第53話 誰が為に燃ゆる。1/4


 「よし。それじゃあ行くか‼」



「簡単、キャンプ飯‼」


森の隙間に迷い込み、荒ぶり始めた風のかおりが鼻先をかすめる中で、旅を共にする一行の冷たい視線を一身に浴びながら、イミトは左肩に右手を乗せて首を傾げつつ、威勢いせいこぼす。


「「「……」」」


 「「えいえいおー」」


しかしながら、イミトの思惑を察したデュエラが慌てつつ空気を読んで遅ればせながら行動を共にして。それでも二対三。或いは荒れる風を含めれば、更なる差。


「——……いや、デュエラ以外のノリたるや」


むなしくかかげられた二本の手はさびしく、呆れた様子でげられた手の持ち主は同調しない薄情な仲間らに振り返った。


「野営なのだから食事の支度をするのは分かるのだがイミト殿……」


 「——目の前の岩に向かって茶番をする気は無い」


そんなイミトへ正論の言葉たちが拳骨げんこつのように降り注ぎ、一同の視線はイミトの前にそびえ立つ地面に半分ほどは埋まっているだろうに向けられた。



同時に——洞窟に程近いとはいえ、こんな場所にわざわざと呼び出して嵐に備えなければならない時間で何をしようと言うのか、皆の表情が懐疑的かいぎてきにイミトへと暗に向けられているのである。



「はぁ……道具を作ると言っておったが、この岩を材料にするのか」


やがてその疑問を、皆を代表して問いただすのはクレアであって。あからさまな溜息交じりに辟易へきえきと、彼女はイミトの考えを予想する。



「まぁな。この岩を溶岩ようがんプレートにして盛大にバーベキューパーリィでもしようかと思ってな」


するとイミトは、当たらずとも遠からずといった具合で答えを漏らしつつ、目の前のゴツゴツとした岩肌に右手の掌を当て感触を確かめ、満足の行く材質だったのか表情に笑みを浮かべた。



「イミト様、イミト様‼ ワタクシサマ、頑張るので御座いますよ‼ お役に立てることが合ったら何でも言って欲しいので御座いますです‼」


そして、イミトが何をするのか皆目見当かいもくけんとうも付かずとも、ワクワクと興味津々に黒い顔布越しに目を光らせるデュエラに対し、


「——お前は、そんな気張るなっての。別に調理道具の事は怒って無いし、そもそもデュエラの所為せいじゃないんだしよ」


彼は岩肌に触れていた右手を迫ってきたデュエラの頭の上に移して、見当違いに更に表情を変え、小さく微笑む。


そんな彼に、彼女は更に言ったのだ。間違っている、と。


「そうじゃないで御座いますですよ‼ いえ……それも理由ではありますけど、こうしてまたイミト様のゴハンを食べられるのが嬉しいので御座いますです‼」


 「はっ、嬉しい事言ってくれるよ、ホントに」



「ふへへ……あ、顔布が外れちゃうかもしれないのです‼」


「「「……」」」


嵐が迫る中の微笑ましい雰囲気。無邪気な子供をでる大人びた男の回顧かいここもる表情に、疎外そがい感を覚えたような顔色で他の三名の視線が集まって。



「ん? お前らの頭も撫でてやろうか?」


或いは、そんな無駄話に長々と付き合わせるなといった非難の眼差しか。それも踏まえた上で、安穏あんのんと気の抜けた雰囲気に嫌味っぽく冗談口調で巻き込もうとするイミトであった。


