第42話 その特別な一日の始まりに。5/6


 そんな遠くわかたれて行動する仲間たちに生まれている事を知らず、イミト達の料理は、つつがなく進行していた。


 にわかに熱気をびてきた料理場、厨房の片隅でイミトは細切りにしたジャガイモを豪勢に掴み、メイド達に向けて講釈こうしゃくを垂れ始めているのである。



「こうやって軽く下味をつけた細切りのジャガイモを、油を塗って温めたフライパンに敷き詰めて焼き始めます。少し抑えつけて軽く潰しながら焼くと後で崩れにくくなりますよ」


 フライパンの焼き面を埋め尽くす程に薄く細切りジャガイモで黄色おうしょくに染め上げると、薄く湧き立つオリーブオイルの香りがチリチリとジャガイモを揚げる微々たる音と共に立ち昇り始めて。


「そして、その上から他の具材——軽くでてから水にさらして灰汁あくを抜き、よく水気をしぼってから小切りにしたホウレン草を重ねて、その上に更に削ったチーズをお好みの量」


「最後にふたをするイメージで残していたジャガイモを丁寧に敷き詰めていく。じっくりと片面を焼いてから、ひっくり返して同じように両面に火を通していきます」


 説明と共に手際よく進められる作業に迷いはなく、緑の葉を散りばめられたフライパンは再び黄色に染め上げられ、一段落作業が終わる。


 ジャガイモに含まれていた水分やホウレン草に残った水分が蒸発していく音を意にも介さず、着々とガレットの完成を待ち始めるイミト。



「ジャガイモを洗わないのは何故なのですか?」


 そのすきに、そんな疑問をぶつけたのはマリルティアンジュ姫のメイドの一人だった。彼女もまた、カトレア同様に常識外れの行動を取ったイミトに、不信を抱いていたのである。


 けれど——

「それはジャガイモが本来持っている……接着しようとする性質を活かした料理だからですよ。水で洗ってしまうとジャガイモの断面に滲み出ていたその性質を持つ要素が水に流されてしまいます」


「すると焼いても簡単に崩れてしまったり、残った水気で油が撥ねたりしてしまい、細切りジャガイモが渇くのを待ってしまうと色が変色したりしてしまいますから」


 聞きかじった知識だけのデュエラとは違い、明確に理論として知識を経験としてたくわえているイミトは、つらつらと微笑ましくガレットに目線を落としたままに疑問の答えを返せるのであって。


 その様は威風堂々いふうどうどう——


「なるほど……確かに」


 有無を言わさずに後腐れなく、メイドの指摘をねじ伏せる。

 すると次は別のもう一人のメイドから疑問が飛んだ。



「しかしになるホウレン草を入れて味がおかしくなったりはしないのですか? 昔、口にしたことがありますが食べ物として認識できないのですが」


 ——次の挑戦者はお前か。イミトは、そう思った事だろう。



「キチンと灰汁あくを抜いたので、そのままで食べるホウレン草とは少し味が変わっていると思います。余ったものをベーコンといためるつもりなので、それも食べてみますか?」


 それに対する回答は、まるで種も仕掛けも明かす手品師が、自身の奇術を同業他社にほこるように、著作権を手放すような口振りで。


「……はい。是非」


 「では——早速」


 こうして彼はいぶかしげなメイドの為にか、ガレットが完成に至るまでの間に、もう一品ひとしなの作る事になったのであった。


 ——。


 そして——やがて至るは、大一番。


「で、では……ひっくり返すのですよ……」


 「——……」


「肩の力を抜いて気を付けてくださいね、デュエラ殿。何となく嫌な予感がします」


 頭部しかないクレアがしらけた眼差しを向ける焚火が燃える方向にて、先程まで関係であったはずの二人が緊張を張り詰めさせて、火にあおられるフライパンを見つめている。



「行くのです……ゴクリ」


 息を飲むデュエラ。焚火はゆらゆらと揺れて、フライパンの絵を持つ手は僅かに震えていて。


 フライ返しの銀色ターナーを持つ手が徐々に、徐々にと慎重に、慎重を期してフライパンと細切りジャガイモのガレットの間にスルリ、スルリと——入り込んでいく。


 焚火は揺れていて、手に汗握る大一番。

 隣のカトレアも不安そうに、怯えながら息を飲んで、飲み干して。

 焚火は——



 空気を読まず、——


「ええい‼ さっさとせぬか‼ 焦げるであろうが‼」


 「「ああ‼」」


 そうしている内に、短気なクレアがしびれを切らし、フライパンのはしからはしまで行き届きつつあったターナーよりも先んじて髪を伸ばし、魔力で創られた黒いターナーが、ガレットをフライパンから引き離して器用に何もかもを引っ繰り返す。



