第54話 煙の行方。2/4


 頭部を乗せている魔力で創った台座を同じく魔力で動かし、食事にうつつを抜かし始めた者たちを侮蔑ぶべつの目で見下げながら警告の舌打ち。


その後に続くクレア・デュラニウスが放ついさめのげんに、視線を向けつつサラダを咀嚼そしゃくするセティス。ドレッシングを構成するオリーブオイルの植物性油の成分がつややかにくちびるを輝かせる中で彼女は不機嫌な眼差しを向けるクレアの表情を見て、道理を想った。



「——イミトの魔力の酷使は目に余る。私は本で魔法を教えながらイミトの魔力使用を制限しようとしてたけど、クレア様もそれを見越しての事?」


尋ねるべきか否か——いささか迷い躊躇ためらう余情の最中、それでも問う彼女の見解。

すると、カトレアも続いてサラダを食べながらセティスの明かされて居なかった思惑に関心を示す表情を見せる。


それは無感情で不愛想な表情の裏で伺い知れなかった事態の深刻さが露になる瞬間であった。



「阿呆め。脆弱ぜいじゃくな貴様らと違って我は虚言を吐かぬ……我は我の我慢ならぬ事に対して行動しただけよ」



しかし、クレアは語る。そのような邪推じゃすいは己を不快にするだけの不粋ぶすいだと。


「まぁ、市場に出回る魔法の参考書などは出鱈目でたらめを書いている物も多いですから、御二方の考えも理解できます。正直にイミト殿を説得しない辺りは理解できかねますが」



 「——それで、実際の所はどうなのでしょう。お二人の体調などは」


そんな両者の言い分に等しく共感を示すカトレアではあったが、実際の所は念には念をとセティスの憂いに心配の種を芽吹めぶかせている様子で。


少し場所を離し、これから始まるバーベキューの準備を進めるイミトとデュエラの背へと視線が自然と向かった。



「貴様らに心配されるような状態では無いわ。なんなら食事の前にあの阿呆の性根を叩き直し、戦いの指南しなんでもしてやっても良いぞ小娘ども」



「はは……こちらの骨が折られてしまいそうで何よりです」


それでも、それは侮辱とののしってくるクレアの挑発に、苦笑い。

恐らく間違いは無いのだろう。カトレアには解からない部分で共有される認識、魔力の感知に優れたセティスの言い分も、世に伝説として語り継がれる強靭な魔物デュラハン当人の言い分も恐らく間違いは無い。



「クレア様の肉体的にも魔力的にも正常なのは間違いない。けど、イミトの魔力回路は完全修復に時間が掛かると判断してる。暫くは無理をさせない方が賢明」


「——……ずいぶんと偉そうにのたまうものよ。まぁ奴の事は奴が決める事だ、好きにさせてやるが良い」


「そこまでの疲弊を……。一見すると普段と同じように見えましたが」


「普段と同じよ。あの腹立たしさは何も変わらぬ、くだらぬ情で心配するだけ馬鹿を見るぞ」



ただ、凡人として見える視界のみが己の未熟さを語る。

カトレア・バーニディッシュはどちらのに立つか未だ決めかねて。


そのような微妙な己が立ち位置にカトレアが気付かされた頃合い、洞窟内の神妙険悪な雰囲気が一転する出来事が起きる。



それは——彼女のから始まったのだ。


『ほわー‼ 凄い綺麗なので御座います‼ 皆様、イミト様が凄いので御座います』


 「「「……」」」


洞窟内に響き渡る突如の。熱せられる石板の熱が程よく陽炎かげろうを揺らめかせる中、付近にいた三人の視線が少し離れた場所のデュエラへと向く。



その視界には、大皿を両掌に乗せて運んでくるイミトとデュエラの姿。

特にデュエラは、嬉々としてそそくさせっせと大皿を運んできて。



「そんな大したもんじゃねぇっての。単純に並べただけだよ」


「取り敢えずの熊肉と猪肉の盛り合わせだ。熊肉の方は臭い消しに香辛料とかで味や香りが付いてるけど、多分まだ癖が強いから嫌いだと思ったら無理して食べるなよ。残ったらもっと工夫してスープの具材とかにするから」


デュエラが得意げに魅せつけるように大皿に盛りつけられた生肉の輝きを一行に見えるように僅かに斜めに傾けて。そこに広がる光景は、確かにデュエラに共感できる程に新鮮に世界を照らすが如く壮観な物であった。



「美しい……これが本当に野営で食べられる肉なのか……」


「花の盛り付け……一枚一枚、丁寧に並んでるし、この真ん中のとか皿の端の置いてある盛り付けは花の蕾をイメージしてる?」



黒い底浅の大皿に螺旋を描くように薄切りの紅白肉が均等な幅で並び、脂部分の白身も殊更に色合いが際立ち、セティスの言葉にもあるように肉の薄切りを何層か織り成して包んだような形のつぼみ細工ざいくも所々に存在感を主張している。


まさしく猪は牡丹ぼたん、熊肉は名の無きはなが如く。



「肉を焼くだけの素朴な料理だからな。見栄えで気分を盛り上げるんだよ」


「本当に綺麗なので御座いますですよ、イミト様‼ 素敵なのです」



一仕事終えた爽快感のある声色で語りながら、切り飾った肉の皿をテーブルに並べた後で、肩から息を吐くイミト。



そんな折、切り分けられた肉の皿に何の感想を語ることも無く、ただジッとイミトが持ちこんだ肉の盛り合わせを眺める者の視線に気付く。


「……」


「ん。どうかしたか、クレア? お前にもなんか感想の一つでも言って欲しいもんだな」


未だ片手に別の黒い大皿を持ち、クレアの神妙な様子に首を傾げて皮肉笑いでクレアの変化や返事をうかがうイミト。



すると彼女は言った。


「——……くだらぬ。言葉にするのもはばかる感想しか思い浮かばぬわ」


まぶたを閉じて、何も言わない事を言った。


「そりゃ素晴らしこった。こっちは串に刺した鳥肉、これは向こうの炭で焼く奴な」


それは言わずとも正しく通じたのだろうか——クレアの心に秘めたるについて深追いしないイミトは、手に持ったままだった肉が乗った皿を、もう片方の手に持ち直しサラリと微笑みながら洞窟入り口付近に向けての歩みを始めようとする。


しかしその最中、


「後はデュエラが持ってる野菜とかキノコの盛り合わせだな。野菜は焼いても良いし、そのまま食べても大丈夫な鮮度だな。キノコは絶対に生では食うなよ」



「……豪勢。それに、ピザとかいうのも作るんでしょ」


料理の説明の後にセティスから放たれた疑問調の声に足を止められ、



「はは、たまには良いじゃねぇか。俺とクレアの快気かいき祝いと、ミュールズでの戦いの御祝いって事でよ」


「「「「……」」」」


込み上げた悪童の笑いの隙に混じり、耳に届く空腹の音が虚を突いてきて。



「あ、えっと……これは……へへへ」


腹の中に潜む欲望の虫のいななきを抑え、集まった視線から隠すように笑い誤魔化そうとするデュエラ。彼女は、いや彼女も腹が減っていた。感動、感傷、感慨などと重く張り詰めてた洞窟内の空気感を崩し尽くす間の抜けた音。


彼女のそんな音に共感を示すように、区切りの吐息を密やかに漏らす一行である。



そして——ようやくと熱は昂り、それは満を持して繰り広げられる——

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