第12話 思考道中、暗夜に嗤う。4/4


「……ごめんなさい、私の師匠が」


 全てを悟り、信じ難いとうつむきつつセティスはクレアへ謝罪する。師の罪は弟子の罪だと言わんばかりに師に対する敬愛がそこには未だあって。セティスにとって、マーゼン・クレックという人物との思い出は輝かしいものなのだろう、イミトは漠然ばくぜんと理解する。


 クレアの本来の肉体を奪い、何かの企みに関与した疑いが濃厚な人物の無罪を、有罪に納得した振りをしつつも、まだ信じていたいのだろう、と。


「貴様に八つ当たる気など毛頭無いわ、小娘が。マーゼンが既に死んでおるのが口惜くちおしいばかりよ」


「秘密を守る為の口封じって考えるのが、妥当なんだが……な」


 だからこそセティスの謝罪につばを吐くような言葉を吐き捨てたクレアの後に、イミトは思わせぶりに呟いたのかもしれない。


 いや、彼は些か不機嫌であった。


「ずいぶん含みのある言い方をする……何か疑問があったか」

 「いや……なんでもない。なんて言い方をお前がしたから、かな」


 切なげな笑みで、薄ら寒い心持ちでイミトの言葉を気にしたクレアに意味深く答え、立ち上がって背後の燻製器に逃げるように向き合うイミト。


「? どういう意味だ」

 「何でも無いさ。話を続けてくれ、お前はセティスに掛けられた呪いを解く方法とか知らないのか?」


 そして怪訝けげんな顔のクレアの問いを、更にやなぎの如く手を振って適当にあしらってサラリと流す。イミトはそうして再び座り、煙をかす燻製器の火元に木のくずを流し込む。


 彼は、やはり不機嫌であった。


「……呪いを解くと言っても容易たやすくは無いな。呪術の様式と核が解らん、……いや、術者が自ら呪いを解くか、術者が死ぬ以外に解く方法は無かろう。否、殺してけるとも限らんが」


 そんなイミトを横目で不審そうにジッと眺めた後、クレアは一応と彼の興味なさげな場当たり的な質問に対する答えを放つ。途中、彼女が言葉を気遣ったのは、イミトの言動が理解できずにいたままだったからであろう。


「うん。だから私はまず術者を探す方法を探して魔界に行こうとしていた。相手は他人に変化出来る力を持っているのに、やみくもに探すのは良くない方法」


 しかし、彼らの微妙な関係に気付かず、その場の話は進む。自らの考えとこれからの方針を口にするセティス。そんな彼女にこちらも微妙な機微きびある感情を抱くのはデュエラである。


「なるほどなのです……で、でも、ジャダの滝を通るのは止めた方が良いのですよ」

 「——無理は承知。でも時間が無い、わかって」


 こちらも折り合わない、ジャダの滝にひそむ凶悪な敵に強い思い入れがあるデュエラと信念固きセティス。誰の目に見ても、対話は平行線のままである事を予感させる雰囲気。


「……イミト、貴様からは何かないのか」


 そのわずらわしさを打開すべくクレアが声を掛けたのは、やはりイミトである。


「ん。俺は呪いとかはさっぱりだって知ってるだろ?」


「そうではない。先程の調味料の話のようなものをせよと言うておる」


 彼女からしてみれば、イミトに感じた違和感の正体を探る為にも丁度よく、瞼を閉じて思惑を悟られないようにあくまでも自然の会話を装った彼女。


「あー、まぁ気になる事は幾つかあるけどな」


 すると、燻製器に向き合ったままではあったが彼はふと首を上向きに動かし、空へとのぼけむりの様子を確かめ始めて。それから流し目で彼が視線を送ったのはセティスであった。


「何でもいい、聞かせて」

 「……まず、なんで術者はお前を殺さなかったのかって話だ」


 クレアに信頼を置かれるイミトの様子を覆面越しに真剣に伺うセティス。そんな健気けなげなセティスへ、負い目を持つように彼は目線を逸らして語り始める。


「他人の顔を奪って化けられるなら、顔を奪い終えた残りカスは邪魔以外の何者でもないだろ? 俺がそういう力を持ってるなら、その力は秘密にしたいし、その可能性を残すのは復讐も含めて後々のリスクが高すぎる」


 イミトは、やはり些か不機嫌である。何処か素っ気ない。


「確かに。セティスよ、なぜ貴様は生きておるのだ」

 「……そう言われても、分からない。哲学的」


「俺が今の段階で言えるのは二つ。頭の悪い只の雑魚か、呪いを掛けて生きたままの状態の相手にしか化けることが出来ないか、だ」


 普段の一割増で口が悪く、ゴミをゴミ箱に狙い澄まして投げ捨てるようにクレア達の考察を他所に言葉を吐いていくイミト。


「後者の方なら、セティスの顔がツルツルな事と口だけが残ってることの説明が着く」


「顔をツルツルにすれば同じ顔の人間が二人でなくなるし、口があれば飯が食えて何とか生きていけるかもしれないからな」


 得意げで理路整然としながらも何処か投げやりに。


 するとそんな最中、

「待て。普通は目が無ければ生きていけないであろうよ、たまたまセティスが魔力感知に優れていたというだけで」


 イミトの推察を聞き、浮かばせた疑問点でイミトの言葉を遮るクレア。

 ——議論、彼女はそれをしようとしたのだ。


 しかし、

 「そいつは知っていたんだろ、それをな。だから敢えて見逃した。普段は呪いを掛けた相手をペットみたいに飼ってるんだろうが、術者にとって目的を果たした後のセティスの顔は、生き残っていたら労力なく変身のストックが増えてラッキー、くらいの価値だったんだろうさ」


