虚構編
第21話 謎の強者たち。1/3
かつて繁栄栄華を極め——、一瞬の時代の
「よい天気であるな。デュエラよ」
体を奪われ、頭だけのデュラハンであるクレア・デュラニウスは抱えられる腕から空を眺めてそう呟いた。
颯爽と草原の草花を揺らしながらその姿を感じさせる風。
蒼色の天井では白い雲を細々と運んで清々しく。
けれど、
「……はい、なのです」
クレアの頭部を抱えるデュエラ・マール・メデュニカは曇った面持ちで気分を重く沈めて言葉を返す。傍らに堕ちているのは、石で作られた
「いつまでも落ち込むな。さして気にする事ではあるまい、そこいらの鳥を石に変えてしまったくらい。貴様の呪い如きに耐性の無い雑魚が悪いのだ」
デュエラ・マール・メデュニカは目の合った者を石に変えてしまう呪いを持つメデューサ族の少女である。傍らで時を止められた鳥の姿こそが、彼女の金色の瞳に魅入り、呪われた証。
業を重ねた一族の呪いに気落ちするデュエラを気遣い、クレアが彼女なりに冷ややかに投げかける励ましの言葉を受けても尚、デュエラの面持ちは晴れない。
「ですが、これが他の方々であったらと思うと」
彼女らには、旅を共にする仲間がいた。
「ワタクシサマは皆様方のお邪魔になるのは嫌なので御座います」
「ふむ。確かに、これからの件……貴様にあまり関係せぬ事柄が多いのは確かよ」
「……」
虚しく生命の風吹く平原の只中に彼女らを置き去りに、行動している仲間がいる。
「しかし、だ。少なくとも我や、あの阿呆は貴様の事を幾分か信頼しておる。我の頭を預けているのだ。そのくらいは察しておくべきであろうが」
「クレア様……」
クレア・デュラニウスはその者を『阿呆』と言った。それは、さもすればデュエラを元気づける為のお茶ら気だったのかもしれない。
或いは——、
「……だが、今こそ引き返す時であるのかもしれんな」
自らが辿り着くであろう愚かな未来を共にする事を評したものか。
「デュエラ。貴様には言っておかなければならん事が——ちっ」
少し考え込み息を吐いたクレアは、デュエラに選ぶべき道を
「——クレア殿。多忙の所すまない、今お時間は大丈夫だろうか」
背後に立ったのは銀の鎧を纏う女の騎士であった。彼女は彼女らの仲間、ではない。
名は、カトレア・バーニディッシュ。
以前は金色であったポニーテールの髪は白に染まり、肌は少し褐色に色を変えて額に小さな角を生やす騎士。昨日まで生きていた女騎士は日を
「……構わぬ。が、後ろを振り返って暫し待て。デュエラが顔布を付け直す故」
そんな彼女の到来に怪訝な様子で慌てる太腿に身を委ね、瞼を閉じたクレア。
「っ! す、すまない。デュエラ殿はメデューサ族の者であったな、配慮が足らなかった」
静寂な雰囲気ではあったが、カトレアの党所によってクレアの放つ威圧感は強烈な敵意をカトレアに感じさせ、同時にクレアの仲間であるデュエラの事情を思い出させる。
「こ、こちらこそスミマセン、なのです。急いで付けますから‼」
「慌てるでない。慌てて結んだ結び目が緩ければ、不意の事で外れてしまうかもしれんからな。気を付けよ」
「は、はい……なのです、ます」
目の合った他者を石へと変える呪い。仲間であるデュラハンのクレアやもう一人の阿呆には効果が及ばないが、カトレアは違う。デュエラは普段、他の生物と目を合わさぬようにクレアが魔力を使って作った顔を覆い隠す布を身に着けていて。
慌てて視線を逸らして背を向け合ったデュエラとカトレア。
クレアは、うんざりした様子でデュエラの太ももの揺れの中で息を吐く。
「それで、話とはなんだ。カトレア」
そして、そろそろデュエラが顔布を固く結び直す頃合い、クレアはカトレアが歩み寄ってきた用件を尋ねた。
すると、
「ああ……これからのことを相談いたしたく、お時間を頂ければ、と」
「イミト殿はどちらへ?」
カトレアはクレアの答えに少しだけ横顔を背後に向けて、それからイミトという名の阿呆の姿がこの場に無い事を不可思議に思っていると伝え、イミトという阿呆も自分たちの今後の相談に必要だと暗に示した。
イミト——この物語の主人公である。
更には——、
「あの阿呆は、向こうに歩いて行っておる。もう暫しは帰ってこないだろう」
クレア・デュラニウスの不機嫌の一番の原因でもあり、
「だが、今の貴様如きならば体が無くても問題ない。まぁその腰の剣を抜けば、の話であるがな。そこから下手に動くなよ」
今ここに居ない彼は不可思議な事にクレアの奪われた体の代わりでもある。
背後のカトレアに意識を向けながら、クレアが八つ当たりのように無機質に告げたのは、すり替えた怒りの理由。
けれど無論、それも
「あ、これは……重ねて申し訳ない。
そんなクレアが告げた指摘に動揺したのか、カトレアの腰にぶら下がる鞘に納められた剣がカトレアの纏う鎧とぶつかり音を立てる。
慌てて剣を腰のベルトから鞘ごと引き抜こうとするカトレア。
「話し合いに来るものが腰に剣をぶら下げるなど、ふざけおって」
「——っ。返す言葉も無いです。剣を置いて出直します、改めて謝罪をさせて欲しい」
クレアの今度は
そんな謝意に対し、首の無いクレアは、
「……良い。あの阿呆にも、寛大な振る舞いをするべきと言われておる」
如何にも最初から振り向く気の無いように無機質に言葉を並べ尊大に視界の先を見つめるのである。顔布を結び直したデュエラの太ももが、まるで王座であるようであった。
そして——
「デュエラ。そろそろ奴が我の魔力感知の外に出る、
「は、はい!」
彼女らはカトレアの謝罪を他所に、本来そこに居た目的を果たすべく行動を開始する。両手にクレアの頭部を抱えて立ち上がるデュエラ、穏やかな大平原に一転して
「……何か居るので? 私が戦う必要は」
その二人の気配の変化に、尋常ならざるものを感じるカトレアも立ち上がり、一度は置いた剣を拾うか否かを
すると、クレアは断じ——そして語る。
「——無い。あの阿呆と我がどのくらい離れて良いかの実験をしているだけだ」
「デュエラ。何か異変があったらすぐに向かうのだぞ」
クレアの奪われた体の代わりをしている阿呆の行方とその目的を、片手間に。
「は、はいなのです‼ イミト様の姿は見えているのですよ」
「この距離で……見えているのか……?」
会話の中から読み取れる——にわかには信じ難いデュエラの視力に疑念を生じさせるカトレアを尻目に、迷うことなく顔布越しに向けられている視線の先には——常人には草原の雑草に浮かぶ黒い点にしか見えない物体があって。
「魔力感知を抜けた——デュエラ、イミトの様子は? 何か異変は見て取れるか?」
「うーん、イミト様は……まだ何事もなく歩いているようなのです!」
彼女らは大平原にて起こり得る様々な事柄に警戒を寄せて息を飲む。
——。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます