第38話 暴かれる正体。4/4


 そして声をそろえた後、静やかにまぶたを閉じた二人の王。


 その深い過去を回想するようなまばたきの後、先の未来を見据える双眸そうぼうを見開いたのは今回の和平調印式前夜——策謀の宴の主催ツアレストの王である。



「忘れようもない。あのデュラハンが先の魔界大乱において共に戦いし戦友、リオネル聖教最高司祭レザリクス・バーティガルと接触したらしいという報告も受けておる。その物質を創り出す力、そして兜は紛れもなくクレア・デュラニウスの物と見受けるが、如何だイミトとやら」


 王の御言葉に、ざわめく場内。王の一声でイミトの発言の信憑性が一気に増し、そして王が片手を挙げる仕草で号令を掛けると即座に会場は静まり返って。



「——恐れながら、これはクレア・デュラニウスからたまわった代物です。独り立ちの証として彼女の魔力を基に私に合わせて作って頂いた。物質創生も彼女に仕込まれた物」


 イミトは——これが王か、と思いを抱く。けれど瞳孔の動きに一切の変化がない所を見ると、それは敬意からの物ではなく脅威からの物なのであろう。


 群れ——社会——それら集団にして一個の膂力りょりょく。ただ一声ひとこえで皆が同じ方向を向く狂気まがいの性質が、あまりに恐ろしく見えていた。かつてよりも明確に、それが見えていた。


 そんなイミトの憂いを知らず、次に声を上げたのはアルバランの王。


 ——彼は豪快に笑う。


「はっはっは。昔を思い出すなツアレスト王よ。ワシらが若かりし頃に剣をまじえた戦場で出会った、あの恐ろしき死に神の兜だ」


「……本当に。ここ数年、名を聞かなかったが、まさか人の子を育てていたとは」


 昔を懐かしみ、若気を恥じ、ツアレスト王と交わす会話。様々な意味で恐れ多く、イミトはうつむいた顔を上げぬままにその声らにさらされて。


「彼女は息災か、イミトよ」


「はい。恐らくツアレストとアルバランが戦を起こせば出会う機会もあるかもしれません」


「ふはは。それは恐ろしや。増々とツアレストとは和平を結ばねばならんな」


 ここに彼女がいたならば、どうなっていた事だろうか。都合の良い流れに変わりゆく時風に、イミトは心底とツアレストとアルバランの王に微笑みで応える。



「ふっ……彼女が今回の件に関わっておるならば和平調印を潰す為の小細工などろうせず堂々と単騎で乗り込んでくるだろ」


「なんにせよ、和平のちぎりをデュラハンと縁深き者に見届けてもらうのも一興いっきょう、良いえん……きざしと見る事も出来よう」


「我が国も異論は無い。アルバランの騎士を始め、この場に居る我が国の者よ、此度こたびの和平調印の場において彼の者について邪推する事を固く禁ずるものとする」


「我がツアレストの民も同じく、客人イミト・デュラニウス殿に最大限の敬意を払い、あらぬ嫌疑けんぎを掛ける事を控えよ」


「「「「はっ‼」」」」


「「(……何とかしのいだ)」」



 ——安堵あんど、その一点。隣に控えていたセティスも掴んだままだった魔道具のペンダントを手放し、威勢の良い騎士たちの返事の余韻に耳を澄まし天井のシャンデリアを見上げる。


 精神の疲労にて、立ちくらみをしてしまいそうな想いであった。


 しかし幾度と願おうと、時が止まる事もなく、イミトらの心労など他の者たちには知る由もない。彼らを他所に物語は淡々と進んで行くのである。



「——時にツアレスト王よ。話を聞くにそちらのマリルティアンジュ姫は、どうやらイミトとやらの事が気になっているようだと王子が申しておるのだが……真実はどうなのだろうか」


「ふむ……私もそれは気になっておった。何しろ話を聞き及ぶにマリルティアンジュとイミトが出会ったのは数日前の事。さもすれば彼の者に惹かれておる部分もあったのかもしれぬ。その時は——申し訳ないが此度の話、少し考えさせては貰えぬだろうか」


 和平調印式に紛れ込む部外者の件を一段落終えて、王の二人の話の行き先は先ほどクジャリアース王子が口から溢した話題。


「良い。我が息子もまだまだ血の気の多い若輩じゃくはい、此度の非礼もあったゆえ、我らが怒る事も無しとのたまっておこう」


「(ここでその話をするかね……このクソ親父ども)」


 そうだ——それがあったとなかば強制的に当事者にされていた新たな案件を思い出し、噴き出しそうになる溜息を抑えるイミト。


 仕方ないといった風体でマリルティアンジュに横目を流すと、彼女はクジャリアース王子を気遣うように見つめていて。



 一方のクジャリアース王子は、ただ瞼を閉じ、蛮行の報いを待ちかねているようである。


「——どうだ、マリルティアンジュ。お前の今の気持ちを正直に言いなさい」


「「……」」



 全く以って、全く以って面倒この上ない。あまり深く己には関係ない話題で特段と命に支障は無さそうな議題。年寄りの勘違いや節介に、口を出さずに目をつむって置いたまま、時とマリルティアンジュに任せようとも思ったのだが——イミトは瞼をつむったままにシャンデリアを見上げて息を吸う。


