第35話 城塞都市ミュールズ。2/4


 けれど、イミトがミュールズの街並みを眺めることは出来なかった。


 馬車の小窓に黒地のカーテンが掛かり、それに加えて何かしらの移動魔法を使われたのだろう。あっという間に走っていた馬車の勢いは止まり、馬車の扉は開かれて。



 イミトはその場所へと降り立つのである。


「——……ここが噂に名高いの中ですか。ミュールズには、いつかは来たいと思っていましたが、まさか王族も夜を過ごす中央城の中に入れる事になるとは」



 足下に広がる魔法陣、以前の世界で言えば地下駐車場のような場所にて馬が鳴く。


 城門でセティスと別れたばかりであったが、その時に垣間見た城門の石畳いしだたみしつとは明らかに違い、既にこの場が高貴な者たちが住まう城の中だという事を思わせる。



 ——転送されたか。表情にこそ出さないが、イミトはそう驚きつつ直感する。


「ははは、ここは重要な儀礼の為に使われることも多く、王家の方々を始め、十二城主と一部貴族、それから護衛の騎士団員のみしか入る事が滅多にありませんからね」


 そして——武器である槍などを取り上げられ、周囲を騎士に囲まれながら騎士サムウェルに案内されたのは小さな小部屋。引き戸が開かれ、部屋の中へとおもむけば瞬間、イミトは更に直感するに至る。


 ——エレベーター、かと。


 この世界の文明の具合を知らぬイミトだが、その様式は間違いなくそれで。

 何やら騎士サムウェルが魔道具らしきものを操作している事もかんがみて、イミトの直観は確信に変わる。



「確かに、珍しがる気持ちも分からなくはありません」


「少し田舎者のようでしたか、申し訳ない」


 明らかに先進的な魔法技術。過去に自分が暮らしていた異世界とはことわりそのものから違う文化文明。愛想笑いで驚きと感動を誤魔化しつつサムウェルの応対にいそしむが、城の建築様式や備品など好奇心がくすぐられ、イミトの密やかな視線は右往左往と周囲の光景を眺めていくのを止められはしないのだろう。



「いえ、田舎者などとは。王都などに比べれば、ここもまだまだ古風な香りが漂う田舎ではあります。とはいえ、ここで生まれ育った私もここしか知らないのですが」


 そんなイミトに対し、文字通り物珍しさに視線を動かしていると受け取った騎士サムウェルは、自らの文化文明を褒められている事を喜びつつも謙虚にイミトへと言葉を返す。



 更には、

「冒険者として世を渡るイミト殿に比べれば、我らの方が田舎者かもしれません」


「世辞が上手いものですね。私など、放蕩ほうとうするしか能の無い根無し草……騎士団で立派に働いておられるサムウェル殿と比べようもありません」


 イミトの自尊心を保とうとする社交技術まで魅せつけて。否、恐らくは本心で言っているのだろうとイミトも思う。故に彼も彼なりに世の中を円滑に進める世辞をオウム返しのように返すだけに留めるのであろう。



「ご謙遜けんそんを……その若さで見習うべきたたずまいと気迫。剣を握るものならば、貴殿が只者ではないことくらいは分かるというものです」


「……(何言ってるんだろ、コイツ。今すぐ頭を掻きたい、痒い)」


 しかしながら内心は裏表の無さそうな騎士サムウェルが言葉を一つ語る度に、イミトがたもっている外面ががれけずれていくような感覚に襲われている。


 清々しい程に純粋無垢なデュエラは別として、普段から決して素直に他人を褒めない仲間たちに囲まれ、それ以前に生きていた世界でも小綺麗に身だしなみが整った社交界の場に立っていた訳でも無い。慣れない環境に適応しようと想像と偏見で塗り固められた外面は、今にも息として爆発しそうになっていた。



 そんな折の事、魔法を駆使しているのだろうエレベーターが止まり、扉が開かれると見えてくる長い廊下の先で一人の騎士が彼を待ち受けている。


「——イミト・デュランダル殿」


 エレベーターの扉からイミトと監視役とおぼしき案内役の騎士三人が廊下へと足を踏み入れるや、白い壁にもたれ掛かっていた絢爛けんらんな軍服らしき姿の男。黄色と黒の髪が七対三の割合で染め別けられている男性が進路上に現れ、真っすぐに優しげな赤みがかった黒い瞳でイミトを見つめていて彼の偽名を声にする。



「——‼ 聖騎士アディ・クライド様‼」


 「……聖騎士?」


 その男がツアレスト王国の国教であるリオネル聖教に仕えている者だという事は直ぐに分かっていた。軍服の右胸に捧げられている装飾品は、リオネス聖教を象徴するものであったし、腰に帯びている剣の鞘にもそれがあったからだ。



