第26話 廃の隠村。1/5


 そうしてグリムンドの壁のいただきに至りて、


「よっしゃあ、グルムンドの壁——踏破とうは完了‼」

「【デス・ゾーン‼】」


 壁を容易たやすく平地の如く駆け登った首切れ馬は、馬車と共に勢いよく空を飛んだ。それから落下の最中、黒き円の魔力の波動が球へと変わり、ゆるりと崖の上の平地に降り立つ。


 それはイミトも使える時間と空間を周囲に付与するクレアの特技である。


「着地も無事に完了か……ホント、この馬スゲぇのな」

 「崖の入り口と出口で馬車に気を使えりゃ、もっと評価の高い能力なんだがな、っと」


 未だに鎧をまといつつ兜を脱いだイミトが御者台から地面へと飛び降りると、崖の上の気候は晴れやか、視線の先には緑の森林が見るからに奥深く広がっている。


「だから今回もデスゾーンを使ったであろうが、文句なぞなかろう」

「おーい、お前ら無事か?」


 そんなの景色を横目に、平穏な空気を吸いながらイミトが馬車の昇降口に向かい、扉を開けて中の様子を伺うと、


「「「「……」」」」

 そこには馬車の内部——黒い内装の片隅に一塊になる四人の少女の不格好な姿があった。


「ミキサーの中で掻き回された感じだけど、ジャムにはなって無いな」


 髪は乱れ、服がめくれ、体勢は通常とは言えぬ、絡まっているような倒れ込み具合。


「周辺の安全を確認したら少し休憩にするか。軽く茶でもれてやるよ」

 「いつまで呆けておる。これだから脆弱な人間は」


 しかしイミトやクレアは、そのみっともない惨状を見てみぬフリをし、話を進めた。


「……き、貴殿ら——、一国の姫君の身を預かっている自覚は無いのか」


 すると真っ先にカトレアが不満を漏らす。


「あった上で、きっとこの仕打ち」

「大丈夫ですか、カトレア?」


 そしてセティス、マリルティアンジュと続き、


「顔の布が外れているので御座います‼ 誰か、探して欲しいのですよ‼」


 デュエラに至っては顔を両手で覆い、自身や仲間達への窮地きゅうちを声にした。


「ったく、クレアに任せっきりだから大声じゃ言えないが、確かに先が思いやられる」


 それらを尻目にイミトは歩き出す。

 向かう先は、これまでに駆けてきたアウーリア五跡大平原を見下げられる巨大な岸壁の先。


「そりゃ地獄の門も追って来るってもんか」


 まだ戦いは終わっていなかったのである。


 崖崩れが起きているような岩が壁から引き剥がされる音が崖の上へと近づいて、無数の植物の根のような触手が掴めるものが無いかと空や崖の先を這いずる。


 迫り来る魔物は——地獄の門と称される、一度でも触れた物を地獄へと引きずり込んで逃がさない巨大な怪物。


「ふん。地獄の門……なれば少し試してやろう」

 「噂に聞いた地獄の業火に耐えうる造りを‼」


 崖の上から飛び出すように先ほどの戦いで二つに別たれた壮大な巨躯は、だんざれた切れ目から触手を伸ばし、再び一つに戻ろうとしている。


 だが——その時、炎が灯った。


 クレアの眼前と地獄門のさかいに幾つも描かれる巨大な魔法陣。

 溢れ出した魔力の奔流ほんりゅうが赤くきらめきながら渦を巻き、



 そして——

「焦がれよ‼ 【業炎バスティーバ‼】」

「——⁉」


 まさに燃え盛る炎熱地獄よりきたった噴石の如く、地獄門の巨躯を崖の向こうへと突き飛ばし、彼の者の身を業炎ごうえんたる炎が包むのだ。


 更に、一瞬の静寂。地獄門の身を包んだ炎は彼の者の巨躯の中心に刹那の間合いで凝縮し、改めてと一個の巨大な炎に膨張し、燃え盛る。



 ——二度殺す殺意。


「判決だ——堕ちる最中に、その身を焦がす罪火の熱にあぶられよ、地獄門」


 何かをさせてもらうひまもなく、崖の遥か下に堕ちゆく魔物にクレアは告げる。アウーリア五跡大平原から来る風を浴びながら、冷酷に見下げるように。



 そして——双頭のデュラハンのもう一人、


「……あっつ。あっつ‼ クレア、兜もう一回‼」


