第12話 思考道中、暗夜に嗤う。3/4


 そしてしばらく、食事をたしなんだ一行。


 生きるための行動の次は、活きるための行動の話である。


「そろそろ、私の話に戻ってもいい? 落としてた荷物も戻ってきたし」


 それは、セティスのそんな一言から始まる。


「乗り物、だったな。地図とか色々と積んでたんだろ、全部あったのか」


 セティスがデュエラを引き連れて魔物に出会うリスクをおかし、わざわざ夜のとばりが降りる中で山向こうの森に取りに戻った荷物について、他の事に夢中になって曖昧あいまいになっていた記憶を呼び起こしながら、セティスへと許可を出すイミト。


 しかしやはりセティスの背後を見ても荷物とやらは皆目かいもく見えず、少々のいぶか


「ん。この腕輪に変化させてる」


 そんな彼の想像の対しセティスはおもむろに、右腕の手首にはめられた腕輪を露にした。それが放射状に光を放ち、そうかと思えば雫が落ちる様にセティスの傍らへ物質が形成されていく。


 ——魔法、もはやイミトは見慣れていたが、その今回の光景に表情を変えないまでも心を揺らしたようだった。


「——……なぁセティス。それが俺にはどう見てもほうきみたいに見えるんだけどな」


 それは腕輪が魔法の力で箒に変化した事というより、イミト自身が【】と尋ねたはずでセティスも否定しなかったモノが、やはり【ほうき】であったからである。


「魔女の箒。見た事ない? 旅の魔女は箒であかしを示し、困ってる村や街の人の生活を魔法で助けて土地の恵みを分けて貰うのが慣習かんしゅう


「いや……設定に試行錯誤感が無くてな。悪い、話に戻ってくれ」


 ああ、魔女なのね。擦り《す》込まれた偏見をえてイミトは口にこそしなかったが、些かの不満で心が一杯であるようだった。


「? まぁいい、地図はこのの部分に収納していた」


 首を傾げたセティスではある。けれどイミトに感じた違和感を彼の願い通りに後回し、姿を現させた箒の柄をじり開き、中にあった空洞から一枚の羊皮紙を取り出す。


 そしてそれをその場に居る全員に見える様に広げるや、ある部分に指を指して。


「私は、北方の毒地帯で師匠と生活していて魔界を目指して旅を始めた。現在地は西方と南方の中間辺り」


 どうやらこの世界、この国の地図であるようだった。そう描写するのは、とても簡素な羊皮が素材の手書きの古地図で、イミトには落書きのようなものにしか見えなかったからである。


「なるほど……色々と合点がいく。主に覆面とか」


 それでも、イミトはセティスの説明を聞き納得した様子でそう呟く。左手で顎を撫で古地図の端から端まで考えを巡らしながら眺めて。


 すると、そんなかたわらデュエラ・マール・メデュニカが息を飲んだ。


「……セティス様。もしかしてジャダの滝を通って魔界に行くつもりだったのですか?」


「ん。そう、するつもりだけど」


 心配を表情にも表して不安げに尋ねたデュエラに、キョトンと当たり前の返事をするセティス。セティスは知らなかった、デュエラがジャダの滝という場所に並々ならぬ想いを抱いていたことを。


「デュエラはジャダの滝で生まれ育っておる。バジリスクに追い掛け回されながら生きてきおったのだ。察しよ、セティス」


 それを先んじて説明したのはクレアであった。彼女は端的に事をセティスへ伝えつつ、余計な事で話をらさないようにデュエラへ視線を送る。


「……そう。アナタも苦労してるのね」


「何で魔界なんだ、呪いを掛けた術者は魔界に居るのか?」


 そんなクレアやデュエラに対する疑問を胃の腑に無理やり押し込み、セティスがジッと覆面越しの見えない顔でデュエラの表情を伺ったのも束の間、イミトも話を本筋に戻すべく素朴に声にしたのは彼なりの疑問点。


