第35話 城塞都市ミュールズ。1/4


 イミトらがマリルティアンジュ姫を騎士団に預け暫く、やがてこれまで言葉でしかその存在を認知される事が無かった城塞都市ミュールズの全貌があらわになってゆく。


「——アレが城塞都市って奴か……まさかホントに城塞都市だとはな……砦とかデカい壁とか、もっとこじんまりとしたのを想像してたよ。飛行船も飛んでるし」


 セティスに抱きつくように空跳ぶほうきの後ろにまたがり、遥か上空から地上を見渡せる蒼空から眺める景色には、あまりに広大な街並みと、それをまるで時計のような等間隔に配置されている様々な文化様式の城が囲んでいる光景。


 本来の城塞——その言葉の意味としては街などの一角いっかくそなえられる敵の侵入をはばむ要塞の事をす。


 しかし、城塞都市ミュールズは、その文字通り十二の城が広大な大都市をふさいでいる都市様式であったのである。


「ミュールズは巨大都市。十二戸の大きな城に囲まれていて——王都に匹敵すると言われてる程の規模で農業も交易も盛んな街」


 地平線ギリギリまで続く都市全体を見渡す為に上げていた高度を徐々に下げながら、下方かほうにある黄金色の小麦畑を眺めるイミトに都市についての予備知識を説明するセティス。


「遥か昔、周辺にあった十二の国を時のツアレスト王があいだに入って、一つにまとめあげた。ツアレスト領内の都市という扱いだけど、この地域は完全な自治が認められていて、ツアレスト王国内にある——もう一つの国という認識」


「……あんまり、くっつかないで」


 しかし、セティスが被っている覆面に加えて吹き荒ぶ風。聞き取りづらい声にイミトは無意識に体を密着させてセティスの覆面の排気口に耳を近づける。


「悪い、悪い。聞こえにくくてな。もうちょっとしたら降りるから我慢してくれ。確かに一つの国って言われても不思議じゃねぇわ。あの門の前の行列は、全員商人とかなのか」


「……盛大な祭りをもよおすらしいから観光客もいる。税関や荷物のチェックとかで二日とか三日とか待ってる人もいるみたい」


 それでも悪びれない様子のイミトに、仕方なしと思いながら首を少し傾げつつ説明を続けるセティス。やがて、地上は近づき、見えてきたのは城の門に、そこに並ぶ人々の長い、長い行列である。



「……まさか俺達もアレに並ぶのかよ。俺は行列の人気店でスマホ弄るより、寂れたラーメン屋で古本を読む派なんだけど」


 その行列には沿うようにテントなどの野営をしている様が見て取れて、更には行列に並ぶ人々の需要じゅようを満たそうと様々な屋台も並び、盛況と待ちくたびれた疲労が混濁こんだくしたような光景が広がっていた。



「仕方ない。さっきは姫の手紙と王家の証で門番と話したけど、私たちは一般人。だから姫と一緒に行くべきと言った」


 イミトのあからさまな嫌悪感に対し、周りの注目を浴びながら素知らぬ顔で列の最後尾さいこうびに降り立ち、セティスはイミトに苦言をていする。イミトがおこなった安易な判断による弊害に巻き込まれているのは自分だと言わんばかりに無機質に、彼女はイミトを批判したのである。


「いや、それは言ってないだろっと……まぁ出店もあるし、祭り気分の観光ついでに待ってる商人の荷物でも見せてもらいながら気長に待つかね」


 しかし彼は反省などしないのだろう。またがっていたほうきから降りて少し背伸びをするイミトは、背伸びついでに異世界育ちの彼にとっては物珍しい周囲の景色に目を配り始める。



