第21話 謎の強者たち。2/3

 一方その頃、黒い点。


 物語の主人公である男は、遥か遠くに監視の視線がある事を気にも留めず大平原を闊歩かっぽしていた。


「……魔力感知から抜けたか。特に異変も無い。念話が出来なくなったくらいか?」


 露出した左肩に黒い槍を担ぎながら、右腕の重々しい鎧の下の掌を握ったり開いたりと、まるで新しい自分の体の具合を確かめるように動かして。


「いや……弱っていた魔力も完全に使えないな。あらかじめ作ってる槍には変わりないが五キロくらいならこの程度で済むのか、それとも——か」


 そして、これまで歩いてきた道を振り返り、独り言をつらつらと並べ立て、空に想いをせる。


 ——うたうは自由か。退屈に対する飢餓きがか。


 男の正しき名は、相馬意味人。


 そして、この世界で名乗る名はイミト・デュラニウスである。


 かつて存在していた世界で死を体験し、意図せずに違う世界、違う国へと生まれ変わったに等しい奇跡に遭遇し、ひょんな事から魂の繋がってしまったデュラハンのクレアと共に新たな生を生きる事に決めた男。


「でも、まぁ多分——身体能力は強化されたままだな。強化っつーか改造に近いからかね。うん、異常は無い」


 平原に吹く風は優しくも虚しく、彼の心を撫でる。気分を一新し、空から改めて平原の景色に視界を映す。


 それから周囲の平原にも異常が無い事を確認したイミトは、


「もう少し色々調べてみたいけど、ここまでか。カトレアさんを待たせるのも悪いしリスクが高い。何より、これ以上はクレアの機嫌がヤバい。もう悪いっちゃ悪いが」


 今度は別の意味合いで来た道を振り返り、首の骨を鳴らした。今回の距離を取る実験に際し、イミトはクレアと口喧嘩をした事を思い出したのである。


「その前に……言葉を前の世界の奴に戻して、クレアのバーカ。高飛車、高慢ちきのへそ曲がりー」


 思い出されるのは数十分ほど前の美しい髪を荒立たせ、眉根にシワを寄せる最悪なクレアの機嫌。魂で繋がるクレアとイミトの体は出会ってから数日、そこまで互いに離れることは多くなかった。


 故に、如何ほどの距離なら二人が離れても良いのか好奇心を抱いたイミトに対し、何が起こるか分からないからと慎重な姿勢のクレアは反対の意志を示す。


 そうして互いに罵声ばせいを飛び交わせた結果、現状のようにクレアが魔力を感知できる距離、おおよそ五キロ程度で試すという結果に落ち着いたのであった。


 しかしながら、罵声や怒声で生まれた関係のシコリはそう簡単に散歩した程度では晴れやしない。


「よし。聞こえてな、——い?」

 そう言わんばかりにイミトが以前に生きていた世界で使っていた言語で聞こえぬはずの罵詈雑言の陰口を並べ立てた矢先の事。


 遠くに居たはずのクレアがデュエラに抱えられ、猛烈な勢いで近づいてくることにイミトは気付く。


「やべ……聞こえたか? ん?」

 と同時に、彼は別の事にも気付いたのだ。或いは、気配を感じたというべきか。

『グルルルル……』



「——あら。素敵な毛並みのトカゲさん」


 背後、気配のした方向に振り返り、イミトは理解する。そして安堵した。


 ——自分の陰口がクレアに届いた訳では無かったのだ、と。



「丁度いい——相手、してくれよ」


 唸り声を漏らしながら唐突に背後に現れた岩のようなうろこを逆立たせる爬虫類はちゅうるいの巨躯。

 イミトは左肩に担いでいた黒い槍でを描くように右手に持ち変え、腰を沈めて槍を構えて、ほくそ笑む。


 それが恐らく——現れた爬虫類の魔物との決闘の暗黙の合図だったのだろう。


『ブラァアアアアアア‼』

 まず威嚇めいた叫び声を上げたのは岩のような鱗を殊更に逆立てた爬虫類の魔物であった。草原の草花をかき鳴らしながら如何にも重そうな四つ足で地響きを響かせイミトへと向かい、刺々とげとげしい牙の生える口を開きながらの突進。


