第38話 暴かれる正体。1/4


 ——場所は再び策謀の宴。和平調印式前夜の宴。


 錯綜さくそうする様々な思惑がうごめ荘厳華麗そうごんかれいな表舞台に、イミトは乱れつつあった服装を確かめながらまたも勇猛果敢に足を踏み入れる。



「あ。イミト。帰ってきた」


 と同時に、いよいよと外にイミトを探しに行こうかとサムウェルの身代わり騎士と相談していたセティスがイミトの存在に気付き声を掛ける。


 見ている者に何も悟らせないセティスの感情を殺されたような無機質な鉄面皮がこれほど役に立つ一幕も、そうは無く。



「ああ、悪かったセティス。サムウェル殿と偶然出会って探していたと聞いた」


 セティスと向かい合い、互いが連れる騎士それぞれに軽い会釈えしゃくを交わし、暗躍のいとなみを締めくくる二人。


「それはそう……急に居なくなって心配した。何処かの女にでも誘われていた?」


「ふっ……そうだったら良かったんだが、あいにく昔話の紙芝居を少ししてきただけだ」


 ささやかな冗談を交わし合い、何一つ気付いてない素振りを監視の騎士二人に魅せつけて。疑いの余地を残さないように、或いは舞台を壊してしまわぬよう予期せぬ事態に際しても終始徹底して筋書きのない芝居を演じ切る心構え。



 そして、

「サムウェル殿。案内して頂き、感謝する。それと仕事の邪魔をしたようで申し訳なかった」


 気遣いという大義名分で監視を引き剥がそうとする動き。イミトは礼節を重んじる紳士のように片手を胸に当てて軽めに腰を曲げて深く礼を示す。



 すると、さてと、そうすれば、どうなるか。


「いえいえ。では私どもは警備の報告がありますので、失礼いたします。引き続き、今宵こよいのパーティーで鋭気をやしなってください」


 サムウェルたちの反応は実に淡白な物であった。無論それは疑っていると悟られないようにする為の自然な演技だという事は疑心に塗れた瞳でならば直ぐに解かる。


 サムウェルの同僚がサムウェルの話す少し前に隙を見て少し首を振り、会場入り口から会場全体を見渡して僅かの間、騎士団長らが談話を続けている方向に視線を止めていたからでもあって。



「——……」


 その後——礼をしてから、あまりに息の合った動きで動き始めた騎士二人の背中を見送り、その後でセティスとイミトも目を合わせ、騎士たちと別れて会場の奧へと歩き始める。



 向かった先は、立食パーティーの料理が数々と並べられている箇所。


「……それで、交渉は?」


 「決裂だ。初めから分かってただろ」


 その途中——、足をユラリと動かす中で顔やくちびるほとんど動かさず、耳を澄ませていないと詳細を聞き取れない言葉で彼らは話す。



「そう……さっきのアレは何処に行ったの?」


 「——……アーティー・ブランドか。サムウェルと会った時に別れた。明日の準備があるんだとよ」



 情報の整理、交換、共有。


「……安心しろ。おおむね、想定の範囲で事は進んでる」


 「分かってる。今は、和平調印式の成功が優先。分かってるから」


 大勢の人々が行き交う会場、乱雑にぶつかり合い喧騒となる声の波長。

 歩幅を合わせた横並び、彼女の手を取る彼の横顔に彼女は少し俯いて。



 二度目の同音は、己に言い聞かせた物なのだろう。


 そして彼女は彼の手を振り払い、もう片方の手で払ったその手を握り、守るように立ち止まるのだ。



「——その和平調印の鍵を握る姫様があの調子じゃな……気になるのは分かるが、こっちをチラチラ見過ぎだろ」


 人通りを過ぎ去って僅かな空白。イミトから顔を逸らす少女を見下げ、少しバツが悪そうにイミトも顔向きと話を逸らすように次へと進め言って。



「騎士団の人たちも私たちの動きを気にしてる。どうにかした方が良いと思うけど」



 き慣れぬ高いヒールが床の絨毯じゅうたんを削って。

 イミトの思考に、ついていけない部分もある。

 小さく吐いた息は普段とは違う感情に戸惑い、吐き捨てたいが為に吐くように。



 何かが——自分の中の大切な何かが、薄らいでくようであった。


「俺とレザリクスが昔馴染みの知り合いで話してたって話にするらしいが、疑ってる連中の信用を得るなんてクレアを謝らせるより難しい話だろ。とりあえず飯でも食って寝た後に考えるよ」


 そんな中、彼が彼らしく居たのは或いは幸いだったのかもしれない。



「……まだ食べる気? 万が一の時に近くで吐くのは止めて欲しい」


 触れられた手から何かを削るように擦り終わった片手の動きを止め、彼女は彼から目を逸らしたまま尋ね、不快を口にする。



辛辣しんらつだな。それで? こっちの方は何か変わったことは無かったのか?」


 それを鼻で笑うイミト。その時、彼から目を逸らしていた事も功を奏する。


「それは——これから起こるみたい」


 喧騒、ざわめきの色合い。先程まで人々の会話で聞き取りずらかった会場のすみの生演奏でかなでられていたクラシック音楽が止み——言葉が殊更に際立ち、その異変に場内の雰囲気が徐々にの後に一変した。


