第47話 地下に潜む怪物。3/5


 心が壊れかけて動きが止まるイミナ。

 そんなイミナの穴を埋めるように、新たな攻撃がイミトへと迫っていた。


「——妹を相手に躊躇ちゅうちょはありませんか。これは期待外れですね‼」


 「そういう関係にしたのは、テメぇだろうが‼」


 まず槍を突き出したのはルーゼンビフォア。背後で魔力を爆発させているイミナを尻目に、イミトは振り返りルーゼンビフォアと交錯する。


 一瞬いっしゅんまばたきの内に、幾重幾度いくえいくたびも打ち合う槍と槍。


「戦場で慈悲じひを持たぬ事には同意する‼」


 次におそい来るは、槍では受け止め切れぬ程に重い一撃を放てるであろうバルドッサの岩石の剛腕ごうわん。咄嗟にルーゼンビフォアから距離を取り背後にイミトが飛び退くや、たった今まで居た床板が薄い飴細工あめざいくのようにくだけ、飛び散る。


「ちっ……名前を名乗ってから喋りやがれ‼」


 その中の小石に対し、首を動かして避けたイミトは舌打ちを鳴らし、悪態も早々、御挨拶のひまも無いと白い槍で心臓を貫かんとしたたかに狙うルーゼンビフォアに目を動かして。


 ——そこからの神と魔人の攻防は、更に息を吐かせぬ程に壮絶な物だった。



「上手く立ち回っていますが、そこまでの魔力を駆使した動き——そろそろ魔力が切れるのも時間の問題でしょう‼ アナタの仲間たちに与えられた屈辱、ここで晴らさせてもらいます‼」


「——確かに時間は切れてんな。だ、大事にしろよ‼」

「強がりを‼」


 あらゆる方向あらゆる時の経過で襲い来る熟達じゅくたつされたルーゼンビフォアの変幻自在の槍裁やりさばきや体捌たいさばきを、刮目かつもくした瞳孔で、反射としてとらえ、冷や汗を流すほおから一筋の血を噴き出す程度の軽傷に留めるには、相応の技量と肉体も必要である。



 だが、イミトは——、


「——……‼」


 それを成し得る程の力と持っていた。


 火花を散らすような激しい槍と槍、魔力と魔力のぶつかり合い——反射だけではなく、勘や考察、ルーゼンビフォアの行動の予測、或いは誘導。


 己が持つ全ての防衛本能を全霊に活かし、止めどないルーゼンビフォアの猛攻もうこうしのぎ切ったのである。



「私の槍術をさばき切った——⁉」


 女神であるルーゼンビフォアが驚愕きょうがくし、息を切らして攻撃を止めて距離を遠ざけるまでの短くも長い間、かすり傷を最小限に負いながらも己の命を守り切って。


 ——それでも代償は大きく、残りかすかな魔力の気配。


 戦いが始まった当初の溢れ出んばかりの威圧感は消え、イミト当人も疲労困憊ひろうこんぱいの様子でうつむいたまま息を切らして槍をつえの代わりに立ち尽くす。



 けれど——魔力による威圧感は消えたとて、彼の身体からにじみ出る強者の風格が消えた訳ではない。故に敵は彼を警戒し、攻めあぐねていた。



「……終わりだ。【千年負債サウザンド・デビット……百年利息ハンドレット・レート】」


 そして——槍を持たぬ左手でき上げられる白黒の髪。と、同時にうついていた顔が持ち上がり、正気や理性が消し飛んだかの如き、脳内物質があふれんばかりに瞳孔の開かれたままの双眸そうぼうあらわになる。


 口元に浮かんだ悪辣な笑みは、まさしく勝利を確信した物だったのだろう。



 ——しぼり出された魔力が解き放たれ、再びの壮大な威圧の再来。


「大量の——武器⁉ 馬鹿な‼」



 噴き出したイミトの魔力は天に昇り、それらは——これまで歴戦の猛者たちが使用していたような様々な形状の武器へと形を変えて、恨みつらみを吸い取って黒に染まって転生したかの如く現れ、地下水道に降り注ぐ。



 ——その瞬間、イミトの脳裏に彼女の声が響く。


 そして地下水道の通路から、禍々まがまがしくすさまじい勢いでイミトへと向かう黒い魔力も現れて。




『好きなだけ我の魔力を使うが良い。、貴様が我と共に歩むに足る傑物けつぶつであるという事を——‼』


「【デス・ゾーン‼】」



 空を舞う黒き武器——それが更に夜の闇の如き漆黒に染まる瞬間、世界は静寂を極める。ただ一つ、イミトの赤い光を帯び始めた双眸そうぼうだけが獲物を狩る獣が如く夜を駆けて。



「この圧力、密度——マズ——イ‼」


 そう言葉を発した直後、闇の中でバルドッサは動きを止めていた。

 否、止められている。


 いいやいないな——時を、感覚を、世界の何処かの誰かより多く——



「ま、美味くはないわな‼」


 降りしきっていた無数の武器も落下の動きを止め、デス・ゾーンの天井に積み重なって——そんな中、一つ——二つとイミトは手に取り、黒の時間に囚われたバルドッサの堅い岩の肉体に怒涛の勢いで打ち付け、彼の肉体の中心部へ目指して削り砕いていく。



