第38話 暴かれる正体。3/4


 全てはクジャリアースからの発案だったのは間違いない。


「「……」」


「そして剣を抜かず、わざと負けてしまえば姫の護衛の任を解かれてしまう。戦わぬ事も負けを認めるという事ですから、少なくとも私はこの街から追放され、警備の憂いも無くなる」


 「……ほう。そこまで読むか」


 血の気の多いを演じ、泥を被る事で二国間の軋轢あつれきしょうじずに済む。

 イミトという不安要素の扱いに困るツアレスト。

 イミトとは何の関係もなく何の義理立てもする必要の無いアルバラン。

 大義名分さえあれば、後処理など——どうとでも出来る。


 国家間の利益をはかりに掛ければ、素性も知れぬイミトの存在などほこりよりも軽いのだろう。それらすべてをイミトは察していた。


 ある意味では、絶体絶命。


 傍らのセティスに至っては、周りの騎士たちに見られている事を知りながら首に掛けている魔道具のペンダントを握り、いつでも緊急時にイミトとしめし合わせていた脱出策を実行できるようにする構えである。



 しかし——イミトには光明が見えていた。


「結論として——私が王子に一撃も喰らわせる事もなく王子のほこを引かせる事のみが私としての勝利の条件なのです」


「和平の道をくマリルティアンジュ姫につかえてきた者たちに託された想い……その想いと共に和平の成立を見届けるには——……戦わずに勝つしかないという事」



 心にも無いことを心では無い脳で作った人格で魅せしめるイミト。


「驚いたな。その口ぶり……それが出来る程に、君は己が知と力に長けた猛者もさであると聞こえるが」


 それを受けてクジャリアースは臣下に自身のつるぎを持ってこさせ、さやから引き抜く。

 シャンデリアの光源に照らされ、輝かしく光る刀身にマリルティアンジュの不安な顔色——彼女は一歩、身を退いた。



 彼女にも、恐らく曖昧あいまいには解っていたのだろう。

 察知していたのだろう。


「賭けか祈りか……真実を一つ晒せば、その答えにはなるものかと」



 ——イミトが、悪辣あくらつわらっていたのだから。



「セティス。預けていた俺の装備を出してくれ」

「——……本気?」


 礼服の上着を静かに脱ぎながら、イミトはセティスに語り掛ける。セティスが耳を疑ったのは言うまでも無いが、その問いごと脱いだ上着を床に放ったイミトの様を見て彼女は答えを受け取ったように息を飲む。



「ささっと出してくれ。服を一枚脱いだ手前、格好がつかない」

「了解」


 そしてセティスが首からぶら下げていた魔道具は、宙に魔法陣を描き出し周りの騎士たちを警戒させる。やがて落ちた二つの装備品にも目が移って。



「片腕だけの鎧と……兜だと?」


 腕を少しまくり、手袋をいでセティスが空間魔法陣から取り出した普段からイミトが身に着けている鎧の左腕とクレアの兜を順に拾い、普段の彼の片鱗を魅せつける。


「「——……‼」」


 瞬間——二人の王が僅かに瞳孔を見開き、イミトと目を合わせる。


 左片方に比重ひじゅうが寄った装備、佇まい。

 右手に灯るは黒い渦。

 創り出されるいびつで斬れ味の悪そうなジグザグ悪逆あくぎゃくつるぎ


 そして——、対峙するクジャリアースに目を向けたイミト。

 彼はやがて、己の名を口にする。


「……戦う気か。魔力で創られた黒い剣とは、中々に面白い力を使う。禍々まがまがしいな」


「——我がまことの名は、イミト・デュラニウス。かつて戦場の処刑騎士と恐れられたデュラハン……クレア・デュラニウスに育てられた男だ」



「「「「——⁉」」」」


 その名と共に口にしたのは虚言の混じる一つの真実。

 覚悟に笑んでいたクジャリアースを始めとした周囲の騎士や貴族たちの表情は、イミトの言葉を聞き、己の耳を疑うと共に目を見開いて驚愕した。


 ——怪物の名である。

 悲喜こもごもと策謀の宴に声色それぞれに木霊こだまし始める彼女の名。

 それはツアレスト——或いは近隣諸国に知らぬ者は無しと言って差し支えないようで。


 皆が一様いちよう畏怖いふと敬意を込めて言葉を口ずさんでいく。



「彼女の名に恥じぬべく、全力全霊で御相手致そう。アルバラン王国第三王子、クジャリアース殿」


 それらを一切と意にも介さず開き直って空気を切り裂くイミトの禍々しいジグザグの形をした黒い剣。


 左腕の鎧に抱える兜——彼の身の内に隠されていた黒い色をした魔力も噴出し、彼の自信に満ちた態度も相まって相応の威圧が宴の会場を一瞬にして埋め尽くす。



「——クレア・デュラニウス……だと」


 だが、周囲は決して彼にひるむばかりではない。咄嗟に危機を感じ動き出そうとした騎士たちも居たし、その騎士たちを制止し、まだ様子を見ろと伝える者も居る。



「和平調印に相応しくない戦場の名であると共に、敵が魔物を使役しえきする一団と思われる為……魔物であるデュラハンの名を出すことを憚っていた。不敬にも虚言を吐いた事、ここにおびする」



「なるほど……その言葉が真実ならば、確かに事を慎重に運ばねばならんな」


 デュラニウスの剣の構えを見せるイミトと尚も変わらぬ様子で相対するクジャリアースもその一人である。やはり一国の王子かと、またも借りた虎の威の効果も薄いと心の中で思うイミト。



「——デュラハンが現れれば、即時停戦は戦場の常識と耳にします。私は人の身なれど、武技も心もデュラハンに叩きこまれ、彼女の姓であるデュラニウスを名乗る事を許されし者……」


「如何なさいますか——クジャリアース王子」


 それでも演技を続け、威風堂々と、しかしおだやかに笑み吐いた言葉を如何に処理するかをイミトは問うた。


 すると、答えは賢明であった。

 さもすれば、愚劣ぐれつでもあるのかもしれない。



「……ふふ、ふははは。良かろう、君の勝ちだイミト・デュラニウス殿」


 突き付けていた剣の矛先ほこさきを降ろし、唐突に笑い声を上げるクジャリアースは、前髪を片手で掻き上げて自身の負けを認める。


 恐らくは彼の審美眼にイミトはかなったに違いなく。


「いや、すまぬ。私はマリルティアンジュ姫が気にする貴殿に嫉妬し、どのような男かと試してみたのだが予想を超えて貴殿は強敵だったようだ」


 強張っていた肩の力を抜き、聡明な男は軽々とした爽快な口ぶりで持っていた剣を鞘に納めて臣下に預け、イミトに微笑みを返すクジャリアース。


 そして、一転して真剣な表情にその声のいろどりと同じく変えて、イミトに背を向けて背後にいた者たち——二人の王に振り返り、これまでの無礼を詫びるようにひざまく。



「父王、そしてツアレスト王よ。私はイミトの言葉が真実のように思うが、アナタ方は実際にデュラニウスきょうに戦場で出会った事があると聞く。お二方は、このイミト殿の物言いをどうお考えになるか。是非お聞かせ願いたい」



 しかしクジャリアースの口から放たれた言葉は、問い。

 はかれぬイミトという存在に対し、或いはクジャリアース自身の判断や審美眼を信じられない他の民衆たちに向けての更なる根拠を求めての事。


 ジグザグの魔力で創られた剣を黒い煙に回帰させ、イミトも王らに向けて心にも無く跪く。


 すると——二人の王は、声を揃えて言った。



「「……本物だ」」

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