第46話 塵に燃えゆく。4/5


 デュエラのこぶしによって顔面を殴られ、一瞬で吹き飛ばされるルーゼンビフォア。その勢いは凄まじく、地面を二度ほど転がって倒れ込むほどであった。



「このっ——蛇娘へびむすめ——‼」


 唐突な状況の変化、一応は仲間であるルーゼンビフォアが殴り飛ばされ、静まり返った世界で動き出したのは屈強そうな体をしている岩のような宗教家バルドッサである。


 只でさえ太い両腕をかかげ、岩のかたまりのように変化させる半人半魔の一撃は、拳を全力で振り抜いたデュエラへと今にも襲い掛かろうとしていた。



 だが——、一瞬にして切り裂かれる空気。


 まるで斬撃が飛んできたかのような事象、それはデュエラとバルドッサの交錯の未来を地面ごと斬り裂き、バルドッサに警告を与えるもの。



 動きを止め、その斬撃が飛んできた方向に顔半分が岩になっている表情を向けるバルドッサ。



「……面白い余興よきょうぞ。邪魔するでない」


 この場の敵に剣を使う者は二人居るが、繊細さの欠片も無い豪傑の一撃を放てる者は一人しか居ない。バルドッサはほおから一個の石欠片いしかけらを落とし、黒い大剣の振った骸骨騎士の眼底に光る二つの赤くたぎる光と、その不吉な騎士の左腕に抱えられる鎧兜から漏れる殺気を見る。


 ——そこには鎧兜越しではわからぬ表情が、確実に笑っていると思える程の確信めいた気配があった。


 しかし、それを尻目に次に動いたのは情動に駆られルーゼンビフォアを殴り飛ばしたデュエラである。



「お役に立とうとに一生懸命に戦って、目玉や体中から血を流して必死なこの方を、オマエサマはクズだと言って——なのですか‼」


 彼女は、殴られた頬を手で押さえながら外れた眼鏡片手に起き上がろうとするルーゼンビフォアに気付き、近くのバルドッサを無視して自身の中に燃え上がる怒りの解消に向かう。



