第38話 暴かれる正体。2/4


 そうして、にわかに騒然そうぜんとし始める場内。


 和平調印前夜の宴の貴族たち一同の視線は、密やかに痛々しく満遍まんべんなくイミトと傍らに立つセティスにも向けられている。


「——先程から気になっていた。私がこの場に到着した入れ違いで君が外に出ていく動きをツアレストの騎士団の団長を始めとした、主要な人物たちが目を配っていた」


 そのような状況下、ツアレスト王国から西方に位置する砂漠の大国アルバラン。その第三王子クジャリアースは金飾過多な彼の国の礼服を身振り手振りで揺らし、胸の内に秘めていた疑問を大衆の前で披露し続けており、民衆の心に疑心のたね蒲公英たんぽぽ種子しゅしの如く羽ばたかせていく。



 ——厄介。突然の指摘に、表情こそ揺るがす事は無かったが、イミトは内心で暗雲を感じ取っていた。嫌な流れ、時風。


「そして君が会場に戻ってきた際もそうだ。皆が、君に密かに注目していた。私と婚約のちぎりを交わそうというマリルティアンジュ姫ですら、だ」



「……ヤバいな。勘の良い馬鹿だ、根回しが間に合ってねぇ」


「というか……間に合わす気がねぇな、あの王様」


 クジャリアースの指摘に向き合いつつ、傍らのセティスに僅かに口を動かして愚痴を溢すイミト。セティスも表情にこそ出さないが並々ならぬ緊張感を雰囲気に漂わせていた。


 何故ならば水を得た魚——大義を得た騎士たちの眼差しが、これまでの物とは全くと様変わりし、隠す必要もなくなったと明確な疑念に鋭く光り始めているからである。



 ——突如として訪れる分水嶺ぶんすいれい。或いは正念場。


 そして、

「今回の和平調印式を邪魔しようとする勢力が居るという事は聞き及んでいる。さもすれば君は、その一派であるという嫌疑が掛けられているのでは無いのか」



 いよいよとクジャリアース王子は本題の問いをイミト達に突きつける。



「お、お待ちくださいクジャリアース王子‼ 何をお考えなのですか‼」


 そうすればイミト達と、ある一点においてこころざしを共にし行動も共にしてきたツアレスト王国の姫君マリルティアンジュが動揺の声を祈るように背後からクジャリアースに送りつけるのである。