 彼は素っ気なく、矛盾点をほどく。彼が使った表現でセティスがひざの上に置いていた手を拳に変えたことも気付かないふりで、彼らしく悪辣にセティスに目を向けて。


 まるで、八つ当たりのようでもあった。


「聞いた感じだと、レザリクスって奴は有名人で多分それなりの地位に居て金持ちなんだろ? ソイツの部下なら隠し部屋の一つや二つ、なんじゃねぇのか」


「……凄い。私の顔を見て話を少し聞いていただけでそこまで可能性を考えていた」


 イミトがなめらかに語り尽くしていく推察に圧倒され感銘かんめいを受けつつも、わずかに悔しそうなセティス。覆面をうつむかせ、心の整理をするように体育座りでキュッとちぢこまる。


「ただの妄想だよ。外れてたら顔が真っ赤さ」


 世辞を世辞だなとクスリと笑い、


「取り敢えず難しいだろうけど、レザリクスの周りの人間を調べたら良いんじゃないか?」

 「口封じを任せるくらいだから、それなりに信頼してるが裏切らないように普段は近くに置いている人間だろ」



「例え誰かに化けていたとして周りに隠しながら複数の人間を監禁して世話するなんて、そうそう出来る事じゃない。監視するのは両手の指で数え終わるくらいの規模だと思うぞ」


 「力の性質から見て術者自身が単独で世話している可能性が高いよな、顔を奪われた奴が見つかったり、変身出来る事が知れ渡ったら逆に害の方が大きくなる能力だろうし。自然と、顔を奪う相手と数は慎重になるもんだ」


「少なくとも結婚はしていない独身の男女、家族や身内の少ない独り暮らしをしてる人物で、そこそこ大きい屋敷を持ってて裕福な暮らしをしてる人間を絞り込んで行けば、そのうち見つかりそうだと思うがな」


 それでもゴキゲンになったフリで饒舌じょうぜつに理屈を並べ立てていくイミトである。そして彼は話が過ぎて乾いた喉をうるおすべく燻製器の前から離れ、紅茶のカップを拾いに行く。


「くく。ふはは、なるほど。後は小娘、どう判断するかは貴様次第だ」


 そのすきを突いてこらえていた笑いを放ち、手柄を横取りするように話を結ぼうとしたクレアではあったが——、


「おいおい、待てってクレア。そんな急ぐなよ」

「ぬ——」


 紅茶を一口啜り、息を吐いたイミトにすぐさま制されてしまう。


「……まだ、何かある?」


 セティスは、心なしか食傷気味であった。僅かでも手掛かりをと情報を求めたのは自分だが、まさかここまでの思考展開だとははなはだ思っていなかったようである。


「俺の考えは全部テキトーで、魔法やら呪術の事なんて全く知らないんだが、な」


 それでも彼は紅茶を片手に前置きを置いた。

 ——そして告げるは根底に疑問をていこと


「お前のそれ、掛けられてる呪いは本当に顔を奪う呪いなのか?」


「え、どういうことなので御座いますかイミト様。私の目から見てもセティス様の顔は確かに無かったのです、ます!」


 それに思わず存在感を発揮したのはデュエラである。彼女はセティスの失われた顔を一番近くで確かめた人物。その自覚と記憶が彼女に声を荒げさせたのだ。


「人間の顔って奴は仮面じゃないんだ。表面の奧に眼球や血管、頭蓋骨や脳だってある。それを支障なく簡単に【】なんて表現で性質を変えられるものかね」


 そんな彼女にも冷静にイミトは言葉をつむぐ。右手に持つ紅茶の反対、左手で分かりやすく伝える為に自らの顔にも触れ、端的にそう思い至った理由を説明。


「もしかして生きている人間に化けるために必要な魔法とか、顔を隠して使えなくする魔法とか、色々な魔法が複数複雑に仕掛けられているんじゃないか?」


「……え」


「多分だが、お前の顔は——普通に今もちゃんとそこにあると思うんだよ、俺は」


 思考道中、暗夜にわらう。行き付いた先でからになったティーカップを逆さにひっくり返し、僅かに残ったしずくを落としてイミトは彼を見上げる空虚くうきょなセティスを見下げた。


「覆面のままじゃよく解らないけどよ、お前の顔が体に見合わず少し大きい気がしてな。実は覆面みたいに顔を一回り覆い隠してるだけなんじゃないか? 特殊メイクみたいに」


 そして彼は、カップを地に置き、再び歩き出す。向かう先は、煙がくゆる燻製器。


「ふむ。セティス、今すぐ覆面を全て脱げ。デュエラはセティスの横に座るのだ」

「は、はいなのです、ます‼」

「……——。」


 にわかに動き出した夜の喧騒けんそうの中——クレア・デュラニウスが意味深く、物を語らぬ彼の背に視線を送ったことを彼は気付いていただろうか。


 ——。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る