 彼女らの驚きは、如何いかほどの物であったろうか。


「……愚か者どもが。いつまでも遊び回りおって」


 時間を無駄にし、機をもいっしてしまいそうな程に力の入ってしまっていた二人に憤慨し、イライラを吐き捨てたクレアに、ただ唖然あぜんとした眼差しが向けられる。


「——……お見事です」


 強いて言うなれば、カトレアは大人な対応をしたのだろう。唖然として硬直してしまった意識からハッと我に返り、呆然と戸惑いつつも拍手を贈る。


 一方、純粋無垢じゅんすいむくな彼女はと言えば、


「うー……ワタクシサマもひっくり返してみたかったのですよ、クレア様ぁ」


 怒りというよりは失望をあらわにフライパンを手に持つ位置を変えぬまま、膝を曲げてかがむ姿勢、そこから小さく首をもたげてクレアに恨めしそうな視線を顔布越しに送った。



「次の機会もある。奴が帰ってきたら、もう一度作らせる故、その時まで我慢せい」


 そんな嘆きの声色に、クレアは素っ気なく言葉を突き返し、彼女なりにデュエラをなだめるような言葉も並べた。



「はいなのです……あ、でも、ちゃんと出来てきたので御座いますね‼」


 若干じゃっかん哀愁あいしゅうびながらクレアの言葉を飲み込んだデュエラ。されど火が通り、黄金こがね色の揚げ焼き色が付いたジャガイモのガレットの平べったい表面を見れば、気分一新と心を持ち直す。



「そろそろサラダの用意もしましょうデュエラ殿。イミト殿が茹でて保存食にしている鶏肉は身を解し終わりましたし、葉物の野菜を軽く湯通しする為の湯も沸いて居ます」


 更に落ち込んだデュエラを励ますべく、彼女に次の作業を進めるカトレアの言も相まって、



「そうなのです‼ ワタクシサマ、このキャベツの湯通しサラダは大好きなのですよ‼」


 彼女は、いつもの彼女らしい満面の元気を取り戻し、焚火に当てているフライパンを鉄製の棒が三本ほど交錯する支柱に置き、カトレアが持ってきたざるに積みあがっている薄黄緑うすきみどりの細切りキャベツを受け取った。


「イミトのと比べれば、随分と雑な千切りではあるがな」


 「うみゅー……次はイミト様に包丁の使い方もお勉強させてもらいます、ですよ」


「私も、精進しようと思います」


 それは決して千切りでは無いキャベツ。つたない技術が産み出した細切りはまばらで。不格好。



「ふん……好きにせよ。ほれ、さっさとオリーブオイルでドレッシングも作らぬか。ガレットが焦げてしまうぞ」


 口角が上がるクレアの不敵。



 その時であった。


「まったく……阿呆どもばかりで——」


 クレアの呆れを遮るが如く、黒い魔力で創られた作業台の傍らに置いてあった薄い長方形の虹色の石の塊が、突如として震えだし、その色を赤に染め上げていく。



「魔通石が——‼」

 ——

 この世界において、旅の道中にも襲い掛かってくる魔物から採取できる魔石に特殊な加工をほどこした物体が、彼女らに状況の変化を伝える。


「イミト様からのなのですか⁉」


 「——……いや、イミトでは無いな」


 慌ただしく高まる周囲の緊張感。クレア・デュラニウスは急かすようなデュエラやカトレアの視線の中で白黒しろくろかみを手のように伸ばし操って、その魔通石を神妙しんみょうな顔色で持ち上げる。


 ——。

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