第34話 約束。4/4


「——所で、こちらのセティスは挨拶あいさつをさせてもらっていただろうか? 何か非礼があったならば私も頭を下げたいのですが」


 まるで貴族と見紛みまごうような自信に満ち満ち、背筋を伸ばす風圧をびて、邪悪さの欠片も無い気品に溢れた優しい微笑みで騎士団長リオネスと対峙するイミト。


「ああ、いや……なにぶん火急かきゅうの事態であったがゆえ、まだ魔女殿の名も聞いてはいない。今更に失礼とは思うが彼女の名も聞いておきたい」


「ぁ……わたし、セティス・メラ・ディナーナ……です」


 その様相たるや——騎士団長リオネスと互角の勝負を繰り広げるイミトの豹変ひょうへんに面食らい、普段は滅多に取り乱すことのないセティスが騎士団長の言葉に思わず虚を突かれてしまう程である。



「そうか……しかし、良くぞ姫を守り通してくれた‼ イカリスの町を過ぎた辺りから定時連絡が途絶え、国の者たちが皆、姫の安否を心配して探していた所なのです」


 しかしそんなセティスの動揺を貴族との慣れぬ触れ合いのせいと見紛みまがったリオネスは早々、改めてとイミトに視線を戻し、イミトの両肩を悪意無く掴んで真っすぐに見つめる。


 ——恐らく嘘偽りは無い。有り余る熱意と感謝、称賛。


 故にイミトは、ミュールズ護衛騎士団長リオネスが苦手なタイプだと悟る。



「姫をお連れしていた馬車の残骸ざんがいを見つけたと報告を受けた時には、もう駄目かと思ってしまったほどであったが——」


 思わず掴んでしまったイミトの両肩、その事について無礼な振る舞いだと省みたのか言葉を発しながら一歩身を引き、頭を下げるリオネス。


 その隙にイミトは——、触れられた肩をそっと払うように撫でて。


「こちらも姫の安否をしらせられればと思ってはいたのですが、姫や護衛の女騎士カトレア殿から話を聞き、事の重要さと機密性、姫の安全を考慮した結果、不要なうれいを掛けてしまったようで申し訳ない」


「……」


 それでもリオネスが頭を上げるその前に、彼も言葉を発しつつ腰を曲げて儀礼のようにこうべを垂れる。その様——イミトの変貌ぶりを魅せつけれ、徐々に、徐々にとセティスの体に虫が這っていくような感覚で密かに鳥肌が立ちゆく。



