第42話 その特別な一日の始まりに。4/6


 一方、ガレットの調理を続け、ジャガイモの皮剥きを終えたクレア達一行。

 平穏だったはずの日が降り注ぐ林の休息地にて、何故だか彼女の怒声が響き渡る。



「貴様ら‼ さっきから見ておれば、不器用にも程があろうが‼」


 刮目かつもくしたクレアの怒気が、もたもたと醜態しゅうたいさらす他二名に対しびせられ、八つ当たりのようにジャガイモに向けられる。


「ひゃあああ‼ 一瞬でジャガイモ様が綺麗に細切りにされたので御座います‼」


 「——……お見事」


 数千本の髪の毛が鋭利な刃のような糸に変わり、変幻自在に波打ってジャガイモを切り刻む。

 その光景はまさにの二文字と言って過言でなく、


 そして——、


ほそ切りと言っておるのにや動かぬように抑えるだけの手でしまっておる連中に褒められたとて何が嬉しかろうか……まったく」


 デュエラやカトレアに加工されたジャガイモはの二文字と言う他ない。より細く、斬られた事すらもジャガイモ自身がまだ認識できていない程にきらびやかに光る細切りのさまを見れば、カトレア達の作業後は、まさしくのようであった。


「面目ない……どうにも慣れておらず……」


 その歴然たる差に、申し開きの言葉もにごすカトレアは、うつむき気味に苦笑いで自嘲じちょうを漏らすしか出来ないのである。


 デュエラもまた同様ではあったが、


「で、でも、ここからは包丁を使わないので、もうクレア様のお手をわずらわせることは無いので御座います‼ ふんす‼」


 それでも彼女は持ち前の前向きさと純粋さで、自身をふるい立たせ黒い顔布を鼻息荒く揺らめかせて立ち直り、クレアが細切りにしたジャガイモのたばを集め、ざるに乗せる作業に移って。


「……どうだか。そもそも我に手など無いわ。それで、次は何をするのだ」


 「えっと、油を注いだフライパンを温めて細切りしたジャガイモを焼いていくのですが……あ、チーズもけずっておくのですよ‼」


 工程を知らぬクレアらにかされつつ、黒い厨房に用意していた道具に視線を送りながら自らが行うべき事、教えられた事を思い出している様子を魅せた。



 そうして、カトレアもそんなデュエラに引きずられるように心を持ち直し、


「……焚火も用意できていますし、えっと——では私は細切りにされたジャガイモを洗っておきますね。それくらいなら知識としてあります」


 チラリと背後で燃えているまきの様子を確認しつつ作業に戻ろうと、気を利かせてデュエラが持っている細切りジャガイモのの束を受け取ろうとした。


 だが——、

「あ、駄目なのです‼ 細切りにしたジャガイモはと何度も言われているので御座いますよ‼」



 ジャガイモのガレットにおいてなのである。反射的にカトレアから細切りジャガイモのたばを遠ざけるデュエラ。彼女はそれを、彼から口酸くちすっぱく聞かされていたのであった。


「え……しかし、野菜などは洗うのが基本だと昔、聞いた事が……なんだかヌメヌメしていますし……」


 自身の胸のすみに置いていた常識とデュエラの拒絶に戸惑うカトレア。先程まで触っていたジャガイモの状態も相まって、心の底からカトレアは疑問を超えにする。


「イミト様は、確かガレットに必要な成分まで水で流されて無くなってしまうからと言っておりましたのです」


 知識足らずから細切りジャガイモを守るように、ざるに乗ったジャガイモを抱きかかえるデュエラは、それでも突然の無礼をびるような申し訳なさそうな声で言葉を並べていく。


「察するに、そのヌメリが重要になってくるのではないか?」


 「なる……ほど。そういう事なら」


 そして意図せぬ亀裂きれつが入りそうな二人に言葉でクレアが割って入り、彼女の推測によってカトレアも渋々と納得の様相で手を引いた。


「それで、綺麗に洗ったフライパンに油を少し多めに塗って、塩とコショウで味を付けた細切りジャガイモを敷くように並べていくらしいのですよ。カトレア様は、このままジャガイモに小麦粉を少し振りかけて味を付けてから軽く混ぜておいて欲しいのです」


「了解しました。小麦粉、塩と……コショウとはコレですか?」


 そこからは僅かにぎこちなく、お互いに気を遣い合っているような距離感でデュエラはざるを手渡し、カトレアはデュエラの指示にうなずいて、自身が取り扱う材料たちを確認するに至って。



「うむ。高級品という話だ、刺激的な辛味のある調味料だ。そこのり鉢で潰して粉にして使うが良い」


 刹那——カトレア・バーニディッシュの監視役にと、デュエラがクレアに密かな眼差しを送ったのは秘密の話。


 ——。

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