第21話 謎の強者たち。3/3

 魔物との戦闘開始から、そう時間は経っておらず自分がクレア達が居た所から徒歩で数十分は要した距離はあったはず。


 足蹴にされた頬の痛みを掌で押さえながら、別の意味の衝撃に戸惑うイミトである。


 だが——、

「知るか馬鹿者! 魔物が出たら退避という約束であっただろうが!」


 「いや、一匹だったし動きもにぶかったからよ」


 イミトの問いはクレアの怒りに掻き消され、クレアは自身の美しい黒髪を手足の如く操ってイミトの胸ぐらを掴み、彼の肢体を無理矢理に持ち上げてイミトの不義を揺さぶった。


 そして——、

「無能か貴様は! プルリザードは下手に倒せば分裂して自爆するのだ」

「は——?」


 クレアは、なぜ自分たちが急ぎ——こんなにも怒りを露にしているのかを端的に言葉にし、イミトに背後を振り向かせる。


 そこには——爬虫類の魔物プルリザードのがあった。


『ピシャアー‼』

 けれど——まるで水面に石を落とし、弾けた雫のように空中に四散する小石。膨れ上がった魔物の肢体が、より多くの物を巻き込み、道連れに出来る事を願いながら弾け飛んで。


 ——世に広がる光景は如何いかにも、爆嵐ばくらんの前の静寂のようであって。空中に飛び散ったつぶてがそれぞれに【赤】を帯び始める。


「デュエラ、我をイミトへ放れ!」

「は、はい‼」


 「なら先に言ってくれよ……ったく」


 だが、刹那の間合い。以心伝心の様相で交わされた会話の後、イミトの鎧の左腕がデュエラの両手から放たれたクレアの頭部を器用に受け取って。


『【デス・ゾーン‼】』

「全く……世話が焼ける」


 と同時に刮目かつもくしたクレアは周囲の空間を、魔力を解き放って薄い黒で染め上げる。


 ——まるで、時が止まったかのようであった。


 浮遊するつぶてが赤く火照ほてる速度がゆるり、そのまま地面に落下する訳でもない。そうしている内に、クレアは兜を——イミトは鎧を魔力で作り出し、身に纏う。


 更に、イミトの右手に現れる黒い渦が瞬時に形作ったのは、一本の大剣であった。


「【剛腕旋風ギュアグルフ竜巻マキアーデ‼】」

「おお……⁉ 目が回る⁉」


 言葉の通り——、一刀を起点として振り回した大剣は遠心力を引き起こしてイミトの体を軸に風を巻き起こし始め——やがて、


「散れ——塵芥ちりあくたどもが」


 強烈な風は竜巻へと渦巻いて、周囲に散乱していた赤く弾けようとしていた魔物の礫を巻き込みながら平原へと解き放たれる。


 ——空中で次々と、赤い炎が弾けて消えた。


「かっこいいな……デュエラが一緒に飛んでなきゃ、だが」

 「あ……いや、想定済みだ」


 そして感嘆の声を交えながらイミトが空を見上げると、クレアも声に惹かれるように目を配り思い出したような声を漏らすのだ。


「クレア様ぁああああ‼」

 そこにあったのは、所々で爆発を続ける竜巻の中で翻弄ほんろうされるデュエラの姿。


「——アヤツならば問題なかろう。ほれ見よ、乱風の中を空歩で駆けておる」

「楽しげだな」


 しかしながら、彼女は空に見えない足場でもあるかの如く爆発が起こる場所を避け、風の隙間を縫うように地上へと降りて来ていた。



 そうして——

「——クレア様、クレア様! 今の技は何なのですか、すっごい楽しかったで御座います‼」


 辿り着いたイミトらの下に着地し、顔布越しでも煌びやかな興奮が見て取れるような歓喜の声を漏らすのである。


「ご自慢の技が楽しかったとさ」

「ふ、ふん。ただ怪力で風を起こしただけよ。技などでは無いわ!」


 僅かにたなびいた顔布から少し垣間見えた口元の笑顔は、心底に無邪気。

 皮肉めいたイミトの嫌味に、クレアは視線を逸らしながら虚栄のつばを吐き散らすばかり。


 そして、いとも容易く戦いは終わり、最後の爆破が起こると共に竜巻も止み、草原は普段の平穏を取り戻しつつあって。


「はは、まぁ朝飯にしようぜ。色々と分かったこともあるからな」

「はい‼ あ、あのイミト様、クレア様はワタクシサマが」


 黒い鎧が煙に変わる肢体を動かし、笑いながら爬虫類の死骸があった場所に転がる虹色を帯びる魔石を拾い上げながら歩き出すイミトに、デュエラは物欲しそうに両手を差し出す。


