第55話 やがて灰になる。4/4


本来の静寂を思い起こす僅かな合間、夕食の片づけに片手間で始めるイミトは並行して思考する。


如何に語れば良いものか、もしくは如何に片付けて行けばいいのかと。



「どう言えば良いんだか……まぁ近々、ちょっとした目的の為に馬鹿みたいな力を持つ連中が大規模なの勝負を始めるらしくてな」



洞窟外で嵐にさらされ、泣き叫ぶ森の木々木ノきぎこのはこすれ合う音や洞窟の入り口の淵を伝う山々の号泣の如き雨音の中、イミトはそれを気に掛けているような首をかたむける素振りで誤魔化しつつ有耶無耶うやむやと言葉をつむぐ。



「人数は五人。その中に、ルーゼンビフォアも含まれるって言えば……どのくらい面倒な感じか伝わるのかね」



言えぬ事は多く——信じさせたる根拠は乏しい。そのような状況を暗に匂わせて、虚実の仕事を請け負わせた首をいたわるようにえた右手。


「……ルーゼンビフォア。先日、クレア殿の命を狙いレザリクスと共謀した女ですね。確かに、共に居たイミト殿の……妹殿と同様に只ならぬ気配を感じましたが」



今にも気怠く首の骨関節を鳴らしそうなイミトの曖昧な説明ではあったが、如何いかんともしがたい只ならぬ雰囲気を感じ取るカトレア。彼女は過去を思い出し、座っている位置の腰の近くに置いていた剣をさやごと持ち上げてつばを小さく鳴らした。



しかし——


「ああ。イミナの事は気にしなくていいぞ、くだらねぇ同情で自分の優先事項を間違えるなよ」


そんなカトレアがこぼした歯切れの悪い気遣いを軽々と斬り捨てた後、彼はそこまで気を張る必要も無いと肩で息を吐き、肉を焼いていた石板を土台から外すべく鍋掴みのような黒い手袋を両手に作り出した。



「とにかく、その五人の狩りの標的に俺やクレア……そしてバジリスクは確実に含まれてる訳だ。さっきも言ったけどユカリも、その標的に含まれるかもって話でな」



そして未だ高熱をまとう岩板を土台の端の方から一枚だけ掴み、土台の中で火を放ち赤と黄色を織り交ぜて輝く炎の魔石の姿をあらわにさせて。次に石版を洞窟の壁際に運び黒い鍋掴みを黒煙へとしたイミトが新たに作り出すのは、炎の魔石を処理する為の黒い火ばさみ。



「なるほど……バンシーを人間と合成するなどという所業を平然と行うルーゼンビフォアのようなやからが相手となれば、相応の危険がある事は容易に想像できます」



「確かにイミト殿が、無関係なセティス殿やデュエラ殿を戦いに巻き込まないようにするのは道理かもしれません」


カトレアがイミトの動きに視線を合わせる中で、岩板が一枚だけ外された土台の元へ戻った彼は創り出した火ばさみで土台の中で燃える炎を突き、何のことは無い表情で火を散らしていく。



そんな折だった。


「そ、それでも‼ わ、ワタクシサマには良く分からないですますが、それでもイミト様ガタと御一緒に行きたいので御座いますよ。バジリスクどもは、ワタクシサマのハハサマの仇でもありますし、そ……それに……」


「「……」」


ここまで抑えられていた主張を耐えきれずに解き放つように、デュエラはつたなく己の想いを口にする。とても自信なさげに、何か怯えるように、縋るように、必死に。


それが——イミトを純真じゅんしんだとも知らぬまま。



「リスクは承知の上。それでもイミトと同行するメリットを考えれば、これからも旅には同行させてもらう。というかミュールズで酷使した所為で私の箒は故障中だから、こんな所で置いてかれたら困る」


