第54話 煙の行方。4/4


やがて肉を焼きつつ一区切り、


うたげの席に新たな動きが生まれる頃合いまで時を進めて——


今暫いましばし——このささやかな平穏の他愛も無い時を語らえば、



「よし。ピザも焼き鳥も出来たぞ」


彼らはイミトが新たに持ち込んだ、イタリア料理のを喰らう事になる。


手慣れたウェイターのように薄広い大皿二枚を片手の上に重ね、もう片方の手には細い加工された木製の串に突き刺さる少し焦げた鳥肉の皮や身の焼き物皿を平然と持ち運ぶ一幕。



「イミト様‼ イミト様とクレア様の分のお肉も焼けたので御座いますよ」


「こんな焼き加減で良かった?」


けれどその光景に驚く事も無く、バーベキューに慣れ始めた他の面々の意識は作業をしていたイミトの為に焼いた皿に盛られた皿に御執心の様子で。イミトを圧倒する勢いでセティスが焼けた肉を皿に追加し、デュエラがイミトの眼前に持ち運ぶ。



「おお。良い感じじゃねぇか、助かる」


そこにあったのは、ほのかに湯気の立つ紅色べにいろ失せたまばゆい程のあぶらの輝き。香ばしい香り。



「——……それがピザという食べ物ですか。パン生地に具材を乗せて窯で焼くのですね」


目を輝かしていそうなデュエラと素知らぬ顔を作っている気配を残すセティス。

そんな対照的な二人から一歩引き、大人びた様子でイミトの片手を塞ぐ大皿二枚を気を利かせて取り払うカトレアが続き、



「まぁ、小麦料理の一種だからな。そっちはトマトソースとチーズを乗せただけのスタンダードなピザで、もう片方は何も乗せないで焼いた炭火の薫りが強いピザ生地だけのプレーンだ」


イミトは空いた片手でデュエラから肉の取り皿を貰いつつ、カトレアの問いに答え簡素に料理の説明を交わす。


「そのままでも良いけど、好みで焼いた肉やソースを上に乗せて食べると良いかもな。例を挙げるとトマトソースの方にサラダにマスタードを少し絡めて肉と一緒に包んで食べたりな。味が濃いのが好きならオススメだ」



更に自身が頭に思い描く食事法を提案しながら、


「サッパリ食べたいならサラダに焼き鳥の串を外して塩レモンのタレに浸してプレーンの生地で包む方が良いかもしれない」



焼き鳥の串が整然と並ぶ四角い長方形の皿をテーブルへと置いた。

すると、そうしている内に焼けた肉をイミトへ渡せた彼女らも平静を取り戻し、イミトが話題にした料理について見識を深めるべく興味深げに続々と足を動かし始めて。



「……なるほど、では私はトマトソースの方で」


 「私は塩レモンと焼き鳥。これ、ミュールズで食べたナンって奴みたい」



「え、えっと……ワタクシサマは——」


これまでに焼けた、焼いている途中の肉や野菜、或いはテーブルに並ぶソースやサラダ。平たい円形のピザ生地を八等分にそれぞれ黒い刃で切り分けたイミトが、自身の食事を始めるべく動き出す時が至るまでピザ生地で包む食材を目移りしながら思考する一行。


特にデュエラはチラホラと顔を慌ただしく動かしている。



「両方食べれば良いさ。他にも自分が好きなように考えて作るのも楽しいからな」


 「は、はいなのです‼ じゃ……じゃあ、この熊肉サマと……」



そのバイキング形式の様子を微笑ましく眺めつつ、穏やかに助言するイミト。

無論、彼の足は向かう先は——彼女の隣で。



「——……それで、クレアは何にするよ。待たせちまったか」


「ふん。くだらぬ……忘れては居るまいか。我は食事など要らん体よ、貴様の味覚を通じねば味など分からぬ、貴様の好きなようにするが良い」



熱せられた岩板の上の油でねた水が届かない絶妙な位置に離れて瞼を閉じる美しい女性の頭部の傍らに腰を下ろし、小さな一息を漏らしたイミトに美しい女の頭部クレア・デュラニウスは静やかに瞼を持ち上げ、横目を動かし辟易と息を返すのである。



