第46話 塵に燃えゆく。3/5


 そしてその想い人の戦いの決着は——、



「おい……役立たず共よ。遺言ゆいごんがあれば今の内に聞いておくが」


 文字通り水を差された所まで時をさかのぼり語る事としよう。炎の魔力で創られたルーゼンビフォアの小さな太陽と相殺そうさいしたイミナ・バンシーの大量の水は蒸気じょうきとなり、爆風を産んで周囲をきりのように白へ染め上げて。


 武骨な骸骨がいこつ騎士の左腕にかかえられている美しきかぶとまとう頭部は、その事象をもたらした兎耳うさぎみみを骸骨騎士の右腕に掴ませて赤いひとみに殺意を光らせる。



「ち、違うんだピョン‼ なんか危ない状況みたいだったから、あっちの頭のおかしい女を利用して相殺そうさいさせようと気を利かせたんだピョン‼」



 蒸気じょうききりの中、本日の気まぐれな風向きで垣間かいま見え始める結果。爆発でも起きたかのような林の木の葉や小石が吹き飛び、更地さらちとなった爆心地の中心で、その尋問じんもんは繰り広げられている。



「ほう……貴様らの眼球がんきゅうには、この我が窮地きゅうちに立たされておったと、そう言うのだな」


 「ひぃ‼ 許して欲しいピョン‼ アッチのバンシーは聴いてた話より厄介な力を持ってて困ってたんだピョン‼ このカトレアって女の剣も意味ない感じだったピョン‼」


 カトレア・バーニディッシュと同じ顔で赤い目を光らせるデュラハンの頭部クレアに命乞いのちごいをするかの如くあせり散らして、ここまでの経緯けいいを言い訳がましく説明するうさぎの魔物ユカリ。



 クレアは、そのユカリの弁明を一考した。


「カトレア……その兎が貴様の剣が役立たずで仕方なく逃げ帰ってきたと申しておるが、貴様に異論は無いか?」


 そして一考の後、同じくユカリに向かってカトレアに話しかけるクレア。同じくルーゼンビフォアの太陽——否、クレアとルーゼンビフォアの戦いに文字通りの水を差した言い分をカトレアにも聞いておこうという腹づもりである。



 すると、現れたるカトレアの意志。


「なっ⁉ 馬鹿な‼ 私は勝てずとも時間を稼ぎながら戦おうとしましたが、ユカリが私の体を勝手に操り逃げてしまったのです‼ 私の剣は奴に劣ってなど居ない‼」



 クレアが他言語に翻訳ほんやくしたユカリの言葉に、あまりにも心外だとカトレアは憤慨ふんがいする。誇り高きツアレスト王国マリルデュアンジェ姫である己が、まさか勝てぬからと逃げ出すわけが無いと宣って、全ての原因は自身の体にりつくユカリの仕業しわざと声高らかに言い放つ。



 それを受け、未だ静かにクレアは一考する。



「ふむ……ユカリ。貴様……我よりもあの小娘の方が怖いと、そういう判断で動いたのだな」


 次にカトレアの言い分を聞き、彼女なりの解釈かいしゃくでクレアはユカリに事の真相を追求。



 ただ、その冷静な口振りの反面、クレアの操る骸骨騎士がまと禍々まがまがしい黒い魔力がふくれ上がった事から、それは最早もはや——断罪間近だんざいまぢか、死刑確定の異端審問いたんしんもんの様相なのであろう。



 故に、ユカリはあせる。ものすごく、あせる。


 「ち、違うんだピョン……く、クレア様なら何とかしてくれると思ったピョン。クレア様は優しいし、私も頼りにしてるから、はは……死んじゃったら役に立てなくなるし、許してくれる……ピョンよね?」


「……」


 掴まれていた兎耳が手放されると同時に、一歩後ろに飛び退き、びるように小首をかしげてあいらしく両手を合わせて許しをうと共に、上目遣いで慈悲じひ懇願こんがんするユカリ。



 しかしクレアは何も語らず、骸骨騎士の右腕に魔力を用いて黒い大剣を創り出す。



「ユカリ‼ 何を言ってるか分からぬが、私の身体でいやしい振る舞いをするな‼ 恥を知れ‼」


「黙れピョン‼ 命あっての物種ピョン‼ この人達には逆らわない方が良いピョンよ‼」


 そして己の身体——己が使わない女としての魅力みりょくを、あますことなく全力で使ういやしい振る舞いに背筋が凍る想いで怒り狂うカトレアの叱咤しったにも迫られ、半狂乱で錯乱さくらんし本音をユカリはブチけて。