 しかしながら、聖騎士。イミトは突然に話しかけてきた彼に眉をひそめる。


「突然に話し掛けてすまない。火急とは思うが、少し時間をくれないか。ミュールズの護衛騎士たち」


「「「は、はっ‼」」」


 ——アディ・クライド。城の中を案内していた護衛騎士たちの様子、萎縮いしゅくぶりを見れば、その優男が只者では無いのは明白。イミトを置き去りに案内役の騎士たちは廊下の端に向け、頭を下げながら振り返りもせずに一歩後方に下がるのだ。


 イミトと歳は同じ程度の若さで、地位は相当に高く、実力武名共に相応の物なのだろうとはイミトは思った。



「イミト・デュランダル殿。お初に御目に掛かる、私は此度の和平調印式において貴方が救った姫君の兄に当たるの護衛を務めていたリオネル聖教の聖騎士の一人……アディ・クライドと申します」


「まずは国の一大事に際し、姫の命を救った貴方に一人の国民として最大の敬意と感謝を捧げたい」


 だが——、それでもイミトは感じても居たのである。否、感じずには居られなかった。


「……丁寧な挨拶、痛み入る。改めましてイミト・デュラ——ンダルと申します。窮地の姫と出会ったのは恐らく神のおぼゆえ、感謝は神にお伝えください聖騎士殿」



 懇切こんせつ丁寧に宗教的な儀礼を尽くしてくる相手に応え、平静を装いつつも心内に込み上げてくる感情。


「(一応、カトレアさんに祈り方を教えてもらってたのは正解だったな。にしても——この聖騎士……ヤバくないか)」


 圧倒的な強者の気配。にわか仕込み、付け焼刃の作法をアディに対して返しつつ、イミトは頬に一筋の汗を漏らす事をグッと我慢する面持ち。


 クレアが操るデスナイトや嘆きの峡谷のヌシの気配とは全く異なるが、アディの漂わせる気配はそれらに類似する程の危機感をイミトの直観に強烈に感じさせたのである。


「(というか、そろそろ息がしづらくなってきた、もう少し軽めの設定でフランクな態度を創っとくべきだったな……くそ)」


 そして何より後悔していた。幾つも身の内に潜める偽りの仮面、その取捨選択を誤り窮地におちいりそうな現状に。


「それより——、王国騎士団長を待たせていると聞いています。何か用件があれば手短にする方が賢明かと思われるのですが」


 それでも苦しいからと言って演技の仮面を脱ぎ捨てて普段通りの気楽な悪童具合に戻ってしまえば、堅苦しい印象である現在との落差が酷く、他者への心象があからさまに低下しかねない。


 故にイミトは急ぐことにしたのである。貴族階級のとらを借りつつ、事を早急に進めようとしていた。



「そうか、そうですね……では早速お聞きしたい」


 そんなイミトの思惑を理解してか、或いは虎の威を脳裏に浮かべたのか、イミトを待ち受けていたアディは、その理由——真意を語る。



「姫の護衛の任について居た者たちは——本当に皆、殉教じゅんきょうしてしまったのだろうか。その事を是非、貴殿の口から聞いておきたかったのです」


 恐らくはマリルティアンジュ姫の旅を護衛していた騎士に知り合いでも居たのだろう事は直ぐに解かる。眉を下げて不安げに見せたうれいは、悪夢を避けたいが為の願い、祈りのようなものであったから。



「——殉教じゅんきょう、か。私が姫の有事に駆け付けた時には既に女の騎士が一人と姫しか生き残っては居なかった。他はもう……手遅れだった」


 それでも気に掛かった表現を声で漏らしながら、イミトは瞼を閉じて非情を告げる。

 残酷な事実は否定できぬと首まで振って。


「で、では——その女騎士はまだ生きておられるのか?」


 しかし、アディが食い下がった事を鑑み、を引いたとイミトは思った。



「……カトレア・バーニディッシュは最後まで立派に姫を守って死んでいったよ」


 「——……そうか。やはり、そうだったのか」


 アディに申し訳ないとはささやかに思いつつ、八対二の割合で嘘に真実を織り交ぜ、場をしのぐイミト。まるで、この先に悲劇が待ち受けているような気さえして若干の辟易へきえき


 それでも真実を全て明るみにする訳にも行かない。

 唯一の生き残りである女騎士カトレアが半人半魔になったなどと、この先の事態にそなえて語る訳にも行かない。


 故にイミトは、この先に待ち受ける展開を予想するべく彼女とアディの関係性についての情報を集めようとした。



 だが——その時、

「カトレア殿とは——」

「イミト様」


 背後から聞き覚えのある女性の呼び掛け。先んじてその到来に気付いたアディが一歩身を引きこうべを垂れて聞けずじまい。



 声のした方に振り返るイミト。

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