 しかし、イミトは言った。

「いや……別に良いぞ。怪我もしてないし」


 拾った魔石を右手で軽く放り上げる手遊びをしつつ振り返り、疲労の色を見せない疑問調。イミトは、デュエラの言葉の意味する所を理解出来て居なかった。


 だが——、

「よい。イミト、我をデュエラへ渡せ」

「クレア様……‼」


 先程まで、デュエラと二人。時を過ごして話をしていたクレアはそれを察していて。


「嫉妬しちまうね。いつの間にそんな仲良くなったんだ?」


「しかし、デュエラ。身を預ける前に我は貴様に問わねばならん」


 察していて尚、茶化す阿呆を無視して彼女は彼女に問うのである。


「「?」」

「この先、万が一にもイミトが死ぬような時——、我は次に貴様の体を奪う。我が貴様の同行を否定せぬのは、そのような打算もあるからだ」


「……」

「言葉の意味は解るな?」


 ——汝、我らの仲間に足り得るか。クレアは、己やイミトの目的、或いはこれからの旅路に、無関係と言えるデュエラに分岐路を差し出す。


「体を渡す気が無いなら……ここでお別れ、という事ですか?」


 それをデュエラも早々に理解した。


「そうだ。我らの旅路は死出の旅と言ってもよい、結末は強さが未知なる神を殺す事なのだからな」


「——まぁ、お前は姫様やセティスみたいに目的がある訳じゃないから覚悟は聞いとく必要はあるわな。逃げられない俺と違って、途中で危なくなって逃げ出しちまうようなら、抱え込むには色々とリスクが大きすぎる。迷惑を掛けられるのは御免だからな」


 ——きっと、その先は危険な旅路。傍らで静観していたイミトも事の成り行きを何となく察し、警告表示を強調するような言葉を並べる。


 あえて厳しく、高慢で冷酷な言葉で突き放すように。


 すると、デュエラはうつむいた。

「イミト様……ワタクシサマは——」


 俯いて彼女は鎧で抱えられることを好むクレアの為に付けていた両手の篭手こてを太もも前で握り締め、勇気を振り絞るように顔布の向こうの世界に声を放つ。


「く、クレア様がワタクシサマの体を使う事は無理だと、思うのですよ」

「「——……」」


 すっと拳を握っていた力を弱め、行く手の行方は昂る胸の直ぐそばに。


「イミト様は死なないのですから! イミト様が死ぬときは、ワタクシサマが死んだ後なのですよ‼」


「クレア様も、イミト様もワタクシサマ、大好きのです、ます!」

 「だから——ワタクシサマが守るのです。絶対に‼」


 そしてデュエラは心から溢れる感情を訴えるように言った。



「……何故だ?」

 「馬鹿かよ、好きだからだろ。今は、それでいいじゃねぇか。ほら、クレアの頭を持ってくれよデュエラ」


 すると、今度はクレアが理解出来ず、イミトが察する。


「おい、イミト!」

「この話は終わりだ。大体、人が死ぬ前提で話を進めてんじゃねぇよ」


 クレアの意に反し、差し出した鎧の左手の上にはクレアの頭部。

 それが——答えであるかの如く、イミトは得意げにデュエラに悪童の笑みを向けて。


「いつだって俺達は、生きるために頭を使うべきだろうさ」

「どの口がそれを言うか……」



「腹も減った。セティスの朝飯、食べに行こうぜ」


 イミトはクレアをデュエラの大きな胸に託し、クレアの吐いた悪態を聞き流しながら道を歩き始める。


 その背に、クレアは瞼を閉じて。


「……まったく、はよう持たぬかデュエラ。掌の上はグラついて適わん」

「——は、はいなのです‼ クレア様!」



「絶対に、お守りするのですよ……」

「「……」」

 仲間として、改めて受け入れられたデュエラはクレアを両腕で優しくも強く抱きしめて愛くるしくも切なげに言葉を漏らし——、二人の仲間に小さな微笑みを浮かべさせたのである。



 旅が——また始まるのだ。


「所でよクレア。質問があるんだけど良いか?」


「なんぞ。くだらぬ事ならやめておけよ」



「この、プルリザード? 魔石の魔力を吸収したら、なんか問題があるか?」


「……特には無いな。魔物が魔物を食い合い、力を強化するのは良くある事だ。まぁ、魔力が枯渇した時の非常用に持っておくのが良かろう。我らの膨大な魔力が尽きることなどそうそう有りはしないだろうが」


 ——因果なる旅が、また始まるのだ。


「ふうん……【不死王殺デス・リッチし】」

「あ! おい、貴様——」


「なるほど……魔力の補充には便利だな」


「軽々しく吸収するでない! 逆に食われるかもしれんのだぞ」

「いや、このトカゲはどう考えても、お前より格下だろ」



「貴様の話をしておる‼」


 ——互いが互いを守る為に生き、


「へいへい、分かったよ。実験だろ、多少は踏み込まねぇとよ……」

「デュエラ……これでも万が一など無いと思うか?」


「はは……その時は、ワタクシサマの体をどうか使ってくださいませ、です」


 ——互いが互いの為に生きていく為の旅が始まるのである。


 ——。


 そして一方、平原に吹く余波の風を浴び、絡まり始めた因果の巡り糸。


「……どうやら終わったようだが他人事では無いか。私も姫の下に急ぎ戻らねば」


 ツアレスト王国の護衛騎士カトレア・バーニディッシュは地に置いていた剣を腰のベルトに戻し、遥か遠くに見える三人の姿をジッと静観していた。


 我に返ると共にすぐに背を向けたが、彼らの仲間ではない彼女の心の暗雲は晴れない。


「それにしても、あのイミトという男、魔王と戦った異端の英雄……クレア・デュラニウスに信頼されるなど、いったい——」


 ——謎の強者の脅威と不可思議だけが延々と心を巡り、彼女はひたいに生えたばかりの小さな角を不安げに撫でたのであった。



 まるでそれが、悪夢だったと願うように。

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