第31話 戯れに戯れて。4/5
「勝負をしようでは無いかイミト。話は簡単だ、ここより先……嘆きの峡谷にて我らは貴様を置いてゆく」
「馬車に追い付けば貴様に相応の実力があると認め、貴様とセティスの二人で姫と共に和平調印式に潜入する事を許可しよう」
冒頭の、あんな事態に自身が
そしてその先、それについての対策の幾つもの分岐を。
「追い付けなかったらセティスに任せて街見物もお預けか……まぁ、御者台で席を外してもらってるカトレアさんを安心させる為にも、どのみち証明はしなきゃいけないしな」
意表を突かれたのも
しかし——、しかし。
「嘆きの峡谷は魔物が頻繁に出現する
「……修行編パートなんざ流行らねぇってのに、古風なもんだな」
「では決まりだな。貴様の大好きな実験とやらも兼ねておるから存分に楽しんでくると良い」
「——は? まだ嘆きの峡谷は先だろ」
クレア・デュラニウスは彼が、
——短い付き合いとはいえ、魂が繋がる片割れ同士。
「って、まさか……おい」
故にイミトも勘づくのだ、クレアが自分の性分を知っていて——、手入れのされていない歪な森の中を苦もなく駆ける馬車内で起こり
けれど——クレア・デュラニウスの魔力そのものでもある白黒の髪は、いつの間にかイミトの足から腰に掛けて絡みついていた。
クレアにも、不思議な特技があったのだ。
「安心せよ。落下時に負傷はせぬようにしてやる」
「おい、ちょっと待て‼ 心の準備が——」
「クレアぁぁ‼」
「——まぁ、貴様を信じておるから試すのだ。くくくっ」
魔力による物質の創生。イミトの体に巻き付いた白黒の髪は、やがて【箱】になる。
或いは——【棺】といっても良いだろう。
「え、ちょっと待ってくださいなのですよ、クレア様⁉」
そうしている内、イミトより遅ればせながら馬車内の他の一同も状況を察し、イミトを挟んでの向こう側に居たデュエラが慌てて顔を覗かせる。
だが——その刹那、馬車内に止めどなく入り始めた空気。
イミトの座っていた背後の内壁が突如として消え失せ、倒れるように【棺】が外に落ちていく。聞こえたのは風切り音と地面に叩きつけられる【棺】の断末魔。
そして——、
「きゃあああ‼」
マリルティアンジュ姫の口に手を当てても尚、解き放たれる甲高い悲鳴。
姫にとっては、あまりに衝撃的で仲間を馬車から放り捨てるなど信じ難い光景が繰り広げられれば、それも無理からぬ話。にわかに信じ難い出来事だったのは、姫らよりも古参の付き合いである彼女もそうであったのだから。
「クレア様‼ い、イミト様は、本当に大丈夫なのですますか?」
デュエラ・マール・メデュニカ。クレアの魔力によって再構築されていく壁から外に顔を覗かせ、黒い顔布をはためかせた彼女も、外に転がっていった【棺】の中のイミトの身を案じて声色を荒げて尋ねた。
「問題なかろう。これまでに見せておる実力なら死にはせんよ」
しかし、一仕事終えたような落ち着きぶりのクレアが瞼を閉じて答えを返す頃には、元々がクレアの魔力で創られていた馬車の壁も元通りなのである。
そして——冷静なのはクレアだけでは無い。
「だが一応、念のためにセティス。貴様がイミトの監視をして参れ。言っておくが、奴が本当に窮地になるまで手を貸すでないぞ」
「——了解。どうやらこれは……私への試練でもあるよう」
信用の差か、或いは性分の差か。クレアの指示に即座に理解を示し、傍らに置いていた
イミト同様にクレアに馬車から叩き落とされるその前に、彼女の足が向かったのは正式な馬車の出入り口である。あたかもこれから起きる未来を予期し、事前に防ごうとする動きであった。
故にクレアは未来を変える。
「ふん、そうではない、デュエラでは奴を甘やかしかねんというだけの話だ」
「わ、ワタクシサマは別にそんな事はしないのですよ、クレア様‼ ワタクシサマもイミト様の戦いぶりを見たいのです‼」
そんなクレアの言動に心外だと漏らすデュエラではあったが、
「「……」」
セティスの覆面に供えられたガラスの眼とクレアの
そうしている内、騒ぎを聞きつけた馬車が足を止め、車内が少し揺れた。
「姫‼ 今の悲鳴は⁉ 何かありましたか⁉」
「「「……」」」
そして御者台へと続く扉を慌てて開き、その場に現れたのはカトレア・バーニディッシュ。
「……デュエラ。カトレアの代わりに御者台に行くぞ。説明は姫に任せよ」
一方、つんざかれた空気に雰囲気を乱されて、クレアは
「え、あの……は、はいなのです‼」
デュエラも、外に投げ捨てられたイミトに残心しつつクレアの指示には素直に従い、頭部のみの彼女をふくよかな胸下に沈み込ませて。
「ではセティス、任せた」
「うん。行ってくる」
そしてセティスも相も変らぬセティスな様子で馬車が止まった隙に外へと続く扉を押し開き、片手に握る箒と共にクレアへと
やがて場に残されたのは
「えっと……あの、イミト殿が
「それがカトレア……実は……——」
こうして、えも言われぬ余韻が流れる車内の片隅で、仕方なしと馬車内での一幕は終わりを告げて時は流れていくのである。
——。
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