第50話 それを彼は忌々しく——。2/4


 互いの内に秘められた牙をき出しに、その息突いきつも無い攻防は時を経るごとに激しさを増していく。


「我ながら、冴えわたる勘たるや」


 「やはり強いな、君は‼」


空に響き渡る爽快とも言える打ち合いの金属音。次々と繰り広げられるアディの剣撃とイミトのハルバードの槍術。空を駆ける事が出来る両者の戦場は徐々に屋根から空高く昇り始め、誰も入る余地のない二人きりの世界へと変化を遂げていって。



「は、手加減しといて良く回る口……だなっ‼」


「君よりは劣るさ。本調子では無いはずなのにと驚くばかりだ」



「体が動かないなら頭を動かせってのが、ありもしない我が家の家訓でね」


 「ははは、なるほど。しかし、如何に君の頭が冴えようが時間や物量や地の不利は決して補えない」


「君が向かっている城壁にも続々と兵たちが集まり、セティス殿が空を飛べる事も知れ渡って居る頃だろう」



そして無尽蔵に周囲を駆け回り、留まる事なきアディの剣に対し——、防戦一方のイミト。その最中に交わされる会話には、敵対してるとは思えない親しみをにじみ、かつての旧友とスポーツジムで再会して競争をし始めたような雰囲気も感じ取れる。



だが——しかし、それはあまりに滑稽こっけいな例えでしかないのだ。



「どうやって壁を越える気だ。ここは不要な争いを止めて大人しく投降してくれ。悪い方向に向かわぬよう僕も尽力を約束する」


空中で足を踏ん張らせ、イミトのハルバードに剣を打ち付け動きを抑え込んだアディは、これからイミトに待ち受ける未来を憂い、切実に訴えかける。


決して、友になれない立場の違い。

この争い多き世を嘆き、友になれるはずと信じたい心。


歯を噛んでイミトの動きを抑えはじめたアディの剣から、そんな想いが伝わってくるような気がしてイミトもまた本来、戦わずとも良い相手の強まってきた力に対して歯を噛み締める。



「——昔々の、その昔……一休いっきゅうっていう口が達者な屁理屈野郎が居てな」


 「……何の話だ?」


——出会う時や、出会う場所や出会う順序が違ったならば。

それを考える事すら無粋ぶすいと断ずる世の道理に、彼らもまた踊らされて。



選ばねばならぬのだ。これまでの人生を、皮肉を、全て背負わされて。



「そいつぁ、大変お頭がよろしくて、どんな相手のどんな無理な要求でも屁理屈を組み立てて口で言い負かすってんで、それを面白く思った城の城主が暇潰しに一つの要求をした」


「城主は一休に絵の中に居る虎に触れずに縄で縛って捕まえろと命じたんだ。そしたら一休は、それに対して何をしたと思う?」



「……分かりかねるな。その話をする意味も何もかも‼」


イミトが唐突に始めた話に、一旦と呼吸がてらに足を止めたアディ。しかし、イミトがただよわせつつある段階を一つ上げたような真剣味を鑑みて、アディもまた信念が——信じる物が縛り付ける選択肢の無い選択を選び取る。



 つかの間の小休止の中の渾身こんしんの一撃。長く続いた攻防の所為もあって、その一撃の威力は際立ったが、イミトは吹き飛ばされる事も迷う事も無くアディの選択を受け止めた。


彼もまた——既に選び終えているのだから。



「一休は縄を手に取って、城主に言った。『分かりました、では捕まえて見せますので虎を絵から出してください』ってな‼」


「——滑稽な話だな‼」


ギリギリと拮抗きっこうし交錯する、求めた未来を切り拓く力——震える互いの武器。その震動は互いが放つ魔力も相まって周囲の大気を揺らしているようであった。



「だろ? みたいなもんさ」


「『』は、普通に一休の目の前に虎を出してあげられるからな」


もはや、互いに心は揺るがない。少なくともアディ・クライドの遠き背後にある城塞都市ミュールズの城壁の方角に異変を感じる



「——⁉ 街の結界が‼」


それは——イミトの魔力と戦意に集中するあまり、アディが気付かなかった膨大な魔力の放出であり、波打つように揺らいだ空の水面でもあり、戦場を空高く移し替えていたイミトが待ちかねていたモノである。



そして、城塞都市ミュールズの魔物の侵入を防ぐ防御結界に僅かな穴が開いたその瞬間、ここまで静観に努めていた彼女も動き出す。



「くっ——⁉」


イミトから間合いを取り、何が起きているか状況を確認するべく背後に飛び退いて結界の異変の中心地へ首を振ろうとしたアディのすきを狙い——遠方から解き放たれる銃声。



アディは咄嗟に、その音と向かってくる力の気配を察知して剣で何とか防いだものの、気を散らした所為せいで宙に浮く魔力の足場がおろそかになり、体勢を崩し地上へとガクンとひざを落とした様子で落下し始めて。



