第55話 やがて灰になる。2/4


そして——



「思い出してみると、三つ首のバジリスクはデュエラを探して捕まえるつもりみたいな事を口走ってたからな。行き付く可能性は多くは無い」


「なんでバジリスクが執念深く仲間のかたきを討とうとする事を知っているのか。それは多分、デュエラの母親かデュエラ自身がバジリスクを殺した経験があるからだ」



「ついでに言えば、捕まえるって事は単にデュエラを殺すって目的で探してるんじゃないよな。余程の恨みを買ってるか、それとも別の目的か」



「クレアが言いたいのは、お前が何処までバジリスクの戦力やら能力、考え方について知っているかって話だと思うぞ」



会話のを成しつつも、他に入る隙も与えずにイミトは己が思いつく限りの推論を語り尽くす。合間に鳴らした首の骨は、腹に蓄えた栄養を未だ覚醒を完了しない脳へと運ばせる合図のようで。



そんな彼の語り口に対し、一行が舌を巻くばかりの中——


「ちっ……余計な口を挟むでないわ、タワケめ」


彼のもう一つの頭とも言えるクレアの頭部は己の見せ場を奪われて、あからさまに不機嫌そうに舌を打ち鳴らす。更に当たらずとも遠からず程度に、己の思考を先んじて言語化される気持ちの悪さに彼女は彼から目を逸らすに至って。



「そう言うなよ。バジリスクと戦うにしろ戦わないにしろ、それは俺も知っておきたい所だし」


それの対応に浮かべるは悪戯な笑み。自覚する余計な節介に頭を掻きつつ、鼻で嗤い、彼は再び口直しのレモン水を喉へと運ぶ。



傍から見て洞窟内に漂いつつある雰囲気は、最早お馴染みとなっている険悪な雰囲気。


——チクチクとした口喧嘩の始まる予感である。



「やはり……貴殿らの次なる目的はバジリスクの討伐という事なのか? しかし何の目的があってそのような事に」



しかし今この時——、議題に上がっているのは先送りする訳にも行かないと重大事の重複ちょうふく——故にカトレアは目の前の二人の険悪に割って入ってでも話を進める心づもりで言葉尻を強めた。



すると、言葉の刃の柄から手を離すが如く息を吐いて緊張の糸をゆるませるデュラハンたち。



「いや……俺達の目的は、そんな御大層なもんじゃねぇよ。相も変わらずクレアの体探しの一環でな」


「この阿呆がミュールズで接触したレザリクス・バーティガルから、くだらぬ戯言ざれごとを聞いてきおってな」



カトレアの問いに対し、彼らは矢継ぎ早に辟易と呆れ果てている印象を与える声色で答えをつむぎ始め、



「こやつの思い込みで真偽のほどは分からぬが現在、我の身体を用いて生きておるレザリクスの娘が暴れておるバジリスク討伐に向けて動き出しておるのだそうだ」



「——‼ あの鎧聖女メイティクス・バーティガルがですか‼」


やがてクレアの補足で今後の方針の全容が他の一行にも露見ろけんしていくのである。

リオネス聖教最高司祭——レザリクス・バーティガル。



かつてデュラハンのクレアと共に人の世をおびやかしたと語られる魔王を打ち倒した英傑は、己の娘の命をつなぐ為にクレアを裏切り彼女の体を奪い去った。


「……待って。そんな話を私はミュールズでは聞いていない」


 「そりゃ言ってないからな。ツアレスト王家もミュールズの連中も、アルバランとの戦争をお話し合いで回避しようって時に、実はバジリスクが暴れてて困ってますなんて冗談でも言わねぇだろ」



「バジリスクと同時に、弱みに浸け込んで優位に立ち廻ろうとするアルバランの過激派を同時に敵に回しかねないからな。何処で誰が聞いているか分からないから、ミュールズではセティスにも黙ってたんだよ」


「……それはそう。でも」


そして——レザリクス・バーティガルは今ここに居たり、時を経て国の命運すらも贄として更に最愛の娘を生かそうと試みる。



「言っとくが、俺が聞いたのは真実じゃない。俺達の動きを制限して監視する為にえさいてきたレザリクスの話に乗ってやっただけだ」



けれど彼の者の所業について悪とも善とも語らずに、不満げで懐疑的な見方を漏らすセティスらの目の前に居る男もまた狂人。



国という概念を盤上の如く思考し、斜に構える傾奇者かぶきもの

あたかも駒遊びでもするが如く、彼らは敵として互いの思惑を——言葉の一つ一つが持つ意味を探り合っているのである。



「——つまり、実際にバジリスクが暴れていない可能性も、鎧聖女が討伐に出向いてこない可能性もあるという事ですか」


そんな彼らの倫理観は今はさておき、カトレア・バーニディッシュは結論を急くように話を進めた。さもすれば眼前の男が内心に抱えるその倫理を聞いてしまったならば、騎士として培われた道徳が彼を許せなくなるかもしれないからであったからかもしれない。



「多分にな。ツアレストの王都に出向いてリオネス聖教の本山を壊滅させるルートもあるが、まぁ他にも色々と事情があるもんでジャダの滝に戻る事にしたって訳だ」



「なるほど……では今後の我々の方針は敵の誘いに乗り注意を引きながらジャダの滝に向かい、レザリクス共の追っ手を撃退し、戦力を削るという理解で宜しいのでしょうか」


——否、現在もまだツアレスト王国の平和を守る騎士として、優先して処理すべき巨悪を打ち倒す為にグッと目の前の悪に堪えるが如く、今度は『よう』ではなく結論を急いだのだろう。



——無意識で、本能と性分のままに。


「まぁ……結局は相手の出方次第だがな。そこら辺は、カトレアさんと利害が一致してる部分も多いんじゃねぇかと考えてる。行く当ても無いだろうし」


そんな彼女の僅かな葛藤に一瞥をくれて、次にイミトは未だ熱を発したままに肉を焼いている石板に箸を伸ばし、焼けている肉の片面を裏返す。



「——問題は、セティスとデュエラな訳だが」



彼にとって、或いは肉にとって、ここからの話こそが重大事なのだろう。



時の流れは、人に行動を強いていく。絡み合い、積み重なり、解消せねばならない事柄が多過ぎる現状——それでも、告げられる音は一文字ずつが人の性。

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