページをまくり始め、つづられる文字をなぞる様に目線を動かし、彼らが向かう場所に居る標的について語り始める。何かの話の種にと、そういう腹づもりだったのだろう。


「どのみち気に入らないゴミカスだろ。チートの無効と魔法無力化で終わりだ……タイムリープ系の能力は?」


しかしそれでもバンデットは素っ気なく、辟易とあくまでも業務上の質問の範疇はんちゅうを越えない言葉を返すばかり。



「そ、存在しないものかと。しかし腕の立つ仲間が数名……その中にもう一名、魔物に転生し、人の体に封じられている者が居ると事前の調査で判明してます」


「二人か……まずは最初の方から殺る。アンタ……だったか……結界術は、ラムレットとどのくらいの差がある」


「あ、えっと……目標地点……討伐対象者の付近に通路が開いてから数秒と言った所……です。すみません……」


淡々と蒼の異空で同じ方向を向きつつ、交わされていく業務連絡。短い会議。



「いや、十分だ。俺が突撃して相手の気を引いている内にやってくれ」


 「わ、わかりました……」


リヴィと呼ばれた古めかしいトンガリ帽の少女は、悲壮ひそうを背負う彼との明るい会話を諦めた様子で弱々しく開いていた本を閉じる。



「——アンタ、今回の戦いに勝てば神様になるんだろ? そんなんで大丈夫かよ」


そこで彼は見かねた感情を横目の瞳孔に映して見下げるが如く僅かに緊迫の糸をゆるめて、服のポケットに拳を隠して息を吐く。


「……だ、大丈夫です、私を推薦してくれたラムレット様の為にも神の座を勝ち取って、ラック様の悲願でもある異世界転生者の根絶を果たさなければ」


珍しく殺人鬼バンデット・ラックが魅せしめる人情味にんじょうみに、意外そうな反応をうかがわせるレヴィ。されど僅かに呆然とした後にハッと我に返り、しかと彼女はその細い両腕で本を大事そうに抱え込む。



「——……ああ。俺には俺の理由があるけど、出来る限りの協力はしてやるよ」


まるで装飾の施されたの如きレヴィが抱える本に目を配りつつ、足が動かずとも進んでいる蒼の異空の進行方向を見据えるバンデット。


その先に存在するの姿を夢想し、彼は目の鋭さと眼力を強める。



 「そろそろ現地に到着します……戦闘の御用意を」


「俺やアンタにとってもか——。一気に奇襲を掛けて、分断して先手を取る。そのつもりで居ろ」


そして背中にそびえる武骨な大剣の血も滲む包帯がグルグル巻かれた柄を肩を上げて掴み、覚悟と用意を口にした。



「はい。では——到着します。三、二、一……」



——その壮絶な過去が生んだ覚悟と執着が——

——その先に居る魔人を倒すにはと知らぬままに——


蒼の異空のトンネルを抜けて溢れた異界の光は白く、そして刹那の広がり。

まばゆい陽光にくらむ間もなく彼らの視界に飛び込むは——、




貧民圧殺スラム・アサシネイト


「「——⁉」」


吸い込まれそうな

一気呵成いっきかせいの奇襲をこころみた者たちを嘲笑うが如く、真っすぐに飛び込んでくる黒いトゲ付きの鉄球は彼らが知るよしもない魔人が得意とする技の一つ。



それが彼らの正面から真っ向とき潰さんという勢いで。

やがて聞こえてくる衝突音の向こう側。


首の無い馬が牽引けんいんする馬車の御者台ぎょしゃだいに座る男は言った。



「——……まさか、ここまでのだとは予想外にも程があるだろ」


足を止める馬車からヒョンと跳び降りて、バシャリとぜる草原の泥飛沫どろしぶき

草原に無造作に伸びゆく草たちを撫でる爽快に心地いい風の吹く音に揺れた白黒の髪。



「こんにちは。——どんなをお持ちですか、お客様」



「奇襲をお望みなら、生まれる場所を間違えておりましたのでぞ」


その下に浮かぶ悪辣あくらつな笑みはかたむき、そして世界をななめに見据みすえる眼もまた等しく



「……が、ここの異世界転生者か」


「は……背後にある馬車に私の狙いである討伐対象の魔物も確認出来ました」


咄嗟とっさに武骨な大剣で抑え込み僅かに受け流した黒い鉄球が方向を変えて斜めに転がる中で、殺人鬼が垣間見る魔人の姿。



「仲間は全員、顔を隠してやがるな……気味の悪い連中だ」


そしてその背後に控える——異世界転生者の特有と言ってもいい仲間たちの姿を見通し、



「はは、おびえたフリするんじゃねぇよ。真正面から空間をブチ抜けてきた肝っ玉で」


 「この……イキり陰キャが‼」



優先すべき不倶戴天ふぐたいてんの敵を認識したバンデット・ラックは眼光の奧に炎をともしたが如く、盛大に武骨な大剣で黒い鉄球を押し退けて、その上腕二頭筋を咆哮の如くたぎらせ反吐を吐く。



——こうして邂逅かいこうする殺人鬼と魔人の両者は、嵐が過ぎ去り平穏を取り戻している様子の平原にて激しく泥のように混じり合い、弾け合う。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る