第55話 やがて灰になる。3/4


故に、言葉を放つ者——言葉を待ち構える者たちに多少なりとも起きる、


「? 私が何?」


唐突に議題の中で己の名前が挙がった驚きがセティス・メラ・ディナーナ、彼女に首を傾げさせる。

予想だにして居なかった話の流れは彼女の思考を空白に押し流し、その意味と意義を慌てて考えさせ始め、


「いや、お前はバジリスクとは何の関係も無いだろ。お前の目的は殺された師匠の復讐だし俺達の旅に付いてくる道理がねぇ」


「因みに俺の予想じゃ、あのスライムの本体は王都近郊のリオネス聖教運営の孤児院とかを調べ回ったら見つかると思うぞ。盲目な宣教師とか教会関係者を当たってみろ」


「——そういや、ミュールズで捕まえたスライムの分身体はどうした。今更だが俺達が寝てる間に乗っ取られたりしてないよな」


それでも、そんなセティスの戸惑いを他所に——さも自然な流れの如く彼は言葉を続け、留まる事無く転々と話題を変えてセティスの疑問を置き去りにしていく。



「……アレは馬車の車輪が魔力切れで消失した時点で拘束解除を予想して昨日の内に準備を済まして魔力核を潰してから徹底的に焼却処分した。乗っ取られた可能性は顔に塩を塗れば解消できる」


イミトの言葉にある意図が理解出来ぬまま、当面の質問に淡と応えるセティス。まさしく少しだけしかめた眉根に、元より感情表現の希薄な彼女の心情の全てが現れているようであった。



「まぁ……賢明な判断か。分身体が消滅した事は向こうさんにも伝わってるだろうな」


「ふむ。ここからの動きは、それを奴らがどう考えるかであろう……奴等も少なからず痛手を負っておるゆえ性急には仕掛けて来ぬとは思うが」



やがて遅ればせながら周り全てを置き去りに進む二人のデュラハンの会話に等しく疎外感そがいかんを覚え、ようやく彼女は心の整理を終えてイミトが暗に示していた意図に気付く。


「そんな事より、私は……もう少しイミト達と一緒に行動するつもり。イミトを狙う追っ手の中にアーティー・ブランドが居る可能性も高い」


別れの宣告。ここよりの旅路に同行する事への拒絶、目的がたがえて道が別れていくという事柄に対する覚悟。それらにるいするものである。


だから彼女は、彼の言葉の——サラリと漏らした重要な助言を聞き漏らし、或いは聞き流して自身の主張を声にする。選べる事もまた少なく、掴める物もまた小さい。



幾ら強欲であろうと、せねばならぬ取捨選択に彼女は己の道を選び取り。



「うーん。まぁ、分身体が消えたなら司令本部でリハビリついでに事務処理って感じじゃなくなるかもな、暗躍暗殺あんやくあんさつが得意な能力持ちだからな」


そして——もう一人の彼女も、そうなのだ。そうしなければならなかった。



「あ、あの……も、もしかして——ワタクシサマとセティス様が、この先の旅で邪魔になるから置いて行こうとイミト様は考えているので御座いますか」



とても不安げに、震えるような声色で彼女も彼女に迫る選択の時に足を踏み入れて。

例えそれが、彼が危惧しているようにだとしても。


「……別に邪魔って訳でもねぇけど。ハッキリと行ってくれるもんだぜ」


 「ふん。この間抜けは、貴様らを我らの戦に関わらせたくないだけよ。カトレアの中に居るユカリは関係者であるから別としてな」



「かっ、余計な事を……仕返しのつもりかよ」


孤独におびえる少女の声からバツが悪そうに目を逸らすイミト。両面を焼き終えた肉を箸で一切れ口に運び、それはセティスの時とは違う明確な罪悪感を帯びていて。傍らに控えるクレアに呆れられて鼻でわらわれる程の体たらく。


意趣返しに対する反応も、普段よりも幾許いくばくか力が無い。



「……それは、どういう事ですかクレア殿。ユカリが関係しているとは」


 「——我らの命を狙うのは、レザリクス共だけでは無いという事よ」


そんなデュラハン二人の言動に対し、反応したのはデュエラだけではなくカトレアもそうであった。むしろデュエラの戸惑いを押し退けて先んじ、デュエラとのやり取りを中断させてしまうまでに至って。



「加えて、この阿呆が昔悪さが、今になって面倒事となって返ってきおったのだ」


「ちょっと待て。そりゃお前、バジリスクの討伐の件だけだろ。俺が今から話そうとしてる面倒事に俺は関与してないっての」


「どちらにせよ、奴等がに浸け入り、利用される口実を作ったのが貴様の愚行であるならば同じであろうが」



転々と折り重なり積み上がる議論の形は不透明で歪ではあるけれど着々と進み、僅かに熱を纏う石版に残された肉の焼き色は黒焦げに近付きつつ、にわかに白い煙を放ち始めていた。



「——……複雑な事情があると推し量りますが、ユカリが関係しているというのは、やはり……私が夢の中で見たイミト殿たちの繁栄を極めているような故郷の記憶が関係しているのでしょうか」


「……まぁ、そうだな。ユカリも標的になってる可能性は確かにあるかもな」



よって、それを見かねてか。カトレアの言葉について思考しながらイミトは石の上から焦げ始めた肉を取り皿に集めゆくイミト。


宴の終わりが近づいている事を報せるが如く——石版の焼き音は収まり、取り戻される静寂の中で彼女たちの声が明確に深く深く洞窟内に際立って、他の音に紛れる事も無く響き始めているのだろう。

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