 しかし——無力。


「なに、簡単な話だマリルティアンジュ姫。今宵の宴の余興に、彼の潔白を証明しようという計らい」


 唐突に感染爆発を引き起こした疑心暗鬼の宴会場。彼女一人の訴えと信心程度では、己に対する疑念は晴れないとイミトは知っている。


 頬に冷や汗一筋流れる想い。マリルティアンジュの懸命に後ろめたさを感じつつ、見ていられないとイミトは静かに瞼を閉じた。



 「……」

「前に出てくるがいい、イミト・デュランダル」


「——……ちょっと行ってくる。ていうか、お前も来い。セティス」


 「——了解」


 そして諦観の息を吐き、セティスと共にイミトは壇上の前へと衆愚しゅうぐの目にさらされながら歩き始める。あたかも、断頭台に連れられる囚人のようであった。


「……私は君が、姫の窮地を救った恩人だという話も聞いていて、その恩もあり今宵の宴に参加している事も知っている」



 思い出すのは、久しからずや死後に受けた神の裁判。


 あの時は、判決前に事が起こり有耶無耶うやむやとなってしまったが、今回ばかりはそうはいかないのだろう。


「間違いは御座いません。身分不相応とは自覚しておりますが、やはりお気に召さなかったでしょうか」


 或いは彼は、検事の追及に宣誓をするが如く応える。

 真っすぐ見つめたクジャリアースの瞳は、正義と秩序の炎に燃えているようであった。


「いや身分の差をどうこう言うつもりは無いのだ。私はただ、君の暗躍を憂いていては折角の和平の宴が台無しになると周りの者たちに申したい」


 真剣に悪をはかる天秤が如き双眸そうぼう、その欺瞞ぎまんにイミトは微笑んだのかもしれない。



「故に明々白々めいめいはくはくと貴殿に尋ねる——君は、和平の邪魔をする者か」


 恥ずかしげもなく公明正大にイミトに突きつける糾弾きゅうだん

 その場に居た皆が息を止め、被告の言葉を待つ。



「……なるほど——しかしお言葉ですが、それに首を振った所で私に対する疑義は晴れぬでしょうし、晴らすべきではないと思われます」


 けれど無耶むや。それでも有耶うや。ここで即座に否と言い放つことも出来ただろう。


 だがその場合、話の向きが何処に行くとも分からない。この中央議会場で数多く見てきた己の知らぬ魔法技術の数々——何かしらの道具を用いられ、ただ単にそれを受け入れたならば逃げようも無くなり、意図もしない誤解をまねく事もあるだろう。



 無論、有りもしない言いがかりを肯定するのは論外。



 なれば——、

「疑心は警備や警護において重要な要素。より安全確実に和平調印を成功させる為には、あらゆる可能性を想定し、不確定な人物に警戒の目を光らせるのは当然の事」



 イミトが行うべきは、下準備。己の掌中にクジャリアース王子を口八丁手八丁で乗せて踊らす他は無いのである。必要な物は道理と誠実さ、時間稼ぎ。


「私どものような素性の知れぬ者たちを騎士団の方々が警戒するは道理。そう理解もしておりますし、責める気持ちもございません」


 真摯しんし直向ひたむきに感情ではなく理屈と印象で相手をじ伏せる事。

 冷静に、冷静に——相手の言い分を真綿まわたで締め付けていく。傍らで万が一に備えてセティスが覚悟と魔力を緊張感と共にみなぎらせているのも気配と経験でも察している。



「ふむ——……だが、ここで貴殿の潔白を証明できれば余計な人員を裂く事もなくなり、他の警戒がはかどるであろう」


 「——……まことに残念ではありますが、私どもの方から身の潔白を証明する方法は思いつきません。大変に恐れながらクジャリアース王子は我らの潔白を如何に晴らすというのか、その妙案をお聞かせいただきたい」


 そして、イミトはクジャリアース王子の背後にいるマリルティアンジュに何か手立てを用意しておけと視線を流し、クジャリアースの双眸と対峙した。


 ——だが、案ずるより産むが易しだったのかもしれない。



「この場にて私と剣を交えるというのはどうだ。貴殿が勝てば、和平調印式の参列を認めて全幅の信を置き、貴殿の願いというマリルティアンジュ姫の警護を任せよう」


「クジャリアース王子‼」


 アルバランの王子が放った方策は、イミトの疑心慎重に満ち満ちた予測よりも遥か天空で咲く花のかすみ——あまりにも御伽話おとぎばなしが過ぎて思いも寄らなかった原始的な提案。恐らく和平調印の全権を担うであろうバディオス王子と目を合わせ、止めようと声を揺らがせるマリルティアンジュを他所に頷き合って。



「だが、私が勝てば潔く身を引き……マリルティアンジュ姫に二度と近づかないと誓ってくれ」


 「(……一ミクロンも得にならない提案だな、おい——……いや、考えようによっては、か)」



「なるほど……面白い」


 その時だった。バディオス王子と目を合わせたクジャリアースの様を目撃し、思考を続けていた彼はやがて思い至る。



「イミト様‼ お二方とも、そのような事はお辞め下さい‼」


「いえ、マリルティアンジュ姫。これは、私には些か不利な戦い……ここで和平の為に動きたいという己の信念の為に剣を取り、王子を傷付ければ如何に王子からの発案とはいえ外交問題……和平交渉にもケチが付き、しこりが残る」


「私が剣を抜けば、この場に居合わせたる両国の騎士団長殿は黙ってみておられぬでしょう」



 ——賢明なる愚者。改めて二人の間に割って入ったマリルティアンジュに瞼を閉じて観念した様子の声色でイミトは語り掛ける。

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