第50話 それを彼は忌々しく——。3/4

——。


こうして、聖騎士アディ・クライドの追走を退しりぞけたイミトとセティス。

しかしいまだ修復されたばかり結界に覆われている城塞都市ミュールズの上空で、援護に現れた仲間たちとの合流を目指し空飛ぶ箒で飛行中である。



そんな中、ようやくと——



「イミト様ぁー‼」


平穏をしらせるかねのような少女の声が耳に届いて。

視線を流せば、空を悠然と駆る首の無い馬が引く二階建ての大きな馬車。



「——……随分と、可愛らしい死に神がお迎えに来たもんだ」


箒を操縦するセティスの背後に腰を掛けているイミトは安堵の息を漏らす。



「首切れ馬を見られて、和平に影響があったりしない? 不吉だとか」


「まぁ、ここまで空の上だと頭があるか無いかまでは普通の奴等には見えないんじゃないか? 後は国の連中が上手く情報操作してくれるさ」



セティスが警戒まじりに背後へと少し振り返り、尋ねた質問に同意を示しつつ楽観的に肩も落とすイミト。


そうして仲間たちがイミトの代わりに警戒を巡らす馬車へと合流し、



「そう……私は脱出まで外で援護する。イミトは馬車の中に」


 「了解、了解。我が家に帰ってきた気分だよ」



イミトだけが黒い顔布を纏う少女が座る馬車の御者台ぎょしゃだいに降り立ち、言葉通りの行動を開始したセティスに片手間な返事を送って別れ去る。



「イミト様‼ 御無事なのですか、セティス様から連絡があって心配して引き返してきていたのですよ‼」


すると、待ちかねていたというようにセティスに代わり、御者台で馬の手綱たづなを引きながら声を荒げたのは純朴なメデューサ族の少女デュエラであった。



興奮気味に慌てた様子でイミトの佇まいを顔布越しに確かめるデュエラは、それでも宙に浮く障害物が無い空の上で何かしら事が起きないかと前方確認もおこたらない。



「悪いな、助かった。明日、筋肉痛で動けないくらいだから安心しろ——ここは任せた」


そんなせわしない彼女に、落ち着けと動き続ける頭の上に手を置いて撫でるイミトは、彼らしい普段通りの気の抜けた笑みで馬車の操縦に集中しろと伝える。



「はいなのです、あ……その……イミト様」


しかし、不穏。イミトの安否を確かめて安堵した所為せいか、馬車の中に去りゆこうとするイミトの背を見て何かを思い出し、彼女は声色を重く、暗くしてイミトを声で引き留めた。



「どうした?」


「あ、いえ……ここから脱出してからにするのですよ」


けれど、イミトの素っ気ない顔が振り返り、現在の状況と相まって地下水道で再会した際と同じように言葉を言いよどませて、胸の内に抱える問題を後回しにするのである。


「? ……そうか」


「——で、カトレアさんか? いや、今はユカリだよな」


その様子を見て、一考するイミトではあったが、


視界の端に御者台で周囲を警戒していた—或いはの存在に目を配りデュエラの苦悩を棚に置き、話は進む。



「どっちでもあるピョン、それより——何か私にいう事があるはずピョン」


 その左手には氷で形作られた弓があり、先ほどアディとの逃走劇で世話になったと思わせようとイミトの視界に見えるように彼女は左手を持ち上げられていて。


独特の語尾と言語で得意げにイミトに問われた言葉に答えを返し、回りくどく会話を始めた氷を操る兎の半人半魔であるユカリはカトレア・バーニディッシュの身体を自由に操り、再び空々しく弓を撃つ真似事までをして魅せる。



すると、そんな調子の良い彼女に対し——、


「はっはっは。あったとしても滅多に言わないのが、今後のギャップ萌えを生む訳よ。クレアは中に居るか?」



全くといって良い程に起伏抑揚きふくのない声色で淡々と笑い、ササリとユカリの求めてるだろう行動を拒絶するイミトは彼女らの身体が塞いでいる馬車の内部に繋がる扉に首を傾げさせて話題をも変えた。



