第50話 それを彼は忌々しく——。1/4
城塞都市ミュールズからの脱出の道中、周囲をミュールズの騎士団に囲まれて
「本来であれば——万全の君と手合わせをしてみたかったが」
リオネル聖教が聖騎士団所属、第一編成部隊副長——アディ・クライド。
野次馬も集まり始めた
その微笑みに、敵となるであろう男は強がって開き直り、河岸の
「戦いにケツの穴を広げられて気が狂っちまってんのか? 俺は男に棒切れを刺される趣味は無いぞ」
「酷い物言いをする。今日は君が導いた和平の日だ。出来れば僕だって、あまり手荒な振る舞いは避けておきたい」
イミトの右掌に灯る黒い渦。まだその灯は弱々しくあれど、明確な敵対心から生じる意思の表れ。それを見たアディは、酷く残念そうに息を吐き、小さく首を振りながら瞼を閉じる。
——圧倒的な戦力の差。
イミトに少なからず敬意を持つアディは、疲弊した様子のイミトと周囲の状況に、これ以上の不本意な立ち合いがあるものかと嘆いていて。
しかし、それでも——
「そいつは無理な相談だ。こっちには、こっちの予定や道理があるんでな……デートの誘いは有り難いが——今、捕まって御食事を御馳走になる訳にもいかない訳よ」
「誰も君を疑ってなど居ないさ、捕まえるつもりも無い。ただ、少し——皆が不安に思っているから、君の事情や足りない情報を補っておきたいだけで」
互いに立場があり、動機があり、意地がある。
何より少なくともイミトには、「はい、そうですか」と相手を
「信頼できないのは、お互い様だ。話せない事や話したら都合の悪い事もあるもんでね」
「——君は騎士の情けを嫌う
「理解が早いな。気を遣って頂いた御礼に、結論を急いで大事な事を取りこぼす事にならないように忠告って奴をさせて貰うとする」
故に彼らは争いの構えを取って、互いに向けた最後通牒のような言葉を贈り付けた。
そして、そんな彼らを
「……何処に
セティスが落とした物——それは、イミトの目の前の地面に突き刺さった斧と槍を組み合わせたようなハルバードと呼ばれる武器であった。装飾過多な、とても実用性や使用した形跡の無い武器を見て、イミトはハルバードの柄を握りながら彼女に感謝の言葉を述べ捨てて。
——これで魔力を節約して何とか
「それは確か、ここから少し離れた広場にある石像の持ち物だったと記憶している」
「まだ腕が付いてんじゃねぇか。可哀想に」
よって仕方なしと息を吐いたイミトは、ハルバードの先客であった石の腕を振り払い、ゴトリと音をさせながらハルバードの間合いを測る為に右往左往、縦横無尽に振り回し始めて。
「——では」
「それじゃあ、まぁ——」
やがて肩に担いだハルバード。イミトが右手に灯していた黒い渦を吸い取っていくかのように黒く染まり——準備運動を澄ませたと不敵に笑うイミトに対し、アディ・クライドもまた——片手で持っていた剣を両手で握り直して電流を
そして——、ツアレスト王国と隣国アルバランの和平が結ばれた本日——城塞都市ミュールズで行われる最後の戦いが、背後の河に流れる流水の
「「尋常に‼」」
初手初撃は共に等しく、正面への特攻、斬り込み。
暴風と電流が激しくぶつかり合い、周囲へと散る激しい一撃にて交錯した。
だが——、
「逃げるが勝ちよっと——‼」
イミトの勝利条件は逃走であり、互いの生死を奪い合う事では無い——。二撃目を撃ち合うべく僅かに下がり間合いを整えたアディに対し、一見すると息を合わせたように下って見えたイミトは体を後ろに反らしただけに留め、すかざず態勢を前のめりの突進。
と見せかけてアディの意表を突きつつ、アディの前の地面のレンガを砕き反動で宙に瓦礫を浮遊させる目暗まし。
そこからイミトは斜めに跳躍し、騎士数十人を相手にした方が
「負けはしないさ」
しかし早々、アディは更に一歩分だけ軽く背後に飛び、宙に舞った瓦礫を
その時間、刹那と呼ぶに相応しき僅かな差。
「ちっ——反応が早いな‼」
アディが
故にイミトはハルバードを片手に、時間を欲して黒い渦を左手に灯らせたのだ。
「【
「魔力の煙幕⁉」
「形は創れずともさ——無理をすれば放出は出来るんでね‼
魔力切れと度重なる魔力の酷使による疲労のリスクを冒し、賭けへと打って出る。溢れ出た黒い魔力は漆黒の霧となり、周囲のミュールズ騎士たちを驚かし戸惑わせて。
そのざわめきに乗じ、イミトは黒い霧の中から先んじて空へと飛び出し、周囲を囲んでいたミュールズの騎士たちの頭上を飛び越えて建物の屋根の上へと向かう。
けれど、
「——そんな小細工で、僕から逃れようと思うのは甘い考えと言わざるを得ないな」
「クライド流剣技歩法——【
やはりそれは苦し紛れの遅延策、児戯でしかない。
瞬時に高速で敵との間合いを詰めるアディの特技は炸裂し、イミトの周囲に激しい電気の叫びを響かせ、アディの身体は一瞬にして黒い霧を吹き飛ばして空へと駆けられる。
しかし、その印象的な技の片鱗を見た事があるイミトには想定内の事でもあった。
「プログラムされた動き。先に飛ばしていた電気の道に体を誘導させる——それが読まれないように
「ま、どれが
襲い来る雷閃に驚く事も無く、丁寧に状況を分析し言葉にして思考を整理。
大小様々、色合い
「「——……‼」」
——再び、二度目の、交錯。
アディの剣の腹を使った殺意の無い峰打ちをハルバードの柄の中心で受け止めるイミト。
周囲に気兼ねなく武器を振るえる屋根の上、その時——イミトとアディの顔に共通して、長らく己を縛っていた
それはまさに、互いに本能に
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