「クレア様‼ 御座いますです‼」



 そこで空から霧を吹き飛ばし、慌ただしくデュエラが登場した事がユカリにとって救いとなったのであった。


 だが、尋常ならざる程に焦るデュエラの様子を見るに、起きた事態は並々ならぬもののよう。


「……今度は何だ。敵はまだ動いておらぬだろう」


 未だユカリの処刑に残心ざんしんしながら、デュエラが現れた方へと振り返るクレアは骸骨騎士の右肩に大剣をかつがせて、気配を探りつつも霧の中で何が起きているかを尋ねた。


 すると、デュエラは荒れた息を整えるべく、つばと息を飲み込み、深い深呼吸をしながらクレアに救いを求めるような目を向ける。



「——外ににしていた調が先程の爆風で——馬車も倒れてしまってるので御座いますよ‼」


「「「……」」」


 その緊急事態は、一見すると何の事では無い間の抜けたものであるかもしれない。

 しかしながら、その調理器具と食材に並々ならぬ想いを向ける者に——心当たりがあれば状況も変わってくるのだろう。



「いいいい、イミト様に怒られてしまうかもしれないのでで、でです……‼」


 罪悪感と焦燥しょうそう感に詰め寄られ、言葉をふるわせるデュエラ。顔を右往左往に動かし、事の解決を急がねばと心落ち着かぬ様相が如実にょじつで。



 そのあわてぶりを見て逆に気が抜けて冷静になり、クレアは頭をかかえる思いで息を吐いた。


「……奴には我が事情を話す故、そう怯えるでない。別に——……いや、怒ったとてデュエラに非ある訳では無いから気にするな、安心せよ」


 だが、何とか慌てるデュエラを落ち着かせようと言葉を掛けるも、脳裏に浮かぶ人物像が若干じゃっかんと言葉をにごさせ、らがせる。


 間違いなく彼女にも、その調理器具や食材の惨状を見て静かに怒る男の背が思い浮かんだ事は明白で。



「そ、そうで御座いますが……イミト様は道具を、とても大事になさっているので……」



 一旦、落ち着いて状況を考えようとする一行。


 そんな折——


『この‼』


 「きゃあ‼」


 霧の向こうから女の罵声ばせいと少女の悲鳴が届く。


「「「「——……」」」」


 そういえば、戦いはまだ終わっていない。張りつめた緊張感、一行は取りえず起きてしまった惨事についてはかたわらに置き、二つの声がした方にそれぞれの顔を向ける。



 ——霧は、もうすぐ晴れつつあった。

 そして見えてきたのは、ほおに手を当てて泣き崩れたように座り込んだ血だらけの少女イミナと、イミナを殴ったのだろう眼鏡の女ルーゼンビフォアの姿。



「せっかく、この私自らが力を与えたというのに邪魔ばかりして‼ 私が現れなければ売春宿で男に腰を振るしか能が無かったくせに、またあの頃に戻りたいのですか、この恩知らず‼」



「い、いや……ごめんなさい、ゴメンナサイ‼」



 ルーゼンビフォアは戦いの邪魔をされて、ヒステリックを起こした様子でイミナの黒い髪を乱暴に掴み、謝罪するイミナに罵声ばせいびせ続けている。



 その様を見て、静まり返る一行。



「——いかっても、あのようなおろかな振る舞いはイミトはせぬ。敵とはいえ、気分が悪いものだな」


 骸骨騎士の肩から大剣を降ろさせて、静かな声を放つクレア。


「ええ……少し同情してしまいます」


「……言葉が分からないけど、やっぱりルーゼンビフォア・アルマーレンは、ああいう奴だったピョンね。アイツが私を兎にと思うとムカつくピョン」



 それに並び立つカトレアと、嫌悪を示すユカリ。

 目の前で行われた光景に、恐らくが抱いた想いは同じだったのだろう。

 反吐が出るような蛮行ばんこう、理不尽な八つ当たり。



 憤慨ふんがい嫌悪けんお、それらの腹立たしさをかかえ、静かに佇み、勝つ覚悟を決めている。



 ただ——、

「……——」



「分かったら、あの連中の一人でも倒して私の役に立ちなさい‼ この‼」


 ルーゼンビフォアの怒りにゆがんだ顔を金色のひとみおさめる純粋無垢な少女は、霧を吹き飛ばす突風が吹いても尚、その呪われたまなこを閉じず、一歩前へと歩み出て。


「……すみませんなのです、クレア様」

「?」



 呟かれた謝罪が、何に対しての物か、伝えられたクレアが理解するよりも早く——、




は——……、なのです‼」


 飛び出した少女、デュエラ。言い放った感情の全てが——その【】に激烈に宿った。



「——なっ⁉ 速——うぶっ⁉」


 その速度は、きっと——ルーゼンビフォアの瞳孔どうこうが開くよりも、速かったに違いない。

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