更に、掛け算の如く後押しする類似した主張がセティスの口から放たれれば、それは紛れて殊更に自由意志のように思えてしまうのだろう。



火ばさみが掴む炎の魔石が、イミトの心を焼く罪を示している様相。

無論——イミトの黒い瞳に映る物もまた等しく。



「まったく、面倒な事だ。勝手にさせれば良かろう、元より他の誰かに合わせて我は動くつもりは無いのでな。追いつけないのであれば、ただ捨て置くのみよ」


「——……そうだな。ま、止めても無駄なら止めても無駄か」


傍らのクレアが、唾を吐き捨てるように言葉を放たねば、イミトは彼女らの心に——どのように答え、どの程度の時を無為に過ごした事だろうか。



「好きにしろよ。テメェらの人生だ」


きっと——答えも要した時間も違ったに違いない事だけは間違いは無い。


「は、はい‼ ご迷惑は絶対に掛けないようにするのですよ‼」


「んじゃあまぁ……その工業都市ってのに向かって、やる事の整理でもしていくか。旅の道具やら食料やらは調達しなきゃいけないしな」



「その前にデュエラからバジリスクどもの情報を聞くのが先であろうが」


「……そう急ぐなよ。どうせ長い旅路だろ? ジャダの滝までどのくらいの距離があるか分かってんのか?」



こうして棚上げ上澄み先送りで今後の道が再び繋がった一行は、ある意味で普段通りの雰囲気に戻りゆく。燃えていた炎の魔石も、突かれて土台の中で転がされる度——もしくは他の魔石と離れていく分だけ、その光を弱めていき湧き上がる炎が収縮して行って。



「——馬車で急いだとしてジャダの滝までは、早くて三週間くらい。工業都市までは二日くらいだと思う」


「気楽に生きたい所だな。ミュールズじゃ殆んど観光も出来なかったしよ……その工業都市では少しくらい遊びたいもんだ」


ひとしきり火力が弱まり、後は時が過ぎるのを待つ事にしたイミト。



「ふん。くだらぬ、それは貴様らがのたまとかいう事柄であろうよ」


「かっ、あり得るな。本当にロクでも無い話ばかりだよ……レモン水の追加でも持ってくる」



一仕事ひとしごと終えたと、飲もうとした黒いコップの中にレモン水が無い事に気付いた彼は立ち上がり、水のたくわえられているたるへときびを返す。



「「「「……」」」」



その時、様々な想いで見つめられる彼の背を嘲笑うが如く——、洞窟の外の世界では、いよいよと雷が激しい閃光を放ち、鳴り響く。



——。


やがて余談。歓喜の宴の火は完全に消えて、静かに始まる本格的な片付けでの一幕。



「イミト殿、何か手伝う事はあるだろうか」


ピザを焼いた洞窟入り口の窯の薪木を一人で黙々と片付けるイミトへと近づき、カトレア・バーニディッシュはおもむろに声を掛けた。


すると、少し離れた場所で何やら話をしながら同じく片づけをしているセティスやデュエラに負い目を感じている様子でチラリと視線を流す彼女を横目に、イミトは窯の中の炭を掻き出す作業を続けながら答える。



「ん、残りは窯の火を消すだけだから休んでていいぞ。厨房ちゅうぼうの片付けまでが料理人の仕事ってな。作業ついでに他に何か俺に聞きたいことがあるのか?」



荒ぶって降りしきる外の雨音を聞きながら、己に近付いてきたカトレアの行動が単なる善意で無い事に勘づいて——話を聞かれぬように、他の仲間の隙を伺って今この時の機会を狙っていたのだろうと邪推するイミト。



それは彼女が僅かに見せた視線の動きと、控え気味の声量や声質からも見て取れていたのであろう。



「——貴殿に隠し事は出来ないな。それは私ではなくユカリがあるようだ」


「へぇ。会話が出来るようになったのか」


しかし彼女自身は話は無いと否定する。胸元に手を当て、小さな微笑み。

彼女の『』に眠る——もう一つの意志を抱えて彼女は彼女の為に、イミトの推測通りの行動を取ったのだと。



「いや……残念ながら言語の壁はあまりに厚い。勘で、そう思っただけだ」


 「……そうか、そりゃそうだな。いいぞ。代わってくれ」



自嘲するように笑みつつ首を振るカトレアに、頬を掻くイミト。


「——……」



やがてカトレアは瞼を閉じて、首をガクリと項垂うなだれさせて——僅かに、ほんの僅かに彼女の胸元が光りを放つ。



「さっきの話についてか?」


そして語らい始める意味人いみとゆかり



「……そうピョン。いったい、何が起きてるか教えるピョン」


先ほどまでとは言語の違う言葉の交錯こうさく

カトレアの身体で、彼女の本来の色ではない赤い瞳がきらいて。



「何のこたぁ無い。当たり前が当たり前にお迎えに来るって話さ」


「灰になったもんは、当たり前に元には戻らねぇ。肥料か何かになって、新しい次の命の糧になるのが世の道理ってな。そういう事だろ?」



「ま、だからって……むざむざ殺されてやる義理も無いけどな」



窯の中に未だ残る炭に近しい薪木は、やがて灰になる。



——世界の如何なる物であろうと、異なる世界の者であろうと。

それを知るからこそ、彼は彼女の問いにお道化どけて——わらって魅せるのだ。

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