第57話 不倶戴天。3/4
そして冒頭から戻り過ぎた時が僅かに進み、森深い地に似合わぬ黒い無機質なテーブルに並べられて食器が、食事後を告げるが如く重ねて並べられる時。
「ふー、お腹いっぱいなのです。ワタクシサマ大満足なのですよー」
「……よく朝からそんなに食べられる。美味しかったのは分かるけど」
「お粗末ってな、自分の満腹は自分で決めりゃ良いのさ。何も残らない方が片付けは楽だけど、無理して食われる方が良い気分はしないもんだ、改善もまた一興だしな」
それぞれの椅子の上、満悦な様子でテーブルを
「美味しく頂きました。本来であれば、無理に同行している私がイミト殿の施しを受け続けられる立場でも無いというのに昨晩に続き、感謝いたします」
先んじてコーヒーを
「ああ。でも、こっちにもメリットがある話だからそんな堅苦しく気にしてないで食っといてくれ。食料調達とか手伝ってもらうけどな」
雑多に集めた食器皿をテーブルの端に、軽く台拭き用の布でサラリとテーブルを拭ったイミトは何の気苦労も無いと彼女の
こうして始まる食後の茶会。
テーブルに
「——もう飯の話はその辺にしておけ。続けるつもりなら移動の馬車の中でやるが良い」
無論、そのような退屈な平穏を戦場で生きてきたデュラハンのクレア・デュラニウスが好む訳も無く、
「ん。そうだな……セティス、地図の用意を頼むわ。方角と目的地の確認がしたい」
食後に意表を突かれたが如く、クレアの言動に言葉を
「カトレアさんは、もう少ししたら姫様の馬の遺骨を持って来てくれ。取ってるよな?」
「……些か憚られますが、了解しました」
それからイミトは矢継ぎ早にカトレアへ目線を流し、彼らが旅の移動に用いている『道具』の安否を尋ねる。ツアレスト王国の姫君の側近であったカトレアにとって姫が愛した愛馬の亡骸を利用する移動は、あまりにも残酷な選択——
けれど、後々と今は別れている姫や国が為に生きるのであればと目を伏せながら彼女は苦い漆黒のコーヒーと共に飲み込んで。
「え……えっとワタクシサマは何をすれば……」
そのカトレアの感情を理解しつつも目を逸らすイミト。その安穏の無い微妙な雰囲気の中、バツが悪そうに申し尋ねたのはデュエラだった。
僅かに揺れる黒い顔布が彼女の不安を如実に表す。
「貴様は洞窟から荷運びをせよ。入り口に馬車を作る故、中の物を外に出しておくだけで良い」
そんな彼女に、答えを返したのはクレアであった。
目線を鋭くデュエラへ流し、じれったい少女の畏怖に、辟易とクレアは白黒髪を波立たせて、それでも静かに瞼を閉じる。
「あっ、分かりましたのですよ‼ 直ぐに用意するのです」
しかしデュエラはクレアの冷徹な言葉に声色を明るくして、すぐさま指示に従おうと椅子から立ち上がろうとした。純真か、
「——まぁ落ち着けよ、食後の茶ぐらいは飲ませてくれ。それに今の内に言っときたい事が一つあってな」
そんな哀れな少女の振る舞いに物思いつつ、何事も無かったようにティーカップに注いだばかりの紅茶を啜るイミト。デュエラを言葉尻で掴まえた彼は、自身の椅子に座り直して背もたれに寄り掛かった。
「……また貴様の妄想の
その風体は、あたかも己の確定している未来や運命を
されど
「はは、別に良いじゃねぇか。妄想は妄想だけど、お前らを巻き込む訳でも無い……ちょっとしたお願いを一つしておきたいと思ってるだけで」
「お願い……ですか?」
だが彼女らの静やかな眼差しを嘲笑い、
「ああ、何の事は無い……クレア曰く、くだらない『もしも』の話さ」
「「「「……」」」」
思わずと疑問を溢したカトレアに微笑みを贈り、そしてイミトは特にクレアへ
「もしも、この先——お前らの知らない二人組が現れて、俺達に喧嘩を売ってくる事になったら、片方の男は俺に任せてお前らは四人掛かりでもう一人を狩っといてくれ」
やがて起こり得る可能性の一つを吐露し、飲んでいたティーカップを静かに置いた一段落は、突拍子も無い彼の思考言動に理解が及ばぬ空気感を醸し出すには十分すぎる火力であろうか。
しかし彼を取り巻く事情を含め、イミトの過去を現在に至るまで大まかに知るクレアのみが先んじてその場の誰よりも彼の言葉を噛み砕く。
「……男という事は分かっておるのか」
それでも——イミトの思考は厚く噛み難い。
さしものクレアであっても確証は無かったのだろう。
故に彼女が彼の言葉の解釈の糸口を開く手掛かりに掴んだのは、場当たり的なその場凌ぎ。
すると、彼は自身の心の醜さを自嘲するように彼女に答えを返すのである。
「それは俺の希望的観測だな、誰にでも愛されるキュートなハーレムルートを目指す俺としては男の方が殺すのに
冗談を冗談めいて語る反面、彼が背負う呪いの如き因縁を
「まぁ、もう片方はルーゼンビフォア並みか少し下くらいの力だから天下無双のクレア様の暇潰しにはなるだろ……納得してくれると助かるよ」
そして、紅茶を静かに啜った口直しの後、クレアと向けた眼差しの奧には紛れもない『お願い』の気配を強く秘めていた。
「つまり、知り合いかそれに類する敵が来るという事ですか?」
「いや……知りもしないクソッタレさ。だけど、それ系の連中が一番早く来る気がしてな」
「逆にその前に何人か違うタイプが来てたら、かなり厄介な事になるんだが……まぁその可能性は低いとは思う」
この時、彼は既に気付いていたのだ。
あくまでも可能性を考えていく中で、この先——他の誰でも無い己の身で打破しなければならない業に対する報いを。誰か一人、或いは二人——話し合いの向こう側で、必ず己が重ねなければならぬ罪があるという事を。
すっかりと嵐が連れてきた雨が上がりて陽が世界を照らして暫くのこの
彼は既に自分が人を殺すという重罪を犯す事に勘づいていたのであった。
「ワタクシサマに何の文句も無いので御座いますよ。イミト様の考えは分かりませんが、イミト様の言う事は聞くのです」
「……私も異論は無い。アーティー・ブランド以外の共闘は無条件に従う」
「——クレアはどうだ? なんか言いたい事はあるか?」
それでも彼がその最悪を避ける事が出来ないのは、只の性分だからという説明のみでは済まないに違いなく。
「……その時はカトレアとユカリも同行させよ。道理は分からぬが、貴様の事だ……そういう事なのであろう」
「そういうこった。流石はクレア様で助かるよ……だけどユカリは駄目だ。アイツとは昨日の夜に話を着けておいたから暫くはカトレアさんに手を貸してくるだろ」
「——分かった。あまり魔力を使い過ぎるでないぞ」
「学習してるさ。それに、俺の予想じゃそんなに魔力は必要じゃない戦いだ」
「「「……」」」
何故ならば
彼が普段通りの
それはまるで、遺書の如く。
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