「うむ。とにかく事態は急を要する、話はミュールズに着いてから話すとしよう」


「我々は馬で行くが——君達はどうする? 見た所、移動手段が魔女殿の箒しかないように見受けられるが」


 けれどもそんなセティスのひそやかな悪寒おかんを気にも留めず、進む会話。不意にリオネスがセティスを一瞥いちべつし、ドキリと彼女の胸を鳴らす。


 イミトもその時、セティスを横目に眺めていた。


 そして彼はリオネスの善意に、こう答えるのだ。


「……我々の事は心配なさらず、ここに至るまでに馬に無理をさせた為、移動の足を失ったが私もこちらのセティスの箒で少し休んでからミュールズには向かいますので」


 遠回しな拒否は、ほんのささやかな遠慮深さと、仲間の疲労をおもんばかっている風体。

 杖代わりに持ったままだった槍を肩に預け、閉じた瞼は暗に無駄話は終わらせようというむねを伝える物のようにも見える。


「そうか。では、我らは先に行き、城門の前で君達の到着を部下に待たせるとする」


「ではまた会おう。イミト・デュランダル殿」


 故にか、或いは様々な感情を察してかリオネスは特に食い下がる事もせず、再び姫の下へとさんじるべくきびすを返すに至って。



 来た時と同じように鎧の関節を打ち鳴らし、去っていくリオネス。


 その背を暫く眺めたセティスとイミトは、やがて彼が声の聞こえない程度の距離になったと同時に会話を始める。


「——……名前まで偽名にする必要あった?」


 とはいえボソリ。馬車にマリルティアンジュ姫を乗せ、馬にまたがり陣形を整えている騎士団たちを見送る顔を固定したまま、口元もして動かざずに悟られまいとする内容。


「冷静な指摘だな。デュラニウスは、少し名が売れすぎてる気がしてな」


 そんなセティスの振る舞いに合わせるようにイミトもまた瞼を閉じながら答えを呟き始めて。するとコチラを一瞥し、城塞都市ミュールズに向けて威勢よく出立する騎士団。


 それを機に、イミトは先ほどまで腰掛けていた岩へと戻りゆく。


「なんか英雄扱い的なデュラハンとはいえ、何かしら魔物との繋がりを疑われない為だ」


 気怠さに気の抜けた普段のイミトの声色、堅苦しい先ほどの背筋を伸びた様子も腰掛け岩に座ると同時に消え去り、彼は一息を突く。


「姫様と一緒に行かなかった意味は? 他の騎士の馬の後ろに乗せてもらえば良かったのに」


「そりゃお前……演技がキツイからに決まってるだろ。それに——」


 「それに?」


 その彼の様子を追いながら、騎士団とのやり取りで違和感を覚えた事柄を尋ねるセティスは、徒労とろうの吐息を垂れ流し続けながら言葉の途中、天をあおいだイミトへ首を傾げて。


 すると、

「男のケツ見ながら観光なんて願い下げだ」


 彼は彼らしく自嘲するように愚かさを悪辣に嗤う。


 先程までそこに居たはずの凛々しいイミト・の面影は微塵もなく、目の前に居るのは悪童イミト・デュラニウス。それでもセティスの体の這いずっていた気色の悪い悪寒は消え去るのだから不思議なものである。



「ああ、うん。イミトらしい意見。また何かの呪いに掛けられて幻覚を見せられてると思ったから少し安心」


「でも愚策だと思う。姫と一緒に行った方が城に潜入しやすかったと思うし、城に到着するまでに姫が襲われる可能性だってある」


 イミトの語る理由に安堵と納得を示したセティスではあったが、それでも彼女はイミトの判断に、もはや手遅れ的な失態があると指摘した。


 彼らの目的は姫の護衛では勿論あったが、城塞都市ミュールズで行われる陰謀の飛び交う和平調印式への潜入こそが本来の目的。


 その点を踏まえて、セティスはセティスなりに考えを巡らし、合理性に欠けたイミトの判断に異を唱え、彼の思考を問いただす。



「——変装してるような敵の気配はあったか?」


「あの集団の中には無かった」


 だが肩で息を吐くイミトは、セティスの真剣な目に応えように質問に質問で返しセティスが望む答えを返さない。


 しかしそれは前段階、前提となる質問だったのだろうとセティスは応え、両手で持つ覆面を握り締めながら尚も彼の答えを待つ構え。


 すると、一息ついて休憩を終えたイミトは気分を一新、立ち上がった。


「じゃあ問題ねぇよ、俺達が合流するまでにあの人数を瞬殺できる奴が居るなら話は別だが、あの数に守られてるなら姫はそう簡単に死なないし——時間稼ぎにもなって、もう一回だけ俺達が姫様を助けて恩と信頼の獲得が出来るかも知れねぇ」


「——もし、城塞都市に入っても護衛の邪魔が入って姫様に会えない、和平調印式に参加できないって展開になったら姫様には悪いが、用意したプランの三番目以降……強硬手段に突入だ。そう事前に釘も差したから姫様が頑張ってくれるだろうさ」


「……悪魔のような思考回路」


 馬車が走り去っていく方向を見据え、服に付いた砂埃を払うイミトの顔は冷静かつ冷酷に思える程に素っ気なく、セティスは邪悪な空気を絞っているようなイミトの笑みに毒気を感じて持っている覆面を被り、その表情を覆い隠す。



「その一言で済ますお前さんも相当なもんだよ」


「じゃあ行くぞ、取り敢えず一定距離を走りながら追いかける。箒に乗るのは城がもっと近づいてからだ」


「その箒——、ひとり乗りだもんな」

 「……覚えててくれて何より」


 穏やかな天候、マリルティアンジュが不安な顔色で馬車の小窓から平穏な雲を眺め始めた頃合い、慟哭する暗雲はその姿を現し、城塞都市ミュールズに差し迫っていく。



「あ、因みにミュールズには空魚って売ってたりするのか?」


「……空魚? この時期には売ってないと思うけど、なぜ?」


 けれど約束は——彼の胸の中に、しかと刻まれているのだろう。


 ——。

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