第42話 その特別な一日の始まりに。5/6
そんな遠く
にわかに熱気を
「こうやって軽く下味をつけた細切りのジャガイモを、油を塗って温めたフライパンに敷き詰めて焼き始めます。少し抑えつけて軽く潰しながら焼くと後で崩れにくくなりますよ」
フライパンの焼き面を埋め尽くす程に薄く細切りジャガイモで
「そして、その上から他の具材——軽く
「最後に
説明と共に手際よく進められる作業に迷いはなく、緑の葉を散りばめられたフライパンは再び黄色に染め上げられ、一段落作業が終わる。
ジャガイモに含まれていた水分やホウレン草に残った水分が蒸発していく音を意にも介さず、着々とガレットの完成を待ち始めるイミト。
「ジャガイモを洗わないのは何故なのですか?」
その
けれど——
「それはジャガイモが本来持っているデンプン質……接着しようとする性質を活かした料理だからですよ。水で洗ってしまうとジャガイモの断面に滲み出ていたその性質を持つ要素が水に流されてしまいます」
「すると焼いても簡単に崩れてしまったり、残った水気で油が撥ねたりしてしまい、細切りジャガイモが渇くのを待ってしまうと色が変色したりしてしまいますから」
聞きかじった知識だけのデュエラとは違い、明確に理論として知識を経験として
その様は
「なるほど……確かに」
有無を言わさずに後腐れなく、メイドの指摘をねじ伏せる。
すると次は別のもう一人のメイドから疑問が飛んだ。
「しかし魔法薬の原料になるホウレン草を入れて味がおかしくなったりはしないのですか? 昔、口にしたことがありますが食べ物として認識できないのですが」
——次の挑戦者はお前か。イミトは、そう思った事だろう。
「キチンと
それに対する回答は、まるで種も仕掛けも明かす手品師が、自身の奇術を同業他社に
「……はい。是非」
「では——早速」
こうして彼は
——。
そして——やがて至るは、大一番。
「で、では……ひっくり返すのですよ……」
「——……」
「肩の力を抜いて気を付けてくださいね、デュエラ殿。何となく嫌な予感がします」
頭部しかないクレアが
「行くのです……ゴクリ」
息を飲むデュエラ。焚火はゆらゆらと揺れて、フライパンの絵を持つ手は僅かに震えていて。
フライ返しの銀色ターナーを持つ手が徐々に、徐々にと慎重に、慎重を期してフライパンと細切りジャガイモのガレットの間にスルリ、スルリと——入り込んでいく。
焚火はゆらゆら揺れていて、手に汗握る大一番。
隣のカトレアも不安そうに、怯えながら息を飲んで、飲み干して。
焚火はゆらゆら——
空気を読まず、ゆらゆら——ゆら、
「ええい‼ さっさとせぬか‼ 焦げるであろうが‼」
「「ああ‼」」
そうしている内に、短気なクレアが
彼女らの驚きは、
「……愚か者どもが。いつまでも遊び回りおって」
時間を無駄にし、機をも
「——……お見事です」
強いて言うなれば、カトレアは大人な対応をしたのだろう。唖然として硬直してしまった意識からハッと我に返り、呆然と戸惑いつつも拍手を贈る。
一方、
「うー……ワタクシサマもひっくり返してみたかったのですよ、クレア様ぁ」
怒りというよりは失望を
「次の機会もある。奴が帰ってきたら、もう一度作らせる故、その時まで我慢せい」
そんな嘆きの声色に、クレアは素っ気なく言葉を突き返し、彼女なりにデュエラをなだめるような言葉も並べた。
「はいなのです……あ、でも、ちゃんと出来てきたので御座いますね‼」
「そろそろサラダの用意もしましょうデュエラ殿。イミト殿が茹でて保存食にしている鶏肉は身を解し終わりましたし、葉物の野菜を軽く湯通しする為の湯も沸いて居ます」
更に落ち込んだデュエラを励ますべく、彼女に次の作業を進めるカトレアの言も相まって、
「そうなのです‼ ワタクシサマ、このキャベツの湯通しサラダは大好きなのですよ‼」
彼女は、いつもの彼女らしい満面の元気を取り戻し、焚火に当てているフライパンを鉄製の棒が三本ほど交錯する支柱に置き、カトレアが持ってきた
「イミトのと比べれば、随分と雑な千切りではあるがな」
「うみゅー……次はイミト様に包丁の使い方もお勉強させてもらいます、ですよ」
「私も、精進しようと思います」
それは決して千切りでは無いキャベツ。
「ふん……好きにせよ。ほれ、さっさとオリーブオイルでドレッシングも作らぬか。ガレットが焦げてしまうぞ」
口角が上がるクレアの不敵。
その時であった。
「まったく……阿呆どもばかりで——」
クレアの呆れを遮るが如く、黒い魔力で創られた作業台の傍らに置いてあった薄い長方形の虹色の石の塊が、突如として震えだし、その色を赤に染め上げていく。
「魔通石が——‼」
——魔通石。
この世界において、旅の道中にも襲い掛かってくる魔物から採取できる魔石に特殊な加工を
「イミト様からの連絡なのですか⁉」
「——……いや、この色はイミトでは無いな」
慌ただしく高まる周囲の緊張感。クレア・デュラニウスは急かすようなデュエラやカトレアの視線の中で
——。
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