 人々の視線に目を配れば、一目いちもくと——それはに集中していくようである。



 会場奥の壇上だんじょう——宴の主催しゅさいと望まれた者のみが登る事を許されしいただき



「——今宵お集まりの皆様、明日に行われる和平調印式に際し、改めて御挨拶と報告をしなければならない事が御座います」


 「バディオス王子——……なるほど、そろそろ宴もたけなわか」


 そこに至りて威厳を見せしめるように、士気高く精悍な声を響かせるマリルティアンジュの兄王子。恐らく拡声器のような効果のある魔法を使っているのだろう、傍らに浮かぶ白い光の球体は声に応じて波を立たせる。



「——此度こたびの和平調印式にて、我が国ツアレストと西方の大国アルバランとの様々な問題が解決へと向かうだろう。しかしアルバランとの友好の証は、それだけではなく……ここに居られる皆様へ嬉しい報告が出来る運びとなった」


 王子の声に耳を澄ませる静寂の中、イミトは周囲に不穏な動きが無いかを目線を流して探り始める一幕。



 そんな折——、セティスがイミトの服のそでを引っ張って。



「イミト。イミトが居ない間に、少し新しい人間が現れている」


「いや、流石に分かるさ……明らかに他の貴族と違う威圧感がある二人の事だろ?」


 目線を流すイミトに、ある場所を見るように小声でうながすセティス。無論、その存在には気付いていたとうながされた方向を見た後に目を休めさせる為に瞼を閉じゆくイミト。



「話には聞いていて姿が見えなかったから気にはなってたが、ツアレスト王国の国王と……アルバランの王様、か」


 壇上だんじょうの最奥、挨拶を続けるバディオス王子の背後に存在する二つの王座。遠目から見てもその佇まいが放つ威厳いげんはレザリクスの放っていたそれと何ら遜色そんしょくもなく。


 高貴を超えた王の威光と言って何一つ差しさわりないのだろう。


「こちらに居るアルバランの第三王子クジャリアース殿と、我が妹であるマリルティアンジュの婚約が決定された」


 「「……」」


 そうイミトが感想を抱く最中にも話は続き、やがて会場から歓声のどよめきと拍手が喝采かっさいする。祝儀の歓迎、貴族の観衆が我が事のように喜びと感動を露にする中でイミトとセティスは近くの壁際へとひそやかに歩き、時を無為に過ごしていた。



「アイツら、ちゃんと飯を食ったんだろうな……作り置いてきた弁当の感想が気になる」


「……今は姫様のお相手に対する感想を述べるべきと思う」


 それどころかイミトに至ってはセティスが呆れ果てて指摘する程に、現状をないがしろに今は無関係の思考をしている始末。それも無理からぬ事なのだろう。つまらない時間、お堅い貴族の儀礼的な挨拶、予定調和の世辞、既にネタをばらされている退屈なサプライズ発表。


 壁に背を託し、腕を組むイミトは祝福を浴びるマリルティアンジュを横目に、肩についていた髪の毛に気付き、それを軽く払い除ける。


 だが、流石のイミトも予期していなかったのだ。



「では——これからのツアレストとアルバラン両国における和平の象徴と言うべき二人に、言葉を頂く。一同、静聴を」


「まずクジャリアース殿、前へ」



「——……ただいま紹介に預かったクジャリアースだ。此度の婚約、聞き及んでいた以上にマリルティアンジュ姫は美しく聡明な人物であり、私に異論は無い。ツアレスト王国とも友好な関係であるべきだと私は常々に思ってきた」



 太陽と砂の国アルバランで生きてきたのだろう眉目秀麗びもくしゅうれいで見るからに聡明そうな優黒髪やさくろがみの褐色の肌を持つ男が、これよりイミトを圧倒的な劣勢へと追い込むつるぎとなる事を、この時のイミトは別の事に気を取られ考えもしていなかった。



「しかし、この場に立ち——私にはいささか気になる事も生まれてしまったのも事実」


「正式に婚約を了承する前に、一つだけ確認をしておきたいのだ」



 「……——」



 浜辺に寄せる波のようなざわめき——本能がささやく嫌な予感にイミトの眉根も少し疑問を浮かべてゆがむ。



「それは——……君が何者か。という疑問だ、イミト・デュランダル‼」



「——……あ?」


 やがて暴かれる正体——その正体を隠す為におおわれた見えざるベールに切り込みを入れる架空の剣の切っ先は指先で、そして王子の指揮で後を追うように民衆の視線が注がれる。



 因縁の顔色はまぎれもなく、この策謀の宴の会場にもあったのである。


 ***

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る