第54話 煙の行方。1/4


やがて嵐の乱雲らんうんが天をおおい、不穏漂ふおんただよ風音かざおとが洞窟の入り口をでる。


しかしながら、風が洞窟の奧に深く入り込むことが無かったのは入り口の魔力で構築されている結界の所為せいか、或いは——



「お前アレか、俺が魔法を覚えたら自分の立場が無くなるのが怖いからあんな事したんだろう」


「ふん。そう思いたければ思っておれ阿呆め。人如きが書物に易々と書きつづれるような、程度の低い魔法などの為に我の魔力が無駄にされるのが我慢ならんだけと言うておろうが」



二人のデュラハンが織りなす険悪な雰囲気を恐れての事かは逃げ帰る風に聞かねば分かるまい。外にて降りしきり始めた雨と等しく、荒々しく弾ける雨粒のように彼らの冷ややかな言い争いは互いの身にゆっくりと釘を突き刺し血を噴き出させていく拷問ごうもんが如き様相。



「あ、あの御二方サマ、あんまり喧嘩は宜しく無いので御座いますですよ……」


そんなヒリヒリと空気をしびれさせる雰囲気に、慌てふためいて恐る恐ると割って入る少女。


他の仲間二人と比較すれば二人のデュラハンとは古参の付き合いであるデュエラ・マール・メデュニカは今までに見た事の無い両者の喧嘩腰の度合いに、一喜一憂と両者に向けて表情を隠している顔布を右往左往と揺らしゆく。



しかし、一方——


「——放っておけば。クレア様の言い分にも一理あるし、洞窟の中で黙って時が過ぎるよりは気分が良いし」


「で、ですが……セティス様……」



「まぁ、お二人が寝静まっているよりは安心できるということでしょう。魔光石の設置は、これくらいで良いでしょうか? すっかり外も暗くなってきたようです」


今はの中で孤独に暮らしてきたデュエラとは違い、人の世の経験が豊富なカトレアとセティスは不安げなデュエラとは対照的に素知らぬ顔で。



「——光量は大丈夫だと思う。それにしても、イミトもつつがない。ミュールズの地下水道から、ちゃっかりと光源を盗んできて。城の厨房から火の魔石まで」


椅子に座り、黒いコーヒーに似た飲料で満たされるティーカップをすするセティスは、洞窟の端々に白い光を放つ魔石を設置し終えたカトレアとの会話を始める。



「本来であればツアレストの騎士としてとがめたい所ですが、イミト殿はアルバランとの和平調印の功労者といって良い。多少の事は目をつむっておきます」



「設置を手伝った時点で、貴方も共犯者。そこのコフィーは好きに飲んで」


カトレアの腰に付けられていた鞘に納められた剣が彼女の傍らに置かれ、セティスは何かを薄黄色の紙に何かを書き記しながら使っていた羽ペンで近くに置いてある黒いテーブルの上で佇むティーポットを指し示す。



「かたじけない。有難く頂戴いたします」


そのティーポットの中にはセティスの言葉通りコーヒーが入っており、カトレアは勧められるままに空のティーセットを黒いテーブルに並べて陶器製のティーカップに自らの分のコーヒーをそそいで一啜り。はたから見れば特段の緊張もなく、慣れ親しんだ平穏に尽きる良好な関係が垣間見えた一幕であった。



すると、あたふたとデュエラが行き来する紙一枚ほどの厚みで全く雰囲気が変わる洞窟内の境界を踏み越え、



「まったく……人が寝てる間に随分ずいぶんと仲良くなったもんだな。それに火の魔石は、ミュールズの料理長にこころよく分けて貰ったもんだ。人聞きの悪い事言ってくれるなよ」


イミト・デュラニウスが掌に乗せた半球状の器が佇む盆を持ち運びつつ、カトレアとセティスの会話に茶化しながら割って入る。



「……別に。イミト達が寝ている間は特にお喋りしていた訳じゃないから、仲良くなったという認識はない」


そんな彼の登場と言い分に、僅かばかりバツが悪そうに持っていた書物を閉じカトレアと目を合わせないまま心を整えるように飲み物を啜るセティス。それを受けて静やかに空気を読んでカトレアもまた、飲み物を再び口に運ぶ同調の意。