「ナイス、セティス。絶妙なタイミングだ——も含めて」


その頃合い、ほうきまたがり空を飛ぶガスマスクを被った魔女に見えるように、親指を立てるイミトである。



「まさか他にも仲間が——‼」


だが、そんな余裕も早々に——直ぐ様に態勢を整え、イミトの下方の未だ空中に踏みとどまったアディを見て、


「俺も、こんなに早く来るとは思わなかったけどな‼」



すかさずイミトは両壁を蹴って登っていくように猛烈な勢いで空へと駆け上がる。


「逃がさない‼」

「天を昇れる雷があるのかよ」


 「くっ——真上に」



アディは、そんなイミトを追おうとするが、何やらと苦い顔で歯を噛み——ななめにジグザクと雷閃を弾かせ、動きを無駄にして距離を詰めるに至らない。



「イミト、捕まって」


そうしている内、合流したセティスとイミト。真っすぐに結界に開いた小さな穴を目掛けて、飛来したほうき。イミトはセティスの背後にあった箒のにしがみ付くように乗り上げて。


「おう。このまま斜めに上昇してくれ、は速いけど、一度に上へ登れる距離はそんなに長くない」


「了解。世話が焼ける」

「良い焼き加減を目指してくれよ」



「それはクレア様に任せておく」


「怖いこと言うじゃねぇか。そいつはが高そうだな」


 これまでの戦いからアディの高速移動の弱みを看破し、それを代金がわりにセティスに伝えると共に、自らの力を使わずとも済むと移動手段に安堵の息と普段の軽口を突き返すイミト。


セティスは、そんな彼の皮肉や嫌味になれた様子で言葉を返し、イミトの指示通りに箒の進む方向を変えた。



だが——、

「——逃がさないと、言ったはずだ‼」


背後後方斜はいごこうほうなな下方かほうで尚、諦めずに彼らを追う雷閃。


頭上に行けずとも最善手で、アディ・クライドはイミトらの下を走り、高さも直にとジリジリと距離を詰めてくるのである。



「しつこく斜め移動でゴリゴリと——ホントに敵に回したくない脳筋だよ、テメぇは‼」


そんなアディの足止めをしようとハルバードを片手で握り締めた矢先——、




「【氷弓道アイス・ア・ロード‼】」

「「——⁉」」


遥か遠く——、強い魔力が放たれた気配。

それは、もう今はふさがっているが結界に穴がいた方角から解き放たれて。



「くっ——氷の矢⁉」


瞬間——空を裂きながら真っ直ぐと、蒼白い氷の矢がイミトを追うアディへと飛来し、彼の足を止めさせる為の計略を成功に至らせる。



『……すまない。アディ』


遥か遠くにて氷の弓を引いた彼女の事が見えぬまま、体勢を崩すアディ・クライド。



「今のは——の技か? すげぇ遠距離だな」


——それでも彼は、止まらぬだろう。

これまでの少ない経験の中から確かに感じ取った予感。


ゆえに、徹底した追い討ちを掛けるべく弓矢の威力に感心した声を上げるイミトを他所に、弓矢よりも更に非情な武器は引き抜かれる。


「——でも、が足りない。イミト、捕まってて」


 「あ、おい‼ おま——」



宣言の後、勘を働かせて箒に強くしがみ付いたイミトがその宣言の意味を問いただそうとした刹那、イミトにとっては突如として螺旋らせんを描き、箒は回転し始めた。


上下逆転、ひっくり返った箒の上に居た魔女は、表情がうかがい知れぬガスマスクの硝子眼ガラスまなこを光らせて下方で態勢を崩したアディへ魔力を放出する拳銃の銃口を向けた。



「くそっ——く、く、く、くああああ‼」


一発、二発、三発——合計で七発ほど撃ったのであろうか、追われるばかりでは無いと言わんばかりに魔力の銃弾をはじくアディを追いかける銃口。



やがて随分とアディと距離が離れ、満足したセティスは箒の上下を元に戻して素知らぬ顔で。



「……酷い餞別せんべつだな、おい」


 「これくらいやらないと彼は止められない。一応、死なない場所は狙ってる」



「俺が今のやられたら絶対に泣くわ」


さしものイミトも同情を禁じ得ないセティスの無慈悲。しかし尚もセティスはガスマスク特有の独特の呼吸音を鳴らし、平然と感情を波立たせない落ち着きぶり。



そんなセティスに呆れつつ、捕まっていた箒によじ登って腰を落ち着かせたあたり、イミトも同情をしても情けは掛けない様子であって。



「イミト‼ 僕はまだ——‼」


「おっと、ついでに俺の餞別せんべつにしとくか」

「セティス、ちょっと降りるから迂回うかいして回収を頼む」

「了解」



「っと……おらよ‼」


それを証明するように、尚も諦めずに追走を再開したアディに——イミトは箒から飛び降り、空中に魔力の足場を作って立ち止まり、強風の吹き荒ぶ中で——手に持ったままだったを全力で投射した。



「また会おうぜ、アディ・クライド。その時も正々堂々、卑怯な手で返り討ちにしてやるよ」


「——……ああ、必ずだ。次は勝つぞ、イミト・デュラニウス。この借りは、必ず」



投げ際に送られる言葉、強烈なハルバードを全霊を賭けて弾き防ぎつつ、返される言葉。


それらは確かに互いに聞こえ、二匹の獣は再戦の誓いを立てるように一時休戦と牙を引く。




「利率は高いぜ。俺を殺したくなるくらいにはな」


空から落ちていく白い獣を見下す烏の如き野獣。

何も知らぬ白い獣の強かな笑みを嗤い、自身が見えている景色をおもんばかり、世界を知らぬと嘲笑う。


やがて至るだろう——


イミト・デュラニウスはその場しのぎの和平を喜ぶ城塞都市の上空で深く——深く、同情に心をひたすかの如く瞼を閉じた。

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