「魔界は呪術や魔法の研究が盛んなのだ。この国にない魔法知識を学ぶならば魔界を思い浮かべるのが自然の流れよ。以前そう申したであろう」


「そうだったか?」

「……不思議な人。私の知らない事を知っているのに、まるで何も知らないよう」


「はは、田舎者なんだ。気にするな」


 装うは道化、些かそれも本筋から遠くは無いかというクレアの嘆き節交じりの言葉とセティスが生じさせた疑念に彼は嗤う。そして話を進めろと片手を軽く振り、首を項垂れさせて合図を出す。一段落。


 「ふむ。しかし、やはりそうなると気になるな……さきほど貴様が口にした男の名。魔界に呪術を解こうという貴様の口から何故その名が出てきたのだ」


 すると、セティスの取り敢えずの目的に理解を示したクレアが過去を振り返り、筋が通らない事柄について尋ねた。その遠回りな言い回しが意味するのは、やはりその存在を忌み嫌っているのだろう事なのに疑いの余地はなく。


「……師匠が最後にその名を口にした。、と」


 先程の激昂を目の当たりにしたセティスが尋ね事に答えを返す前に躊躇ためらい、息を飲んだのは無理のない反応である。しかし、セティスはそれを言わねばならなかった。


「クレア・デュラニウス。その師匠の言葉の意味を、貴女に問いたい」


 次の質問を、胸にいつまでも引っ掛かっていたらしい疑問の答えを、求めるために。


「私の師匠、マーゼン・クレックは一体何の罪を犯したのか」

「「「……」」」


 ——沈黙。

 沈黙である。それが、その質問が、嵐の予感を彷彿ほうふつとさせ、答えを持つ者に視線を集めさせる。張りつめた緊張の空気の中で、ふとイミトは瞼を閉じた。


「また、罪か……」

 「よい、イミト。話そう」


 彼は、気怠そうに助け船を出そうとした。けれど余計なお世話と断ずるようにイミトの言葉を遮るクレア。流し目でイミトがクレアを見下げると、彼女も意を決するが如く瞼を閉じて心内の中、言葉を整理しているよう。


 そして彼女は語り始める。イミトが空を遠く眺めるその最中に、


「——体を奪われた我が、イミトと出会う前。延々と悪夢の如く繰り返してきた最後の記憶……それが——」


「レザリクス・バーディガル。かつての共に共闘したことのある者との迎合だった」

 「不意を突き、我をたばかり、姑息こそくな手で我の体を奪ったのは恐らく奴に違いない」



「そしてセティス……貴様の師であるマーゼンが何の研究をしておったか知っておるな」


 とても、しずやかであった。空気に溶けるようでもあって、しかしハッキリと耳に残る声。意味深く息を吐くイミトを他所に、クレアは意趣返しの如くセティスへの質問で過去語りを結ぶ。


「……ようやく繋がった。毒地帯の汚染除去の研究をしてた師匠の本棚に人間の体と魔石についての本が多かったのは、そういう事なんだ」


 セティスはうつむいた。反論の余地も無く、ガラス製の覆面の目に焚火の炎がくゆり映り、彼女の感情をがすようである。ひとり内々で考えを巡らしながらの独り言、それによって答えなどわざわざ改めて問う必要も無くなったのだろう。


「クレアの体を使って、そいつらは何か後ろめたい事をしたって話か」


「で、では……クレア様の本当の体は既に——」


 点と点を結ぶが如く、導き出される結論。諦め交じりに首を項垂れさせたままのイミトとは対照的に、露骨に心配そうな表情を浮かべるデュエラ。


「ふふ、珍しく察しが良いなデュエラよ。だがそれについては我に些か思う所がある……考える時間など腐るほどあったのだから」


 そんな彼女らの気遣いを嗤い、白と黒の髪で口元を隠すクレア。不敵の余裕を振る舞い、思わせぶりに目を逸らして。彼女の話は——、終わった。

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