「気色の悪い事をほざくな。さっさと話を進めよ」


無論、そんな誘いに彼女らが乗ることも無く、中でも不機嫌を極めているような眉根に皺を寄せた表情のクレアがイミトへと答えを吐き捨てる。


「へいへい。取り敢えず、まぁ……流石にこんな大岩を持って洞窟に戻る訳にも行かないから、良い感じの大きさに斬りたいんだよな」


そうして気分を一新、イミトは改めて目の前にある岩に目を向けて岩の材質を再び確かめ始め、途方もなく身勝手で常軌を逸した願望、思惑を白々しく遠回しに匂わせて。



「……もしや、その作業を我にせよと言うのではあるまいな」


すると、もはや慣れたものと彼のロクでも無いたくらみをはかり、それ以上の口を未然に塞ぐべく怪訝けげんな顔色でにらみを利かせるクレアである。


しかし、その睨みの甲斐かいも無く——



「ご名答。伝説のデュラハンの豪剣なら簡単だろ?」


意図的な無神経の如く、ニヤリとわらう悪童の悪戯心いたずらごころ。軽く握った拳のこうで岩をコツリと悪びれる事も無く叩き、ささっとやってくれと言わんばかりの応対。


「ここら一帯が砕け散って塵も残らずとも良いならな」


その並べ立てられていく相も変わらずと畏敬いけいの感じないイミトの悪態に、己の醜態しゅうたいを歯噛みするが如く目をつむり、クレアは殊更に眉に怒りを寄せて口論の弾数をたくわえ始めた様子である。


「……最初に言ってた『』は何処に行ったの」


が、それらを放つ前に動かされるまと。現在、クレアの頭部を抱えるセティスが、クレアの怒りを代弁するように——或いは事前に抑え込むように冷静な声色を先んじる。


——確かに、イミトの語る作業工程は冒頭のそれとは逸脱しているというのは、誰の目にも明らか。


否——、彼以外。


「うーん。でも言葉にすれば手軽だろ? 



それは常識を踏まえられる誰もが絶句するだろう解釈違いであった。


「まずは、クレアの業炎バスティーバで岩を燃やす。それからカトレアさんの中でユカリを叩き起こして岩の斬り込む部分だけを急激に冷やす訳よ」


 「そうすっと熱で膨張してた岩が冷気で一気に収縮してズレて綺麗なヒビが入るから、そこにクレアの大剣を一気に叩き付けたら多分、綺麗な表面の岩が出来ると思うんだが」


「後は板状の良い感じのサイズに岩を割って、積んだ土台に乗せたら即席のホットプレートの完成だろ?」


「「「「……」」」」


しかして彼はつらつらと、自身が頭の中で思い描いたの未来予想図を口伝くでんするに至る。


 そんなものを聞かされていた者たちは語るまでも無く、目の前の男が何を言っているのか理解出来ていない様子で深みを増す怪訝な顔色。


「即席という言葉の意味を学び直した方が良い」


普段から無感情に近い冷静な、さしものセティスもクレアの言葉なき指示に従い、近場に黒い渦の魔力から創られた台座へ持っていたクレアの頭部を置いた後で、呆れ果てて傷痕の多い顔をしかめさせる。



「ユカリの扱いに同情を禁じ得ないのだが……そもそもユカリは私の身体を使うのだから雑に扱われて居るのは私もか」


そして一方で悩ましげに頭痛を感じる前頭部を抱えたカトレアは、己のひたいつのがある事を忘れて、手甲の指先に角をぶつける天然を魅せつけ、おっとと我に返り自嘲する程で。


「貴様という男は——本当にロクでも無い」


 「……いや、そこまで言われる事か? デュエラの事は許してるけど、その場に居て俺の調理器具を守れなかったお前らも同罪なんだぞ。そもそもクレアの大剣を振るのは結局は俺の身体だしよ」



言い争いのが切っておりそうな論争の予感。その助走に、口火くちびを互いに軽く吐く構え。



「——イミト様。この岩を砕いて道具にするので御座いますか?」


しかし、その争いを止めたのは——ここまでの間、イミトの企みに対する感想に唖然茫然以外の感情を持っていたデュエラ・マール・メデュニカの何の気の無い素朴な疑問であった。



「? ああ、このくらいの岩の板を作って下から炎であぶってな。何か問題あるか?」


純粋無垢な言い様に、クレアと口喧嘩寸前だった喧嘩腰の表情が怪訝にまで戻り——イミトは自身が理想とする大きさの岩の板を身振り手振りを用いて表現を始める。



クレアもまた、同じく怪訝な顔色で何かしらをしでかしそうなデュエラの様子に矛を収める雰囲気を漏らして。


——そしてその予感は、紛れもなく正確にまとたものであった。

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