第52話 嵐の予兆、名も無き日。4/4
——。
やがてイミトが辿り着いたその洞窟の入り口、重い冷気が足下に
「「……」」
そんな場所へ
そして、その脇の壁にもたれ掛かりつつ腰を落とす。
兜の中に居る者こそが、彼が会いに来た首と胴が別たれる人型騎士の魔物、デュラハンのクレア・デュラニウス、その人である。
かつて体を奪われ、頭部のみをとある場所の洞窟に封印されていた彼女は、イミトと出会った時と同様に眠りについているかの如く静かにその場に佇んでいて。
「初めて会った時も、洞窟だったなクレアさんよ」
そんな黙す彼女に語り掛けながら、あの時とは違う洞窟の天井を見上げ、あの時と同じように小さく嗤うイミト。
「——あの時、お前が俺を洞窟に呼んだ時……なんて言ってたのか思い出せないんだよな。どうもさ」
「ノスタルジーに
未だ体に残る気怠さに首を
少なくとも、近々と雨が降るのだろう。
そんな彼の
「——……我を恨むなら、寝てる間にでも斬ればよい。貴様には、その権利も資格もあろう」
彼女は、いや——彼女も起きていた。
「はは、そんな事したら俺もお前も死んじまって、神様に
「胸糞の悪い話よ。いっそ、本当に神の座でも奪いに行くか」
寝起きとは思えないハッキリとした、しかし静寂に溶けるような神妙な雰囲気を帯びる声色に安堵の声で返すイミト。
外に向けていた首を回してクレアへと顔を向けると、そこには魔力で創られている兜を
「神様の椅子ねぇ……そんな椅子に座って何をするってんだか。管理だの支配されるのは
「
久しい再会も
「矛盾してこその人間ってな。頭では無理と解かっていても、心がソレを求めるんでね」
「野心の欠片も
「……デュエラには、次の行き先を伝えたのか? 寝た後の事を記憶できる機能は脳みそに実装されてなくてな」
「——ふむ。伝えたと思うが、意識が途絶える前後の記憶が我も曖昧だ」
それでも互いに現在の状況と状態を探り合うが如く、密やかに遠回しに様子を伺い合う。
「そうか。
「ふん、どちらにせよデュエラの意思など関係あるまいよ。ジャダの滝が貴様の考えておる最良の道であるのは揺るがんのだろうが」
洞窟の奧の凍結が生む外との温度差で、入り口の
「最良だと分かってても最善を選べるのが愚かな人間の特権でな。正直、これからの戦い……ただでさえ少ない俺達の手駒を失うのは辛いからな」
陰と陽の狭間で吐露する
彼らしく軽口で溢すそれではあるが、裏で滲む真剣みは彼女に対する信頼の証であるのだろう。
「ふむ。確かに、貴様と会ってからここまでで、我とマトモに戦える実力を持つのは奴だけであるからな。性格も含め、駒として見れば失うのを惜しむ気持ちも分からんではない」
「——ジャダの滝に向かえば、奴が我らとは違う道に進むと貴様は読んでおるのだな」
「……いや、逆かな。俺達の代わりに死んじまうんじゃねぇかってさ」
「——……」
この場に居ない他の誰にもきっと明かせない
——何故ならば彼は俺達と述べて、彼女は我等を思い浮かべるのだから。
「アイツと居ると、罪悪感が込み上げてしかたねぇ……ロクでも無い俺達の旅に巻き込んで、独りぼっちだったアイツの依存心に
「……アイツが俺達に向けてくる信頼も、一人に戻りたくないって恐怖に駆られてのもんだろ? きっとさ、アイツは俺達と違って……もっとこう、別の幸せやら穏やかな人生を送れるはずだって考えちまう」
何処か寂しげに、嵐を控える前のあばら家で交わされているような終末感の溢れ出る一幕。
「くだらぬ博愛を吐きおる。
そんな泣き事のような一幕に、目を逸らし反吐を吐くように
あたかも——己の吐く反吐すらも見えないようにするようであった。
「ふん。そんなものは知らぬと突き進めばよかろう。いちいちと些末な事で迷いおって」
「……性分でな。我ながら面倒くさいとは思うよ」
しかし彼女は一転、早々に心を整えた様子で瞼を再び開き、イミトを見下すが如く言葉を放ってイミトに
「——……貴様が奴について罪悪感とやらを本当に感じておるのなら、貴様が嫌いな責任を負えば良いだけの話だ」
そして一考の後、改めて話題に幕を下ろすべく面倒げに瞼を閉じて美しい白黒の髪を波立たせた。
「時に殺されるまで奴を守り通し、貴様が傲慢身勝手に考え決めた御大層な幸せとやらを与えてやればよい。それが、あの日……ジャダの滝で貴様が犯した罪であり、課せられた報いだ。甘んじて受けよ、馬鹿者が」
こうして——吐き捨てるように、言い聞かせるように、向き合わせるように。
彼女は、彼の罪を
「——……かっ、
「けどまぁ……お前だって、共犯って事を忘れるなよ」
皮肉を漏らせるほどに清々しく、イミト・デュラニウスとクレア・デュラニウスはお互いの罪を裁き合う。或いは、償うべき罪に対して何を為すべきかを突きつけ合う。
「たわけた事を……それで、嵐が来るのであろう。そのような気配を感じるわ」
「さぁな、俺にはそんな危機察知能力は備わってないさ。どのみち、まだ体も本調子じゃないし飯でも食いながら、今日明日はノンビリしたい所だ」
白々しくも、暗に示し合う覚悟の
「ふん。寝ても覚めても、貴様は料理の事ばかり言いよる」
「そりゃお前、俺の唯一の生きる理由だったからな。染みついてんのさ」
魂で繋がる二人のデュラハンは、己と度し難い世界を
「——それで? デュラハンにとって初めての睡眠で、お前はどんな夢を見たんだ?」
「……くだらぬ話を。アレが夢だというのなら胸糞の悪い夢ではあったが、貴様とは違う夢なのであろうさ」
「そうか。そりゃ何よりだ」
「いつか——同じ夢を見られると良いな、とは思うよ」
「……」
恐らく、きっと——違う夢を見ているのだろうと。
魂が繋がりながらも、踏み入らない境界線——
「さて朝飯だ。いや、もう夕方っぽいから夜飯の支度かね」
「道具も無いのに料理もクソもあるまいて」
洞窟での割合を徐々に変えゆく斜陽の陰陽。けれど物理表現は比喩でしかなく——イミトは立ち上がり、服の腰に付いた砂利を何の気なしに払い
「ははは、道具が無けりゃ美味い飯を作れねぇなら——そりゃ、俺の腕が悪いって話だ」
「道具がないなら、創れば良いだけだしな」
そう言って再び陰陽の混濁した魔人は、右手に禍々しい黒い渦を魔法の如く
それもまるで——これから嵐と共に来る暗雲の如き色をしていた。
彼らもまた、嵐の予兆を
その名も無き日に、死出の旅路が再び——始まる。
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