 すると、対するイミトは横に跳んだ。


「脚力は——上々。なら、俺も突進っと」


 爬虫類の魔物の強烈な突進をサラリとかわし、意趣いしゅ返しの如く槍を地面と水平に構えて軸足と共に踏み足に力を込める。



『プシャアアアアアア⁉』

 突進を終えた爬虫類の魔物は躱したイミトを追うべく歩幅を変えながらの方向転換。


 しかし、咆哮の矢先——イミトは直ぐそこにまで迫っていて。


 小回りの利かない巨躯は、イミトの槍の矛先を避ける事が出来なかったようだ。

 黒い槍は丁度、岩のような鱗と地肌のつなぎ目に突き刺さる。


「おお⁉ 思った以上に——」

 硬いものだとばかり思っていたのだ。


「突き刺さったー‼」

 けれど鋭い槍の矛先は、その付きつけられた突進の勢いも相まって、泥の沼に空気入りの逆さバケツを押し入れるような感覚で槍の柄を想定以上に飲み込んで行く。



 一見すると、致命傷のようにも見えた。


 だが——槍の突き刺さった爬虫類の魔物は体をひねり、槍を持っていたイミトの体を巻き込みながら転がろうとしていて。


「あっぶねェ……なぁ‼」


 あのまま槍から手を離さねば、イミトは転がる爬虫類の魔物の悶絶に巻き込まれし潰されて居たかもしれない。そんな危機感に煽られながら、もだえ暴れる爬虫類の魔物から距離を取るべく後方に飛び退いたイミト。


