第47話 地下に潜む怪物。5/5


「——……?」


 眉を潜ませ、疑念をていする表情のルーゼンビフォア。



「たまたま暇を持て余したクレアが近くまで来たから動きを変えたけど、別にお前らを倒す為にここで一人待ってたわけじゃないからな」


 「——……では、久しぶりに妹の顔でも見る為ですか」


 イミトの言い分に対し、白い槍を消失させて腕を組む思考行脚しこうあんぎゃ。無いとは思いつつ、背後に控える仮面の少女の素顔を脳裏に浮かべながらも、彼女は他の理由が無いかを探る。



「それも……まぁ違うな。おっと、連絡が来た……出ても良いか?」


 すると更なる憶測おくそくを否定される最中さなか、イミトがふところから魔通石が赤い光を帯びて彼の仲間からの連絡をしらせる。そんな会談中の電話について悪びれる様子もなく許可を求めるイミト。


「ご自由に」


 恐らくはが、彼が傲慢ごうまんでは無いという主張を裏付ける根拠になるのだろうとルーゼンビフォアは思った。故に礼儀作法に反する行いに目をつむり、進めるように片手の平を差し伸べて。



 そして——、ルーゼンビフォアらを尻目に、彼らの通話は始まった。


「どうしたセティス。何か異常があったか?」


『イミト。和平調印式の準備が始まる。もうすぐ街につながる下水道の入り口も結界で封じられるから早く戻ってくるべき』


「ああ。クジャリアース王子の呪いは解けたんだな、こっちはもう少し掛かりそうだから一応、式には俺の代わりに出席しといてくれ」



『……地下の方で、魔素の激しい気配があったけど、もしかしてまだ戦ってるの?』


 「——まぁな。でも、もう終わった感じだ。結構な体力と魔力をから和平調印式を表立って襲撃する気力は残って無いだろうさ。少し休んでから戻るって姫様とかに伝えといてくれ」


 いくつかの問いを交互に端的たんてきに交わし合い、淡々と答えていくばかりの通話。その終わりが見えてきた頃合いにイミトはチラリと空々そらぞらしくルーゼンビフォアに視線を送る。



 それで——彼女は気付いたのだろう。


「——……‼」


 彼がこの場に居た、本当の目的とその狙いを。



 『了解。気を付けて——』



「……てな感じだ。解かったか?」


 魔通石での通話を終えて、ふところに長方形の石を納めるイミト。得意げに、厚顔不遜こうがんふそんに神を見下ろすが如き悪辣な笑みを浮かべ、肩の力を抜いて眉を下げながら小首をかしげる。



 普段通りの彼らしい顔。争いには決して染まらぬ、元よりの


「——。万が一に備えてのおとりですか」


 苛立ち混じりに辿たどり着いた答えを吐いたルーゼンビフォアは、してやられたと眉にシワを寄せながら己の浅はかさに呆れ、うつむく。



「そうそう、クレアにかかされて、八つ当たりに和平調印式を妨害されても困るからな……ここに俺が一人でいるって話を聞けば、お前らはこっちに来るだろ」


「俺達を殺す事を目的にしてるお前らと、和平調印式を成功させようとする俺達との価値観の違いだな」


 楽しげに正解の解説、つまらぬ手品の種明かしをする奇術師の顔には——もはや地下水道を訪れた際に見た魔人の威圧は無く、悪戯いたずら好きの悪童あくどうの顔しかない。



「ここで俺がヤル事は、時間稼ぎとお前らの戦力を少しでもけずる事。倒すことは別に目標じゃなかったよ。クレアはともかく、俺は最初からな」



 「因みに魔力補充用の魔石が残り一個だって言うのは嘘だ」


 更に男は己など、信じるに足る人物では無いと、お道化どけて魅せて。まくり上げていた服のそでや腰巻のベルトの裏、或いは服のえりの裏、等々などなどと様々な場所から小さな魔石の欠片を床に落とし始める。


 無論——、彼が引っり返したかばんからは大小様々な虹色の石ころが、砂場で遊んでいた子供の服のようにジャラジャラと流れ出す。



「今からでも、特攻に行くか? 瞬間移動や空間転移で昨日から結構な魔力を消耗しょうもうしてるだろ? それに上にはバッチリ健康な王国騎士団長たちやらアディ・クライドが居たりするけど」



「……腹立たしい。本当に、全てはアナタのてのひらの上……だったと」


 もはや完敗であったのだ。量に限界がある魔力を使っているのはルーゼンビフォアも同じ——疲弊ひへいと共に、あまりある男の用意周到さ用心深さに呆れの溜息。そんな児戯じぎに踊らされてしまっていた己をわらう他は無く。



「イキり倒してると思って傲慢だと思ってくれて何よりだよ」


「……何故そこまでのリスクを。アナタにこの世界の和平など関係は無いでしょう。義憤に駆られ、アナタがお好きなライトノベルの主人公にでもあこがれましたか?」


 しかし彼女は、それをまえても聞かずにはいられない。男の過去を知り、男の性格を知るがゆえに彼女は秩序の女神として死後の裁判を務めていた性分からも、邪推じゃすい混じりにそう尋ねる。



 すると男は頭を掻き、考えを巡らすような顔をしながら答えゆく。


「別に……漫画やラノベは料理の待ち時間にたしなむ程度のもんさ。お絵描き帳みたいなクソチートで世界最強に座らされる人生になんか興味もない」



「ただ、自分の足で歩いて悪戦苦闘しながら美味い飯を作りたい。俺自身が飯を食う事、生きる事に意義なんて感じたことも無いけどな、出来る限り楽しく生きたいし、楽しませてやりたい奴にも会えちまった」


「……」


 更に彼は軽く頬を掻きながら、居心地悪そうに言葉を並べ、そして——もくして静聴せいちょうしている女神を他所に、優しげな遠い目をして言い放つのだ。



「それに……綺麗事は嫌いでも、それが綺麗な事だって事くらい俺にだって伝わるんだよ」



「だがまぁ——そういう事を色々とほざいてみても、俺はいつだって命を捨てる理由を探してるだけなんだよな、きっとよ」



「だから何も——まだ何も変われちゃいないんだろうさ、神様よ」



 和平のちぎりが華やかに開始されようとしている城塞都市ミュールズの地下深く、そこにひそんでいた怪物は、汚水の香りに包まれながら、己のけがれを知りながら、それでも何処かの誰かが語ったような綺麗な世界を夢想する。



 ——いつか、そんな世界が見てみたいな、と。


 率先して行った溝浚ドブさらいに、へへりと嗤い。

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