「お前の好きなように食べたいんだよ。俺だって味覚はあるし料理は好きだが、別に食う事に一際の興味がある訳でも無いさ」



もはや慣れ親しんだ予定調和。皮肉、冗談、嫌みと並び交わされる真偽なき信義。


「どの口が……まぁ良い。では、貴様が倒した嘆きの峡谷のヌシの肉にせよ……強者の肉という物には些かの興味がある」


「なるほどな……論理だ」



「そいじゃあ……頂きますっと」


久々の再会も早々といった具合で気軽に険悪に交わされた会話の後に、イミトがこの場に居る彼だけが使える箸使いでデュエラから貰った焼けた熊肉を一切れと持ち上げ、用意していた塩の結晶が小さく積まれた皿を経由して口へと運ぶ。



——その味は如何いかに。


「……ふむ」

「——すげぇ旨味成分が強いな……その前の独特な獣臭が人を選ぶし、シンプルな焼肉には合わないのかも知れないけど……面白いな」


噛む度に溢れる肉汁に塩が溶け、舌を叩き起こすような刺激的な味が一波ひとなみと押し寄せた後に本来の肉の味わいを際立たせる。魂が繋がるデュラハンの二人、特にクレアはイミトと五感を共有しデュエラ達の焼いた肉の味をご賞味していて。



「確かに、これまで食べた肉とは違う纏わりつくような臭いがあるな……」


 「……下処理の基本は抑えたんだけどな。うーん、やっぱり……もっとスパイシーなスープとかの方が合うか。味噌で鍋にするとかも普通に良さそうだけどな」



対するイミトは食事というよりは研究の如く思考を巡らしているという様相。



「別にマズいとは言っておらん。だが話を聞くに、あのカレーとかいうのにぶち込んでみれば解決するのだろう。アレも相当に癖のある香りであったし」


 「そりゃ良いな。次のレパートリーに加えとくか」



そんなイミトに触発されたのか、クレアも淡々と感想を述べつつ過去にイミトが作った料理から学んだ知識を積み上げて形とした。



すると、そんな二人の会話を小耳に挟み——


「また、あのカレーを作るので御座いますか⁉」



デュエラ・マール・メデュニカが歓喜を表すが如く素早く反応し、黄色い声を上げた。



「ん? ああ、まぁ食材とタイミングが合えばな……嫌いだったか?」


「そんな事ないのですよ‼ ワタクシサマ、アレは少し辛かったのですが好きなので御座います‼ 次の日からのカレーパンや肉まんも美味しかったのですよ‼」


「そうか。でも基本的に有り合わせで作ってるから、前に作った奴とは味が違うかも知れないぞ?」



「大丈夫なのですよ、イミト様が作った物は何でも美味しいので御座います‼」



ピザ生地に具材を包みながら体をゴキゲンに揺らすデュエラの、今にも鼻歌を歌い出しそうな黒い顔布越しにも見て取れる笑顔の感想。


そんな純粋無垢の頂に、


「かっ、言ってくれるぜ。ホントによ……ま、考えとく」



箸を下げるイミトは瞼を閉じて——洞窟内に響く他の音響にも耳を寄せる。



「カトレアさん。そっちのトマトとチーズの方はどう?」


「え、ああ、濃厚なトマトとチーズのソースに肉の味が包まれて、かなり濃い味がするが……イミト殿の助言通り、マスタードを混ぜたサラダが少し爽やかな辛味を時折と感じさせて飽きる事無く食べ進められますね」



「セティス殿のソチラはどうなのでしょう」


「素朴な感じ。でも、この串で焼いた鳥肉に付いた炭の薫りが不思議と香ばしくて良い感じ。香りに混ざる少しの苦みもレモンの爽やかさとサラダで中和されてて塩で一つに纏まってる」



「あ、あ‼ ワタクシサマの感想はですねーっ、え……えっと」



日々の営み、生活の合間、勝利の余韻、生の実感。

朝に目覚め、昼に動き、夜に眠る。

削り合った命に報いるように、目の前の光景は広がっていて。


「——……騒がしい事この上ない」


 「それがってもんさ。次は猪肉か、焼き立ての焼き鳥も良いな」



「どういう意味だ。貴様の言動は理解に苦しむ」


「さぁな、俺にも分かんねぇ。適当に脊髄せきずい反射で語ってみただけだ」



「……ふん。たわけた事ばかりよ、貴様は」



洞窟の向こう、入り口の近くで未だに燃える薪や炭火の煙が嵐の外へと向かいゆく。

嵐の隙間から揺蕩たゆたうそれらの煙は、雨に晒されながら何処いずこへと行くのだろう。



そして今、この平穏な時を過ごす彼らもまた、いずれ何処どこかへと動き出す。


——それほどに時も世界も、ただひたむきに残酷なのだから。

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