「(ん~~~‼)」


 出来る事なら叫びたかったのだろう。しかし他の王族貴族たちの手前、奇行は己の為にならずと理性がかたる。改めてマリルティアンジュに目線を流すと、彼女は未だに悩んでいた。


 故に——、

「恐れながら王よ……差し出がましいと思いつつ、一つ進言を致したいのですが」


 「……申してみよ」


 節介にして切開。再び王座に跪いたイミト。自分にも気を持たせるグズグズとした振る舞いに、イミトはしびれを切らしてしまっていた。


 ——有り得ぬ話。有り得ぬ二択。


 直ぐに否定するだけで良いものを。再発した彼女のマリッジブルーに、の如く冷や冷やと乱れる心。



「マリルティアンジュ姫が私を気にしていたのは、私がクレア・デュラニウスの名を隠し、騎士団に疑われていた事を気にしてのもの」


「そして此度の件は婚礼ではなく婚約に過ぎず、答えは直ぐに出さずとも良いのではないでしょうか」


 しかしそれでも元カレでもなく恋だ愛だのと語り紡いだ間柄でもない。彼女の親族との前で冷静な素知らぬ顔でイミトは提言を告げる。



 もはや、その他なかったのだ。正直、先ほどよりもの悪い賭け。


 甘んじて許容したままでは居られない誤解であった。



「若き王子と姫、未だそれぞれの国も知らず——互いの事も知らない。ここはふみなどを交わし合い、時を重ねるのが御二方の為と存じます」


「ふむ……すじは通っておるな。どうだ、二人とも。イミトの話をどう思う」


 そんなイミトの話を聞き、やはり先ほどよりも訝しげなツアレスト王は、一番の当事者同士であるクジャリアース王子とマリルティアンジュに問うた。


 すると、


「……是非も無い事。私は、既にマリルティアンジュ姫に心惹かれております故」


 クジャリアース王子はツアレスト王にひざまずいて、胸に手を当てて即答で返す。



 対するマリルティアンジュは——


「マリル。お前はどうだ」


「……クジャリアース王子は素敵な殿方とのがただと存じます。しかし——真偽をはかる為とはいえ、先ほどのような暴力的で強引な振る舞いはいささか気には掛かります。それさえ直して頂けるのならば、此度の婚約……マリルティアンジュ・ブリタエール・ツアレストは心より嬉しく思えると思うのです」



 親しげな愛称で彼女を呼ぶ祖父の問いに、悩みの果てにようやく蓄えていた言葉を放つ。


「それが嘘偽りのない今の私が抱く想いに御座います」


 燦爛と輝く策謀の宴の天井のシャンデリアの如く、それは優しくも強い言葉の響きを持って。祈るように胸の前で組んだ両手は固く結ばれていた。



「うむ。では婚約は了承……他の男の憂いは消えたと思うが、どうかアルバラン王」


 「ふふ、血の気の多い息子には勿体もったいない姫であろうな。良い目をしておる」



「では決まりだ——ここに、我が娘ツアレストの姫マリルティアンジュと——」

「アルバラン第三王子クジャリアースの婚約を決定とする」




「「この若き者たちに祝福があらん事を」」


「……」

 こうして紆余曲折と様々な思惑に晒された王子と姫の婚約は、結果として順風満帆にと大衆の拍手とイミトの疲れ果てた吐息に歓待される。



「イミト。お疲れ」


 彼の暗躍と功績をたたえる者は傍らに並び立った彼女のみ。


「最後まで油断はするなよ。けどまぁ——本番は明日だろうからな」



 騒動で乱れた服装を整え、セティスに差し出された礼服の上着を受け取ったイミト。



「注目度が上がった。そろそろパーティーもお開きにすべき」


「ああ……残り二品、気になってる食いもんがあるんだけどな」


 ——イミト・デュラニウス。暴かれた正体の一端。



「暴食が過ぎる……胃袋に空間魔法でも仕掛けた?」


 されどそれは、やはり一端でしかないのである。

 止めどなく襲い来る疲労、いつも通りの冗談を仕掛けてきた彼の仲間に——彼は悩まし気にうたうのだ。


「——……アイツと離れてると燃費が悪いらしい。ちょっと魔力を使っただけで次から次にだ……思ったよりヤバいかも知れねぇな」


「——……頃合いを見計らって戻った方が良い」



「ああ。クレアの方にも異常が無いと良いんだが」


 そして——本来ならば彼が隠し通すのだろう異常を何の誤魔化しもなく吐露したイミトに対し、セティスは策謀の宴において最大の危機感を覚えていた。



 策謀の宴に木霊する拍手喝采と祝福の響きに、それを暴こうとする気配が失せた事だけが救いであった事だけは確かだ。

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