そんなイミトの冷徹に、


「——中に居るピョン。ただ、メチャクチャ機嫌が悪いから気を付けるピョンよ。とばっちりはゴメンぴょん」


実に不満げに反吐へどを吐くユカリ。しかしながら状況も状況だと彼女は素直に性格の悪いイミトの問いに答え、扉までの道を開けて右手の親指で扉を指し示しながら警告をも垂れ流す。



「そいつは怖いな。カトレアさんに代わってくれ」


「だから、今はどっちでもあるピョン。落ち込んで黙ってるだけで意識は起きてるから普通に話し掛ければ良いピョンよ」


「? そうか……カトレアさん、姫に怪我は無い。それから姫から昨日の夜に預かった手紙がある。状況が落ち着いたらセティスに言って受け取ってくれ」



そこからイミトは、ユカリ越しに伝言を伝えるような口調で欲しがっているだろう情報を提供し、ユカリの中に潜む体の持ち主に出てくるように呼び掛けた。



すると、現れたる別人格。否、


「……分かった。尽力、感謝する」


気楽で御調子者おちょうしもののユカリとは対照的な性格の礼節丁寧な口調で体の本来の持ち主であるカトレア・バーニディッシュはイミトの前に現れ、真摯に頭を下げた。



その時、彼女の腰に掛かる騎士の剣が寂しく鳴って。


だからイミトは、珍しく相手に気を遣ったのかもしれない。


「——リオネス聖教、レザリクスが今回の件の首謀者だって証拠は無いからおススメはしないが、今からでも姫様やアディの所に戻っても良いぞ」


姫を守る為に半人半魔となったがゆえに訪れた——つかえている主君マリルティアンジュとの不本意で悲劇的で、皮肉な別離。


城塞都市ミュールズの上空で心残りが多々ある様子の彼女に、幾度も投げかけてきた——本人も葛藤かっとう渦中かちゅうに居るのだろう選択肢を再び投げかける。


しかし、迷いの末に既に答えは出ているのだろう。



時は——短くも長く存在していたのだから。



「いや……まだ時ではないだろう。今は貴殿らと共に行った方が、奴等の企みの阻止やツアレスト王国——姫の為になるかもしれない。もう少し、道を共にさせて欲しい」



切なげに首を振り、名残惜しさの囚われた己を自虐するカトレアの表情に自嘲の笑みが零れ、イミトに気を遣わせたと眉を下げて彼女は儚げに笑う。


「そうか。こっちは、お好きにどうぞって感じだ……さてと、俺は中でイチャラブしてくるから、お前らにも外の事は任せた。あんまり無茶するなよ」



そんなカトレアにイミトも肩の力が抜けた笑みを返し、カトレアの物想いの時間を邪魔すまいと会話を早々に断ち切り、イミトは馬車の扉の取っ手に手を掛ける。



——そして、いよいよと、

「——……」

との時間。


 黒一色の内装ではあるが、凹凸で色合いを変化させている馬車の内部——その奥座席の中央に鎮座し、静寂に努める黒兜こそが彼女、クレア・デュラニウスである。



入ってきた扉を閉めて、静寂でありながら荒々しい気配をたかぶらせている兜の前へと進むイミト。何も言わぬまま、イミトは彼女の近くの斜め前にドシリと腰を下ろし、やっと落ちつけたと一段落の息を吐く。



言いたい事は色々あった。言うべき事も少なくは決して無い。

しかししばらくの沈黙が、馬車の内部を埋め尽くし、時を燃やしてゆく。



そんな剣呑けんのんな雰囲気の二人。

やがて始まる二人で一人の半人半魔、二人で一人のデュラハン同士の会話。



それを始めるのは、やはり不機嫌なクレアではなく、イミトからであった。



「お疲れ様の一つでも言って欲しいもんだな」


「であれば、そう言えるような土産でも持ってきてから出直すのだな」


彼らが、バスの待合所で絶妙に短い退屈を潰すように始めたそれは、互いに素っ気ない態度で繰り広げられ、燃えていた空気をも一瞬で凍らせる。

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