第31話 戯れに戯れて。5/5
そして冒頭の話の寸前。馬車の車内から視点を変えて、森の只中に【棺】と共に投げ出されたイミトはと言えば——、
「——……あのド腐れ女ぁっ‼」
黒い【棺】を内側から数多の武器を生み出して突き破り、盛大に怒りを世界にぶちまけていた。
「虐待する毒親みたいな事を言いやがって」
「お受験控えた子供かよ……くそが……」
バキバキと膨れ上がり歪んだ【棺】から這い出し、それだけで疲労困憊と嘆くように息を切らすイミト。黒い棺は壊れた為か、或いはクレアが魔力を解いた為か黒い煙へと回帰し、消えてゆく。
「とにもかくにも、まだ魔力感知内にクレアの気配は感じる——感覚感知自体は五キロ以上だけど、魔力感知の外に出ると力が使えなくなるからな……」
しかし、疲労やそれらに気を配っている余裕はなく端的に状況を声にして整理して立ち上がった矢先、そんな不穏を象徴するようにガサリと風によるものでは無い音が風に混じり、気配を肌に運ぶ。
「——……早速か。取り敢えず追いかけながら追いかけられるか」
今までになく真剣な声色で、思考回路を切り替えて掌に魔力の渦を生み出して創り出すのは黒い槍。膨れ上がるイミトの戦闘態勢の雰囲気は、落ちてくる木の葉を逃げ出させるような威圧感を帯び始めていて。
「監視役はセティスだな。こりゃ助けも期待できな——」
眼で見るのでなく肌で感じる気配の中——、さらに深く周囲の状況を整理し始めたイミトだったが、その最中、異変を察知し声を殺した。
「——馬車が止まってるな。カトレアさん辺りが騒ぎを聞きつけたか‼」
それは馬車の気配、否——静止したままのクレアの気配。イミトが投げ出された直後にマリルティアンジュ姫が上げた叫び声により、御者台で馬を操っていたカトレアが馬を止めた際の時間である。
イミトは、考えると同時に動く。
「今なら——……見えた‼ 腐れクレアが——‼」
恐らくは己が勝利条件を満たす最初の隙に違いない。そんな
だが——、
「あ、ちっ‼ 走り出しやがった。しかも——速い‼」
不思議な力で宙に浮いたままだった漆黒の馬車は、イミトがそこに近付いた瞬間、嫌がらせの如く森の頭上——斜め上へと駆け出していく。
「くそ……あのサディスティック・マスコット……」
すんでの所で届かない苛立ちに歯を噛むイミト。けれどその言葉だけは
『良い度胸だな、貴様。我をマスコット扱いするなと、さんざ言っておるだろうが』
「いいっ⁉ ヤベ……」
——魂の繋がる二人。
意図的に感覚を共有し、心の内で会話もすることの出来るメリットでもある特技が負のデメリットとして働いた瞬間である。
『やはり生半可な優しさはいかんな。ここで貴様の性根を
脳の奧に叩きこまれる感情は、酷く落ち着いた無機質とも思える言語であったものの、額に血管を浮き出させながら不敵に笑う彼女の顔が目に浮かぶようでもあって——、
『【デス・ナイトメア】』
「おいおい……待て待て。なんだそりゃ……」
死の不吉を象徴するような首から上が無い首切れ馬が引く馬車が飛び立っていった方向から、三つの黒い
『先の村人共の死体を幾つか取り込んで核とし、我が魔力を
不気味と呼んでも差し支えない鎧を纏う人骨の怪物——、眼底に赤く光る眼とは思えぬ光の
「この……ハイスペック・マスコットが‼」
『行け、アンデットナイト‼ その阿呆を何処までも追い、討ち取って参れ‼』
突如として目の前に現れた不穏に咄嗟に黒い槍を構えるイミトの苛立ちは如何ばかりか、或いはイミトの脳裏で配下の死霊騎士に号令を掛けたクレアの
「「「オオオオオ‼」」」
「どう考えても、倫理規定違反だろうがぁ‼」
始まった二人のデュラハンの闘争に、周囲の森は怯えたように轟々と木々風を鳴らす。
***
そして、ようやく時は冒頭に戻りて——、
「はぁ……はぁ……ここが嘆きの峡谷か。草を馬車の車輪が踏んだ跡……崖を降りて谷の底を進んでるらしい」
森に潜む魔物や、クレアの解き放った死霊騎士が張り巡らせる死線を
「……美味いな。リンゴに似た禁断の果実かよ」
峡谷の谷底に
その赤の向こう、歯型に
果樹の根や葉から蓄えられた甘い液体が溢れる最中、イミトはその中身を
彼は肩に担いでいた槍を振り回すのである。
「三時のおやつは——アップルパイだ、なっ‼」
背後の茂みから喧騒慌ただしく木の葉を散らし、飛び出した死霊騎士の一体の兜を被る頭蓋を側面からカチ割る一振り。
更にイミトは槍の矛先が死霊騎士の
それは鎧を砕き、死霊騎士の心臓なのだろう赤い結晶をも砕く強烈な一撃であった。
「あー、しつこかった。ようやく三匹、倒し終えた……はぁー」
そうして見計らったように空から落ちてくる赤い果実を再び
——戦いの終わり。
だが、それは——ひと区切りでしかなく、
「ピギュウゥ……」
「それで——、お次は魔物と愉快な仲間たちなのねっ、と……」
新たな戦いの始まりが森の茂みの奧で
森は、まだ見ぬ魔物で満ち満ちて。
やがて小休止を終えたイミトは、そんな魔物の息遣いを嫌い、嘆きの峡谷に身投げをするのである。
「とりあえず、アイツらが崖を降りた分、距離は近づいてる。ここから一気に遅れを取り戻したい所だ」
断崖の向こうに足取り軽く飛び出して、赤い果実を
するとそんなイミトの奇行に対し、
「——イミト。大丈夫?」
空を飛ぶ奇妙な箒に跨った覆面の魔女は堕ちゆく彼に並走し、語り掛ける。
「ああ、セティス。飛び降り自殺を心配して追い掛けてきたのか」
「——この高さ、普通なら死ぬけど」
何処までも下に続いて居そうな暗く深い峡谷、素知らぬ顔で堕ちゆくイミトとセティスは世界の常識を問うように気の長い会話を交わした。
無機質でありながら疑問調のセティスは、なんなら救ってやろうかと手を差し出すが、対するイミトは不要と言葉を返す。
——彼には、不思議な特技があった。
「問題ねぇよ。【デス・ゾーン】‼」
死と慣れ親しんだ遊びを交わすように両手を広げて見の内から溢れ出させる赤い魔力。自らを中心点に空間を薄赤い球で包むと、イミトの落下速度は遅延し——ふわりとその場に浮いたような格好。そこからイミトは断崖の壁に槍を盛大に深く突き立てて、鉄棒遊びをするが如く
「……な?」
その時の彼の表情は不敵で得意げで可愛げが無かったと覆面の魔女セティスは語るであろう。
「そう。心配して損した。じゃあまた、遠くから見てる」
「おう、昼前には合流すると思うから」
なんとなく苛立った覆面の魔女が去っていく最中、見送りの言葉を投げかけるイミト。嘆きの峡谷の谷底は間近、イミトの旅は始まったばかりである。
そして——再び始まるのだ。
彼や彼女らを取り巻く因果が導く人生の一幕が上がるのだ。
その先の未来を未だ知らぬまま、
——。
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