「イミト様に全ての作戦を見透かされて、ワタクシサマたちに勝てもしない強さの仲間を連れてきて戦わせて、油断も油断して何を偉そうにしてるのですます‼」



「この無能‼ 雑魚‼ バーカ、バーカなのですよ‼」


 まるで子供の喧嘩のように、慣れぬ罵詈雑言ばりぞうごんをルーゼンビフォアに浴びせて指を差すデュエラ。


 その純粋な真っ直ぐな瞳に映る透き通った怒りは、最後の霧を吹き飛ばす風すらも呼んだ気さえする。



「——……でゅ、デュエラ殿が……」


「ええ……あの娘、あんなに強いピョンか……こわ」


 それに対する反応は様々であった。しかし大多数が、デュエラの罵倒ばとうや強さに唖然あぜんとしている事は共通していて。



「くふふ、これは愉快よな。もう少し悪口と云うものを教えてやらねばならんが」


 唯一、デュエラを過小評価していないクレアだけが興が乗ってな様相なのである。



も‼ 言われたい放題では良くないのですよ‼」


 そしてルーゼンビフォアに言いたい事を言い終わったデュエラは、まだ余りある激情の矛先を未だ殴られたまま座り込んでいるへと向けた。



「——⁉」


 ビクリと、その矛先の巨声に驚き、耳をふさぐ反射動作で身をちぢめるイミナである。



「ハハサマも言っていたのです‼ 世の中には悪い人も居るから気を付けてと‼」


「それに、イミト様を殺そうとするのは駄目なのです‼ 家族なのですよね、だったら仲良くした方が良いのですよ‼」


 それを尻目に腕を交差させてバツ印を作ったり、身振り手振りを敵意なく振り回しながら、デュエラは彼女が彼女なりに考える道理を説法し始めて。



 ——その論理や倫理に、彼女がを知らぬまま。


「……イミト……家族……」


 ピタリと止まる——震えていたイミナの手。


「あ……マズいピョン」


 イミナと戦っていた、だけが知っている。

 経験させられたばかりの事象。



「そうなのです。イミト様やカトレア様に、ちゃんとゴメンナサイをして仲直りするのですよ。御二方様とも、お優しいので許してくれるのです」



「イミト……家族…………‼」


 瞼を閉じて、腕を組み、説教を続けるデュエラ。その時イミナは、抑えられぬ衝動に駆られるままに落ちていた刀の柄に手を伸ばす。



「デュエラ殿‼」


 デュエラに近付く発狂、咄嗟に危機を叫ぶカトレア。

 しかし——その叫びはであったと言って



「ほへ……? どうしましたか?」


 イミナの縦一刀たていっとうの凶刃を見もせずにサラリと半身だけ動かしてかわし、何をそんなに声を荒げるのかと不思議そうに小首をかしげるほうづら



「「「「……⁉」」」」

 あまりにもアッサリと、無意識と反射で危機をかわす事に慣れ切った動き。



 クレア以外の面々を、唖然とさせるデュエラである。



「このっ……このっ‼」


 そしてその不発の一刀で怒りが収まらないイミナの手首をひねった斬り返しも見切るまでも無く容易たやすけて、まるでイミナの刀が棒切れを振り回しているだけのような無様ぶざまに見える。



「あ、危ないのですよ‼ ワタクシサマ、何か怒らせるような事を言ったで御座いますか⁉」


 だが流石のデュエラも、二度三度と連続して刀を振り回されれば事故とは思わず、自身に向けられているイミナの怒りに気付き、刃を軽々と避けつつ戸惑いを口にして。



 そして凶刃きょうじんから少し間合いを取り、話し合おうと背後に飛び退いた矢先、



すきあり‼」


 クレアに威圧されて、ここまで静観を保たされていたバルドッサが動き出し、デュエラの背後から岩石の如く両手を組んでその場の地面に突き刺した。


 だが——それも、無意味と言って等しいのかもしれない。



「——……隙など無いのです‼」


 着地の瞬間を狙ったのだろうバルドッサの動きに対し、着地する前に彼女が得意とする空中に足場を作る魔法【】によって想定より早く着地した彼女は態勢を低くし、上下の助走運動で再びななめに跳びつつ、


 地面を伝って岩をあやつり伸ばすバルドッサの攻撃を紙一重かみひとえかわした後に体をひねって横に回転し、勢いそのままかかとで岩を蹴り砕く。



「きゃああ‼」


 その結果——、砕けた岩の破片の一部がデュエラに諦め悪く襲い掛かろうとするイミナにぶつかり、追撃はふせがれて。


「あっ‼ イモウトサマ‼ 大丈夫なのですか⁉ オナカマサマは地面から攻撃をしてくるのですよ⁉ 近づいては危ないのです‼」


 されど意図せぬ結果に慌てふためくデュエラ。そんなつもりでは無かったと、無意識に行っているのだろう自己防衛に罪悪感を覚えつつ、イミナの負傷を気遣い、心配そうな顔色。



「……もしかして、あの娘が一番、怒らしたらいけないだピョンか」


「なんとなく……気持ちは伝わるぞ。ユカリ」


 その無自覚の脅威が、互いの言語が解からぬはずの二人を同じ想いにさせている。



 ——彼女は未だ、その底知れぬ強さを引き出されてはいないのだから。


「——いつまでほうけておる。奴が強いのは、今に始まった事では無いわ」


「来るぞ」


 しかしながら、それを語るには些か、現状の敵は

 それでも唯一、彼女の本気を引き出せそうな相手の気配の再来に、クレアが唖然としたままの二人の気を引き締めさせる言葉を放った。



 クレア自身もまた——黒い魔力の威圧を強め、来るであろう激情にそなえる構え。



「——……けがれたが……よくもこの私を殴って……」


 ルーゼンビフォア・アルマーレン。




 かつて天上の世界にて、秩序ちつじょの神の一柱をになっていた女神は——今まさにその威光と怒りを世界にさらそうとしている。


 噴き上がるとも呼ぶべき気配を解き放ち、外れていた眼鏡を胸にしまって神の槍を浮き上がらせて、怒りを満面に、その表情に表す。

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