「外せというたり、付けろというたり、この程度の熱、微熱であろう。我慢せよ」


「いや、せめて右腕を使わせろ‼ 熱風が防げねぇ、真夏の揚げ物になるわ‼」


 彼はアウーリア五跡大平原から来る風が乗せる熱に軽い口取りで悲鳴を上げた。


 ——。


 地獄門との、あっけない戦いは終わり、改めて崖の上。

 平穏になった広大な景色の中、


「くそ……酷い目にあった、ゼッタイ顔洗ったらヒリヒリする。ていうか、もうしてるし」


 イミトは頬をでながら実に不満げに痛みをなげいていた。


「自分で兜を作ればよかったでは無いか。いつも無駄に色々と作っておるように」


「普段は被り物しないからイメージしにくいんだよ。マスクかバケツくらいしか思い浮かばねぇ」



「それで——イメージしやすいスコップで穴を掘って貴様は何をしておるのだ? また山芋でも掘っておるのか」


 そして魔力で創り出したスコップで小さな穴を掘り、傍らで髪の台座に鎮座するクレアとの会話を交わす。作業に一区切りついて地面に差したスコップを杖代わりにタオルで汗を拭くイミト。


 クレアの問い掛けに彼は考える。


「いや……なんつーか、不要な配慮というか余計な気遣いというか……な」


 なぜ己が穴を掘るのか、その意図する所に繊細さに、丁度いい塩梅あんばいの代替の言葉が見つからず。ヒリヒリと熱に焼かれた頬を掻く。


「? なんだ、申してみよ」

 「カトレアさん。悪いが、ちょっと来てくれ」


 故にイミトは彼女を呼ぶのだ。

 察しの悪いデュラハンのクレアの問いを無視して礼節礼儀に生きる女騎士を。


「?」

「……アヤツの埋葬用の穴か」


「ちげぇよって。アンデットを穴に埋めても這い出てくるだろ」


 そうして何事かと近づいてくるカトレアを他所に、有らぬ誤解を生みだしそうなクレアをなだめすかして何とかその穴について語らぬままにしのぎ切ったイミト。


「なんだ、イミト殿。私に何か用か?」

「穴は、こんなもんで良いか……それで、っと——」


 それから呼び込んだカトレアと付随ふずいしてくるマリルティアンジュが間近に迫ると、イミトは自身が掘った穴の深さを確認し両手を地面に押し当てて魔力を溢れさせたのである。


「なっ——、一瞬で建物を……」


 クレアの作り出した馬車のようにはならないが、そこに作り出したのは長方形のプレハブ小屋のような建物だった。扉があり、吹き抜けの窓もある造り。


 一瞬の内に黒い魔力の煙が形作った建物は夢幻でなく、現実にそこにあるかのような質感でカトレアを驚かせる。


 一方、時を同じくそれを創り出した様を見ていたクレアは呆れていた。



「休憩所だ。中にトイレもある、黒一色で落ち着かねぇだろうけど姫様を中で休ませてやってくれ」


「「……」」


「また無駄に魔力を使いおって……糞などそこらの茂みでやらせれば良かろう」


「お下品に言ってんじゃねぇよ。姫様は糞なんかしないって意地になったらどうするつもりだ。馬車の中とか、いざという時に漏らされるのは御免だぞ」


「だから、わざわざこのように魔力を無駄にせずとも、そこらに茂みは有り余るほどあろうがと言うておるのだ」


 土まみれのスコップを肩に担ぎ、粗雑に生きる男ではあるが不意に魅せつけてくる天性の資質と才能の無駄遣いにクレアはいらつく。それが魂で繋がる自分の魔力を浪費して遊び歩いているように見えているとあれば尚更であった。


「貴殿ら……姫の御前で何という事を……」


 傍目はためでその感情をキッカケとした些細な言い争いを聞いていたカトレアが悩まし気に頭を抱え、マリルティアンジュが顔を赤らめて視線を逸らそうが関係ないと二人はその論争を続けようとしていた。


 だが——、


「——イミト。周辺に魔物の気配はない。それと、鳥の巣を見つけて卵も見つけた」


 崖を登った先の森から一本の箒が乗せてきた少女が空中静止で生まれる風と共に言葉を告げてその場の空気も押し退ける。

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