「魔力核の位置を……的確に——ぐはぁ‼」


 そして多量の攻撃でえぐられたバルドッサの胸に現れた翡翠ひすい色の魔石に最後の一撃を盛大に大槌おおづちの一撃を決めた。しかし直前、黒の時間——デス・ゾーンの暗幕は苦境の中で振り絞ったのだろうバルドッサが放出した魔力に弾かれた上に、力を維持する為のイミトの魔力も切れ始めていて、その色合いを薄くし始めていた。


「——……浅いか。範囲五キロ……次の要求魔力到達まで数秒」


 時の流れる感覚が世界の流れと同じに戻り、後方に吹き飛ぶバルドッサ。倒れるまでとは行かず、握る大槌おおづちの感触に不満を漏らすイミト。


 心臓に等しい魔石にヒビが入るだけのなんとどまったバルドッサは、地に足を踏ん張らせ片膝を地に着けた。


 瞬間——再び地上に降り始めた魔力で創られた多様な武器の音の隙間すきまに、



「やらせるものか‼ 魔力を使今のアナタに数秒は長すぎる‼」


 白い光を全身にまとい、デス・ゾーンの闇を防ぐルーゼンビフォアの槍の矛先がイミトの背に向いた。


 しかしながら、想定内なのだろう。


 濃密膨大のうみつぼうだいな魔力を消費したと思われる漆黒のデス・ゾーンで、イミトの体内にあった魔力は地下水道の通路から流れ込んできたものを含めてもほとんどの気配を失い、危機的状況には違いない。


 それでも彼は、その刹那せつな——フラリとわらい——嘲笑あざわらう。



原理っと‼」


 最後の力を振り絞った様子で背後に振り返り、振り下ろす大槌おおづち。叩きつけた地には、幾重いくえにもかさなる武器の山。叩きつけられた数多あまたの武器は、その反動でちゅうを舞う。


「くっ、邪魔を——‼」


 眼前に浮き上がる武器は、自傷の壁、覚悟のいばら。ルーゼンビフォアが、自らが傷を負う事を覚悟していれば些細ささいな物である。


 しかしながら、イミトが見据みすえていた通り、彼女は傷を嫌い、足を止め、目の前の立ちはだかる武器を槍で払った。



「……伊達に無駄に武器を出したわけじゃねぇのさっ‼」


 そして払われた瞬間は槍の矛先は外に向く。有難い事にと、取り除いてくれた武器の壁の裏からイミトは大槌おおづちを振りかぶる。



「ならば——‼」


 その大槌おおづちを避けるべくルーゼンビフォアが後方に大きく飛び退いて。


 彼女の指が二本立つ。


「兄さんなんか、もう死んじゃえぇぇぇぇぇぇぇぇえ‼」


 それが何を意味するかを考えるひまもなく次に攻撃を仕掛けたのはイミナであった。明確に殺意を改めてとたぎらせて満を持して解き放たれる彼女の水の魔力。


 噴き出した濁流だくりゅうは、地を満遍まんべんなく津波の如くい流れ、落ちていたイミトの武器の数々を蹴散らしながらイミトへと迫る。



「ふぅ……【龍歩メデュラッサ】」


 しかし、すべからく地を埋め尽くすならば——逃げればいい。


 大槌おおづちを手放し、感じる疲労と汗に前髪を掻き上げて、イミトは後方に高々と跳ぶ。そして空中に見えない足場があるかの如く、更に二度、三度と地下水道の天井に近付いて行って。


「空に……逃げるなぁぁぁぁぁ‼」


 それでもイミナの水流は自在に形を変え、空へと跳んだイミトを追う。

 しかし、時はきたるのだ。再び地下水道の通路を通り、待ちかねていた黒い魔力がイミトへと流れる。



「魔力到達。回廊構築かいろうこうちく……流れは出来た」


 イミトと全く同質の魔力は、何の齟齬そごも無く一瞬でイミトの全身にみなぎり——再びイミトの魔力による威圧を復活させた。



 そしてイミトはその魔力を用い、空中に浮かぶ足下にを創る。



「私の魔力に……みたいに‼」


 押し寄せるイミナの魔力の波に板の裏をぶつけ、板に乗ったイミトは板の上での体重移動を巧みに行い、水流を利用しての移動を始めたのだ。



「お前のお兄ちゃんは、意外に器用でな」


 得意げに波に乗り、宙で波と踊るイミト。そんな遊びにきょうじ始めたような様相で地上へと近づくイミトは、視界の端で魔力の増大を感じるに至る。



「——っと、アレはヤバいな」


 刹那せつな——轟々ごうごうと燃え始めた赤い炎が太陽の如く、薄暗闇の地下水道に輝きを放つ。

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