「俺達みたいに喧嘩してないなら仲良しさ。ほら、石が熱くなるまで、もう少しだけ時間が掛かるから取り敢えず有り合わせで作ったサラダとか摘まんどいてくれ」


イミトは、その気まずさを鼻で笑いつつ、肉を焼く為に熱している土台に乗った石板の横のテーブルに持っていた幾つかのサラダ皿を盆ごと置いて。



「くだらぬ。言いたい事があるなら嫌味たらしく言葉を述べるでないわ」


「別に言ってない事なんてねぇさ。俺は読んでもない本を許可も無く燃やすなんて蛮行を働いた謝罪を貰いたいだけでな」


尚も遠巻きで閉じた眼の上で眉にしわを寄せてるクレアの緊迫の言い争いを始めようとする発言に対して意趣返しの言葉を返しながら、小分けされたサラダをそれぞれの眼前に晒す。



「誰が貴様の低能などに謝るものか馬鹿馬鹿しい。我は何も間違った事はしておらぬ」


「理由を語って許可を得てから燃やせって話してんだよ。息子のエロ本を燃やす毒親じゃあるまいし、相談の一つでもあって良いだろ」



スプーンフォークを添えたサラダ皿を一人一人に手渡して、再び発火していく言い争い。それはまさに、火にあぶられ熱をたくわえてるとは思えぬ背後の石の如き静けさで。



熱く——、熱くなっていく。


「たわけが。貴様の論理で行くならば他人の財布から金を引き出して散財をするような蛮行を未然に防いだだけであろうが、何の問題があろうか。貴様の使う魔力の殆んどが我の魔力である事は知っておろうが」



「だからって人の物珍しい勉強の機会を根本から奪うこたぁねぇだろ」


「知った事か。なぜ我が貴様のその機会とやらを守らねばならんのか道理を述べよと言っておるのだ」



「お、御二方サマ……」



今にも粉塵爆破、収斂しゅうれん火災でも起きかねない険悪にデュエラが杞憂きゆうして渡されたサラダどころでは無い様子で首を右や左と動かすのを他所に、



「このサラダ、綺麗……サラダの量に対して皿が大きいけど、なんかそれが良い雰囲気を作ってる気もする」


「確かに——とても有り合わせで作ったとは思えない彩で……この上に散らされている黄色いのは果物の皮を細かく切ったものですか?」


セティスとカトレアは、イミトが盛り付けたサラダの具合について感慨に更けている。



「ああ。飾りつけにな、単なる遊び心だったんだが苦手か?」


様々な野菜の千切りや燻製くんせいされた鳥肉が身を裂かれ繊維状に並ばされる天井に、黄金こがね色のオリーブオイルを用いた様子のドレッシングが回し掛けられた輝きは光を一切と反射しない黒い器に吸い込まれ、より一層と輝いて見える。



「ぁ……いえ。そんな事は。私は、特に嫌いなものはありませんので」


「そりゃ何よりだ。嫌いな物があるなら今の内に正直に言っとけよ」


 「ふん。そればかりを出すつもりであろう、見え透いておる」


そうして清濁せいだく織り交ぜて盛り上がり始めた会話と同様に、多彩な色合いのサラダは崩すのがはばかられる程の手の付け難い一品へと仕上がっていって。



「はは、そいつも良いな。肉の方の準備も終わるから、デュエラも運ぶの手伝ってくれ」



「え、あ、はいなのです‼」


 「ほら、別に問題なかった。私は先にサラダを食べる……お腹も空いた」


されど欲張りな時の移ろいは残酷に、生野菜の輝きと鮮度を何の理性も無く奪い去っていく事をセティスは知っていた。


故にクレアの嫌味に冗談で返すイミトを尻目に、いの一番に完成形を記憶に刻み込むように真っすぐとサラダを見つめ、フォークスプーンで器の中のドレッシングと野菜や燻製肉を絡ませ始め、食べる事を決意した様子。



「ふふ、そのようです……喧嘩するほど仲が良いとも言いますし」


そしてその様子にカトレアもティーカップをテーブルに置き、受け取っていたサラダを食べる準備を進めながらセティスの息を吐く呆れ声に笑みを溢し同意を示す様相。



すると、それらの全てに不満げな声を漏らす女の頭部が一つ。



「ちっ——誰の事を言うておるのか。言葉には気を付けよ、このウツケ共が」

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