 しかし着地と同時に、突き刺さった槍に気を取られる魔物の姿に、これが千載一遇の機会かもしれないとも思ったのである。


「脚力も強化されたままなら——腕力も大丈夫だろぉと!」


 ご生憎の武器を奪われた手持ち無沙汰、一気呵成いっきかせいに暴れ回る尻尾を捕まえて抱きしめる。


 そこからは力比べであった。


『——⁉』


 爬虫類の魔物の尾を引き、やがて足を軸に魔物の体を草原に引きずりながら回転を始め——遠心力で勢いが付いてきたところで尾を掴んでいた両手を離す。


 魔物は、空を舞った。


「よっしゃーオラァア……いぃ⁉」


 このまま行けば、高い空から落下し自重で相当の衝撃を魔物に喰らわせられるとイミトは未来予想図を描いていた。


 魔物が、空中で体をひねり、態勢を取り戻すさまを見るまでは——。


 更に魔物はあごが外れたかと見紛みまごう程に大口を開き、イミトに視界に喉の奥の暗がりを魅せつける。



 ——感じたのだ。爬虫類の魔物の体内で、魔力と呼ばれる力が膨れ上がる気配を。


「炎を吐く気かよ⁉ どんな内臓だ」


 そして目撃する。徐々に明るくなる喉の奥で滾る赤い光源を。


『ブボロラァアアアア‼』

 爬虫類の魔物は唸り声を上げなら炎の球を、魔物を投げ飛ばしたせいで未だ若干に体勢が崩れたままのイミトに目掛けて吐き捨てた。



 だが——近づいてくる影があり、イミトはわらう。


「魔力圏内——俺は、料理が趣味でね」


 空中の魔物とイミトとの間に突如現れる黒い壁。その壁に魔物が吐いた炎は衝突し、左右に別たれて草原を焼いた。


「——生憎、炙れもしない炎なんて、そんなに怖くないんだ」


 草原に似つかわしくない黒い壁は、イミトが魔力で作ったものである。熱を一切通さない不便にして便利な物質創生によるもの。


 それがイミトの力であり——

『だから我は反対だったのだ! この馬鹿者が‼』


 ——彼と魂が繋がってしまったクレア・デュラニウスが元々に持っていた、デュラハンの特技と言うべき力でもあった。


「そう怒るなよ、狂気じみた挑戦と試行錯誤は人類の必需品だろ?」

『たわけ‼ 奴のは見つけておろうな‼』


「ああ。俺の魔力感知は正常に働いてたんでな」


 脳内に響き渡る魂同士の会話、にも関わらず片耳の穴に人差し指を突っ込むイミト。


「これから、さばいてやる所——だ‼」


 そしてドスドスと近づいてくる地響きに、炎を防いだ黒い壁から草原へと彼は再び走り出す。直ぐそこに迫っていた爬虫類の魔物もイミトに気付き、首を動かして。

 またも炎が吐かれようとしていた——


貧民圧殺スラム・アサシネイト‼』


 故に再びの目暗ましというようにイミトが次に物体創生で作り出したのは、トゲの付いた黒い鉄球である。球体に生えた太いトゲは創り出されると同時に地に堕ちて地面へと引っ掛かったように沈んだ。


 弾かれる炎、

「よっと……次!」


 イミトは地に刺さったトゲとは別の棘を足場に球体の上へと身を乗り上げ、爬虫類の魔物を見下げる。その最中、鎧の腕に渦巻く黒いモヤが形作るのは、爬虫類の魔物の背中付近に未だ突き刺さっている槍と全く同じもの。


「せっかくの美声なのに喉が焼けるから連射はおススメしないぞ。オラよ!」


 黒い球体に乗り上げたイミトは、すぐに魔物が炎を吐こうとしている事に気付き、その大口に槍を投げつける。


 すると、物の見事に槍の矛先は魔物の喉の奧を詰まらせて。


『グギェア⁉』

 そして悲鳴を漏らして首を振り、槍を外そうとする魔物の前に降り立ち、喉を詰まらせる原因だった槍の柄を捕まえたイミトは——、


「よっこらせぃぃぃっと——千年負債サウザンド・デビットバージョン——‼」


 まるで、てこの原理を用いるように槍を歪ませて魔物の巨躯を筋骨隆々に持ち上げた。

 ——戦いの、終結である。

秒位利息セコンド・インタレスト‼』

『ブラボロアァアアアア⁉』


 如何に硬い岩のような鱗で覆われようと、中身は柔軟な肉の塊。


 そう言わんばかりに喉を突いていた槍の柄から刃が突起し、魔物の体内からもナイフのような薄い刃物が僅かに飛び出して——身をえぐり裂くように槍の柄を軸に回転を始める。


 そしてイミトは、血飛沫を噴く魔物の体を地面へと背負い投げるように叩きつけた。


「ふぅ……思ったより振動が大きくて扱いが難しいな、これ。消費も激しいし、ボツ技にしとくか」


 今にも死に絶えそうな痙攣けいれんする体内から微塵みじん切りにされた魔物を見下げ、魔物の口から引き抜いた凶悪な刃の群れを眺めながら息を吐く。


 ——戦いの終わり。イミトは凶悪な武器を黒い魔力の煙に戻し、改めて魔物の様子を眺める。


 その時であった。

「イミト様——ごめんなさい‼」


 唐突に、まだ聞こえるはずも無いと思っていた声が耳を突いて。

 その意味を知るべく、思考の間もなくイミトは反射的に振り返ろうとした。


 だが——、見えたのは迫りくるあしあしあし


「んあ——? ぐばふ⁉」

「この痴れ者がぁ!!」


 デュエラの足蹴りであった。クレアの怒声を衝撃の走る顔面で受けながらイミトは平原を二度か三度か数える暇もない勢いで転がって。


 そして——慌てて起き上がる。


「はぁ⁉ あの距離を何秒で走ってきたんだ、お前ら!」

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