第40話 春の下、虫二匹。2/5
狂い咲いたような春の桜が
月の威光が天の窓から降り注ぎ、男は手を組んで
「——神への
床に
そんな彼の祈りを
すると、真摯な背教者は語るのだ。
「——祈りとは、神に何かを
教義教典には
きっと不快極まりなかったに違いない。
「……あの男が来ているようですね。どうです? 会ったのでしょう?」
大言壮語も甚だしく、遥か高みからモノを言うレザリクスにルーゼンビフォアの自尊心は酷く
「なかなか厄介そうな男だった。何か策を
「どうせ小賢しい事しか出来ませんよ、アレは軟弱な世界で甘やかされて飼い殺されてきた奴隷のような男……アレ自体は恐れるに足らない」
自身が
眼鏡の裏色に映るのは、彼女がこの異界に堕とされるキッカケとなったと言っても過言では無い一人の男への復讐心で燃えていて。
「それに、こちらの作戦は既に終了している。アナタの望み通り、和平は崩れ……アルバランとツアレストは長く続く戦争の時代に至る」
そして愚かな人間どもの世界など、どうなろうと知った事かと盤面の駒を蹴散らすが如く彼女は未来の展望を語った。
神の——、力ある者の——傲慢。
この世界を管理する神ミリスの予測において、敗北すると言わしめる原因が、今の彼女には如実に見て取れる。
故に、共謀者であるレザリクス・バーティガルもそれは不安視したのであろう。
「……油断はせぬ事だ。貴殿が何者で何を目的としているのか私は知らぬが、貴殿は
「……ふん。生意気な事です、誰にものを言っているのか」
しかし、そんなレザリクスの忠告もなんのその。天窓より注ぐ月光の陰、柱に寄り掛かるかつての女神は僅かに
それでもレザリクスは彼女に言葉を続けた。
「
「私は神を信じることを止めたが、人を信じる事までも止めたつもりは無い」
——確かな危機が、そこにあったのだ。
「それに——貴殿は、あの男が奴隷だという。しかし私の目には触れた者の全てを腐らせる悪魔のように見えたものだが」
今宵の夜会の隙間に出会った敵が、明確な悪意が——悲願の断絶、圧倒的な敗北を予感させて。
「仮に貴殿の言うような男だとして——少なくとも、既に鎖が解き放たれた牙を持つ獣であるかもしれんぞ」
「——まぁどちらでも構いませんよ。アレの相手をするのはアナタ方。私たちは私たちの仕事を果たすだけです」
そんな意味深長なレザリクスに対し、懐疑的な視線を送りつつ、呆れの吐息を吐くルーゼンビフォア。もたれ掛かっていた柱から体を起こし、それと共に何処ぞから飛び立った一匹の蝶を目で追いかける。
そして——、
「ねぇ……イミナさん」
「——……はい。ルーゼンビフォア様」
ルーゼンビフォアの傍らに気配なく
飛び立つ蝶は一閃と体を二つに切り裂かれ、鱗粉を散らして堕ちていく。
——そこに意味など無いのだろう。
「決行時刻は明日の朝、和平調印式が始まる正午の前にコチラは動き始めます、構いませんね?」
蝶の
「ソチラの話はソチラで決めればよい。だが、私の部下を一人貸している……失敗は許されんぞ」
盟約、同盟、共闘。それらに
「しようもない……それに、アナタの許しに何の意味があるのやら……——」
ルーゼンビフォアの足下に光り始めた魔法陣。レザリクスに吐いた捨て台詞と共に、彼女は仮面の少女と光の粒へと回帰する。天窓から降り注ぐ月光は消えゆく共謀者を追わず、未だレザリクス・バーティガルにのみ焦点を当てているようであった。
そしてレザリクスもまた光の粒が飛散する方向に横目を流して、言葉を一つ。
「——……
「こちらの作戦が既に終了しているという事は、もはや作戦を変える事は出来ぬと言って等しい」
或いは彼も、人の世の道理であれば神よりも知る人物なのかもしれない。
「アーティー。居るか」
「……は。ここに」
振り向かぬままに同志に呼び掛けると、石畳の隙間から溢れる粘り気のある液体は素早く人の形に変わり、再び陰謀の調べを
「明日は細心の注意を払い、事に当たれ。くれぐれも悟られることが無いようにな」
「——……心得ております」
「貴様らの悲願が
「……はい。邪魔をする者があれば、アナタとて殺します」
「ふふ、構わんよ。好きにするがいい」
端的な言葉を交わしたその後に、アーティー・ブランドは再び液体へと変化を始め。石畳の隙間に染み込んでいく。
「——……さて、私は祈りを続けるとしよう。愚か者のように無意味無意義に捧げよう」
残された老体は優しげに、己を
——。
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