 屋台。屋台。商人と思しき者どもの積み荷。


 気怠けだるさまよそおいつつも、ぎ慣れていない料理の薫りと商人の積み荷から僅かに顔を出している食材や道具を見つけ、嬉々とした好奇心が込み上がっていくような感覚。



「……観光して終わる予感」


 乗ってきたほうきを魔法陣を宙に浮かべたペンダント型の魔道具に収納しつつ、はたから彼を眺めていたセティスのガラス越しの目にも明白で。


 彼女は嫌な予感、気苦労を予想して嫌気がさしてきたように嘆くのである。


 だが——、

「あー、ちっ。そうでもないみたいだな。なんか凄い勢いで馬が来るみたいだぞ」



 どうやらそうもいかない。ざわめき始める周囲、遠くの城門。イミトが遠くに視点を合わせた双眸そうぼうにはコチラに向かって馬で掛けてくる一団が見えたのだ。


 それはミュールズのはたを掲げた護衛騎士団。先ほど姫の護送を託したミュールズ騎士団長の何らかのはからいである事は容易に予想できる。



 故にイミトは少し、肩を落としたのであろう。


「……今、したう『してない』」


 しかし、セティスの指摘を即座に否定して気を取り直す一幕。

 イミトは自らのほおを両手で叩き、気合いを入れ直す。



 そして——、

「——馬上から失礼いたします。イミト・デュランダル殿とセティス・メラ・ディナーナ殿で御座いますね」


 やがてイミトらの居る行列の最後尾さいこうび辿たどり着いた騎士団たちの中から、一人の若い騎士兵が前にでて、彼らの素性を確認するように手綱たづなを操り、イミトらの周囲へと回り込ませながら馬の歩を進ませる。



「私はミュールズ護衛騎士団の一人、サムウェル・ディッタと申します。話は通しておりますので、どうぞコチラに」


「そうか。手早い配慮、感謝します。あの馬車で直接、姫の下へ案内して下さるのでしょうか」


 サムウェル・ディッタ。そう名乗った騎士は、イミトのうなずきを確認すると馬から飛び降り、改めてと礼を尽くすが如く頭を下げて。



 セティスはまたも、かたわらの男がかもし出し始めた気配に、鳥肌ものの悪寒おかんを感じる。


「はい。姫は身支度が整うまで少し時間は掛かりましょうが、その間に此度こたびの事情を中央城にられる王国騎士団長殿に報告いただきたいとの事です」


「それからコチラがです。中央議会城認定の特別なものですので、常に身に着け、決して無くさないようにお願い致します」


 そうしている内、騎士サムウェルがふところから取り出したのは金色の性質で輝く腕輪。

 何やら文字が書かれている事を見れば何らかの効果がある魔道具であることは明白で。


 それを受け取り、イミトはジッと眺める。


「——なるほど。しかし、そうであれば、こちらのセティスとは別行動でよろしいだろうか? 旅を続ける冒険者と魔女ですから、先に物資の補給等を済ませておきたいのです」


 そしてその腕輪の仕掛けに危険が無いかセティスと目配せをしたイミトは、セティスが躊躇ためらわずに腕輪を付けた事から少し警戒を滲ませつつ、若い騎士サムウェルに魅せつけるように左腕に装着し、会話を続けるに至る。


「……」


 イミトの提案は予想外のものだったのだろう。騎士サムウェルは周りの仲間の騎士たちに目を配り、暗黙の協議をしている様子。


「王国騎士団長への報告は私一人で向かいますので」


 けれどイミトは矢継ぎ早、駄目押しの一言で協議に割って入れば、



「了解いたしました。では、とにかくここでは人目が付きます。先に馬車に乗って門の中へ向かいましょう」


 何かを悟られまいと危惧したのか他の騎士たちも頷き、イミトの提案——要求を飲むに至る。互いに初見の人見知り、或いは猜疑心さいぎしん交錯こうさく



「——はい、お願い申し上げます」


 それでもかねばならぬ道すがら、その場の雰囲気に僅か緊張感を走らせつつも、馬車の車輪は回り始める。


 いよいよと物語の舞台は陰謀が錯綜する城塞都市ミュールズへと向かっていく。


 ***。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る