第26話 廃の隠村。2/5


「ナイス偵察。助かった、お前も中で休んどいてくれ」

「分かった。姫様の護衛もする」


 そしてイミトの返事を受け、箒から飛び降り、森の中から採ってきたという卵を二個ほどイミトに手渡した彼女はイミトと同様に握った拳の親指を立てながら、覆面のガラスの瞳越しにカトレアとマリルデュアンジェに視線を送って。


「……かたじけない。ご配慮、感謝する」


「えっと……姫様——何はともあれ、確かに今は中で休まれる方が安全かと思われますが如何いたしますか?」


 するとカトレアはセティスに感謝の意を示すべく少し頭を下げ、それからバツが悪そうに姫に視線を移して伺いを立てた。


 それに対しマリルデュアンジェ姫は、

「はい……行きます……」


 顔を紅潮させたまま、気恥ずかしくも頷いてチラリ横目にイミトを眺めつつ気恥ずかしそうにプレハブ小屋に歩き出す。


 その視線に気づいたイミトは、察しているから安心しろよと言わんばかりに両肩を少し筋肉のみで持ち上げるように動かし、自身が作ったプレハブ小屋のような建物に背を向けて、ついでに通り道の台座に鎮座していたクレアに鎧の左腕を差し出す。



 ——場所移動の合図。

 その意味を理解したクレアはイミトの掌の上に移動し、文句も言わずに抱えられた。


「——さて、と……じゃあクレア。話でもするか」


 それはイミトが姫を休憩させるのとは別の意味合いを感じ取っていたから。


「なるほど、それで人払いか……先に話題に出ておった兎の名前の話と見るが」


 人払い。内密の話。現段階ではカトレアやマリルティアンジュどころかセティスにすら語るべきではないかもしれない案件。



「とは言っても、その話は直ぐに終わるんだ。そうなった時の、これからの作戦を詰めときたくてな」


「そうなった時? 作戦だと?」


 イミトは語る。自身の胸に抱いて居る不穏と因果を。


 未だ、何事かと眉根を寄せるクレアを尻目に遠い、遠い世界を眺めながら——


「ああ。カトレアと結合したあの兎の魔物、ハイリ・クプ・ラピニカは——」

「俺と同じ、異世界から来た転生者かも知れねぇんだよ」


 「——なんだ、と……」


 思い浮かんだ妄想が、現実ではない事を願いながら。


 ——。


 そして時は流れ、彼らは話を重ね終える。


 積み上げた問答。最初こそ神妙ではあったのだが、

 彼らは今——否、クレアは今、



「と、とにかく‼ 貴様の言い分は解った。万が一の時は我がそのように立ち振る舞えばよいのだな‼」


 話を急ぎ終わらせようと糞にすら染まらなかった頬を赤らめてイミトから全力で顔を逸らそうとしていた。


「ああ……くくっ、まぁそういう事だ。いや、ホント……お前って面白い奴だよな」

 「笑うではないわ‼ この馬鹿者が‼」


 一方のイミトの方はといえば、こらえ切れぬ悪童のいななきを漏らしながら、清々しく笑っていて。どうやら理路整然と結論に向けて語った根拠の中に、クレアの心情を激しく揺さぶる文言があったようで、しかし今は敢えてそれを描写しない。



 何故ならば、それよりも先に語るべき事、

「——イミト様、クレア様ぁ‼ 大変で御座います、です‼」


「ん。どうしたデュエラ、何かあったのか」


 セティスと同様に周辺を駆け回り、調査をしていたデュエラが天高く慌てて飛び降りてきたからである。



「はい、なのです‼ えっと、まず何から言えば——」


 膝を地面に着いた着地と同時に俯いていた顔を上げ、切実に緊急事態を告げるデュエラ。


「落ち着け。顔布がずれておるぞ」


 そんなデュエラを落ち着かせようと、えて彼女のトラウマをえぐるクレアである。



「え、ホントで御座いますか⁉ 直ぐに直すのです、ます‼」

「——で、何があったんだ? ヤバい魔物でも居たか?」


「いえ、魔物では無くて、その……倒れてる人の姿を見掛けて、その先には村があったので御座います——」


 クレアの目論見通り、デュエラは顔を覆う布を整えることを優先させ、イミトからの再質問を片手間に答える。事態の深刻さに血が昂って興奮した彼女より幾許かは分かり易い肩の力の抜けた報告。



「へぇ……こんな場所にっていうか地図や他の連中の話じゃ、この辺に村があるとか聞いて無かったな」


 それを受け、イミトは顎に手を当てた。脳裏から記憶を呼び起こし、朝食の際に新聞代わりに眺めていた地図を思考の土台にしているのだろう。


 だが、イミトが思考から結論を出すより先に、

「ですが——何かあったみたいで、村のヒトサマガタはその——もう……」


 顔布を結び直し終え、冷静さを取り戻したデュエラのバツの悪そうな追加の情報。



「死んでおったか……」

 「……はい。でも魔物に襲われたような様子はなく、村のミナサマの死に方も、その……なんだかオカシイので御座いました」


「——病気か。そのオカシイってのが気になるな」


「いや……デュエラの口振り、我には病とは思えぬな」


 有り余る不吉、有り余る不穏。この眼で見ていない不明瞭な尋常ならざる事態は、それらをみるみると心の内で増大させ、声色を重くしていく。



 しかし、

「どのような死に方ぞ。詳しく語って見よ」


「その……ミナサマ、時間が止まったようにというか……クレア様の【デス・ゾーン】を浴びたままのような形で」


 その会話にて状況は一変した。



「——デス・ゾーン。」

「貴様は二度とその名を口にするでない‼」


「え、え? ご、ゴメンナサイなのです‼」

 「貴様の事でない‼ この阿呆に言っておる‼」


「は、はい‼ ゴメンナサイなのです‼」


 デュエラがクレアとの会話で放った文言を、ニヤリと何か思い出したような笑みで復唱したイミトにクレアの怒声が飛ぶ。何のことか、状況を知らぬデュエラが反射的に謝る態度にも飛び火して。


 デス・ゾーン。どうやらそれが、先程までのイミトとの会話でクレアが捕まれた彼女の心を激しく揺さぶる弱みなのである。


「——コホン。ともかく、その死体を見ぬ事には状況が分からぬ」


 しかしながら、せき払い。思わず取り乱してしまった自らをいさめ、これ以上その話がふくらまないようにイミトやデュエラを牽制けんせいし話を強引に進める。


「そだな。デュエラ、セティスを呼んできてくれ。それから姫の護衛とカトレアさんに状況の説明を任せて良いか?」


 すると上機嫌にイミトもそれを了承し、デュエラへと指示を出す。


「は、はいなのです‼」

 「セティスも連れていくのか。別に要らんと思うが」


 そしてデュエラが指示に頷き、背を向けて走り出せば、そんな彼女を眺めながらクレアはいぶかしげに目線を斜め上のイミトに流し、尋ねる。


「ガスマスクを装着してる毒地帯出身の魔女が必要ない状況なら、それに越した事は無いけどな、一応……念のためだ」


「ふん。そういえばそんな事も言っておったか——貴様のように人の言葉などにイチイチネチネチと気を回しておらんのでな」


「根に持つなよ。俺は——お前が増々、好きになったって言ってんのに」



「……馬鹿者が」



 こうして彼らは、一抹いちまつの不安を抱えながら森の奥にあるいう隠れ里へと向かう事になったのだった。


 ——。

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