第47話 地下に潜む怪物。4/5


 それはまぎれもなく——ルーゼンビフォアの仕業しわざ


 先程も完遂かんすいされなかった神の魔法。



「【神罰ゴッデス業炎バスティーバ……】」


 一見しただけで止めねばと思える程の存在感に、増援もまだ見込めないイミトは単独で対応策をこうじなければならない。



「【千年負債サウザンドデビット一借断絶リコル・サティルータ‼】」


 そこでイミトが選んだ策は、原始的な武器の投射をのぞくと。唯一といって良い遠距離技。クレア・デュラニウスが発案した伸びる刺突しとつ。浮かび上がり始める小さな太陽に向けて空中より巨大な剣を伸ばし突く。



「ちっ……また邪魔を‼ それでも半分は——‼」


 盛大に突き刺される巨大な剣は避ける他はなく、精神を集中させて力を溜めていたルーゼンビフォアは集中を切らし、斜め横に跳び去りながら、片手の上に未だ灯り続ける炎の魔法で妥協だきょうする。


「地下で炎は禁じ手だろ。人の事、言えないけどな‼」


 「【神飛炎シンビエン‼】」


 空中に居たイミトもそれは覚悟の上だろう——デュエラの特技、龍歩りゅうほを習得したイミトは、ルーゼンビフォアが解き放った太陽が変化した巨大な魚を模した炎に向かい、思いっきり踏み出して炎へと立ち向かう。



さば甲斐がいがあるね、【うろこ取り‼】」


 だが、正面切って高熱の炎のかたまりと戦う訳も無く、寸前でイミトは落下の軌道きどうらして体をひねり、炎の横を通り過ぎながら両手に作り出した黒い巨大な包丁で魚を模した炎の側面をわずかでもけずり取って。


「おおおおおっ——‼」


 その最中にイミトを空から叩き落そうとする、己が信じる神にあつき信仰をささげる男、バルドッサの跳躍ちょうやくの後に放たれる岩の両腕がイミトを襲う。

 しかしイミトは冷静を尽くす。調理場での作業工程を整理するような面差しで、突如として空中に現れたバルドッサを横目に、両手に持っていた包丁を手放す。



「復活が早いな——【秒位利息セコンドインタレスト連動過料チェーンオブフィー】」


「【ウィズ・デスウィップ——引網漁プルネットフィッシング】」


 そして次に創り出したのは二本の黒いむち。龍歩でバルドッサから僅かに距離を取りつつ、上下左右にダラリと太いむちを振る。


 不思議な事にバルドッサに当たるむちは、彼の体に当たりからまりとらえるが——次々とむちの長さを伸ばし、本数を増やし波打つあみの如く地下水道に折り返してきた魚をした炎ごと捕らえていく。



「うおおおおりゃ‼」


 「ぐぅ……⁉」


 そこから龍歩の足場を踏みしめて——、一本背負いの構え。バルドッサの岩の肉体を焼くルーゼンビフォアの炎。イミトは、魔力で増強されている膂力の全霊を込めてあみとなったむちを地面に向かって投げ捨てる。


 えがき、炎に焼かれながら地に投げ出されるバルドッサ。



 すると——その時、


「——危ない‼」


 地下水道の床の上でイミトのすきうかがっていたイミナの声が飛ぶ。あふれ出る水の魔力が一か所に集まり——バルドッサの落下の衝撃を緩和かんわさせ、ルーゼンビフォアの炎と相殺そうさいさせてりもせずに大量の蒸気を産み出す。



「……へぇ。まだ仲間を気遣える神経は残ってたんだな」


 その光景はイミトにとって、意外なものだったのだろう。茫然ぼうぜんと空をゆるやかに落ちながら見えてくる蒸気で満たされた光景に感想を漏らして。



余所見よそみを——‼」

「してねぇよ」


 しかし警戒は揺るがない。再び強く交錯こうさくする白と黒の槍。

 彼らは互いに舞うように一歩も引かぬ技の優劣が拮抗きっこうした熾烈しれつな攻防を繰り広げながら、地下水道の地下へと堕ちていく。



 そしてやがて彼らは着地しつつ白煙はくえん白霧しらぎりを吹き飛ばし、互いに間合いの外まで距離を取った。



「……なるほど、分かりました。仕方ありません、この際……ヘラヘラ出来る程の実力があるのは認めます」


 苛立ち混じりに蒸気のきりを散らすルーゼンビフォアの槍、地下水道はイミナの水流と蒸気の熱により壁や床に塗れていたすすや汚れを洗い流し、汚水のかおりは消え失せ、清潔感せいけつかんすらただよって。



「私が知る貴方ではもう無いというのは、言葉にして認めましょうイミト・


 きり向こうにルーゼンビフォアが贈る声も、霧を動かし——隠している話し相手の姿を徐々にあらわにしていくのである。



 だが——、

「そりゃ、毎夜毎晩……暇潰ひまつぶしに体のアチコチを改造されてるからな……それで? それが解かった所でどうするつもりだ?」


 そんな悠長ゆうちょうに霧が晴れるのを待つのをはばかり、イミトも槍を振ってルーゼンビフォアの顔に小首をかしげた。日頃の愚痴ぐちを聞いてもらいながら、始まってしまった戦いを止める為の交渉の余地に、皮肉な笑みを浮かべた彼はたずねる。



 すると、ルーゼンビフォアは背後に居る二人の仲間とも呼べないような仲間の様子にわずかに振り返り、掛けている眼鏡メガネの位置を整えて。



「……いくつか方策が無いわけではありませんが、クレア・デュラニウスが近づいてきている現状——二人がそろった状態のあなた達が相手では無駄な足搔あがきにしかなりませんね」


「先ほどは少々と冷静さをきましたが、今回はアナタ方の戦力を把握はあくできた事を収穫しゅうかくとする事にします」


 閉じたまなこは理性のとびら、語る言葉は終戦の調しらべ。敗軍のしょうとしていさぎよく、撤退てったいを決意するルーゼンビフォア。傍らに槍を抱えつつ、神の采配さいはいを振るう。



「……そいつぁ、有難いね。正直にビビりましたからお帰りになりますわ、とか言ってくれたら尚の事、有り難いんだが」


 それを聞き、イミトは肩の力を抜いて槍をブラリと腕と共にぶら下げて。

 疲労の吐息を吐きながら、辟易へきえきと争いをうれいて倦怠感けんたいかんった首の骨を鳴らした。



「しかし次は今回のような傲慢ごうまんな振る舞いはさせません。覚えておきなさい」


 「はは、俺達が傲慢な振る舞いをしたって言うんだ?」



「——私たちが来るのを読んでいたアナタが、ここに一人で残っていた事そのものが、傲慢ごうまんであるあかしでしょう。クレア・デュラニウスの接近が策の内にあったとはいえ、間に合うかも分からない現状で私たちを容易たやすぎょせると……そう思った事がアナタの傲慢ごうまん



「ああ。違う違う、そうじゃないそうじゃない」



 けれども、そこから交わした会話に対し、イミトは笑わずには居られなかった。

 全くの見当違い——ルーゼンビフォアの人物評価はだと、論争の構え。

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