第11話 覆面の中身。3/4


「クレア・デュラニウス……やはり、その名は知ってる」


 「マーゼン・クレック。私の師匠の名に心当たりはある?」


 しかしそれでも正体を現したるクレアとイミト。覆面で表情はうかがえないものの彼らに威圧された様子のセティス。ではあったが、直ぐに彼女は思考の渦の中。


 覆面による歪な呼吸音を冒頭にイミトらにそう伺いを立てるに至った。


 するとそんな彼女の覚悟ある言葉がゆえか、気怠けだるそうだったイミトの眼の色が変わる。


「知らん名だ。それよりセティス、貴様……我が素顔をさらしたというにその珍妙な覆面を剥がんとはいささか無礼が過ぎるのではないか」


 が——、クレアが変わらず仰々ぎょうぎょうしく無為むいに時を過ごした為にイミトの胸中は複雑で。


 軽々しくセティスの問いを薙ぎ払ってしまったクレアに呆れつつ、意味深いこの時の会話が後になって重要になる予感と成って心を撫でてもいた。


「……これは、外せない。それに外した方が無礼な事もある」


 そんなイミトの想いを他所に会話は進む。セティスは死をも覚悟した信念があるようクレアに言い返したのである。


「ふん。人間の醜い顔など見慣れておる。外せ」


 だがクレアもまた死を覚悟させる口調で冷徹にそう言い放って。

 ——事は平行線の様相。


 このままでは埒が明かない。イミトは案じた。


「そうイジメてやるなよ、クレア。ガスマスクって奴は、毒とかを防ぐために作られる装備なんだ。こいつにとっては普通の空気が毒なのかもしれないぜ?」


 イミトにとってはそうもいかせられない状況である。彼女から引き出せる情報は恐らくこれから役立つ事ばかりなのだ、彼は話に割って入り、あからさまにクレアをなだめつつ全力でセティスを擁護ようごする。


「……そのような軟弱な人間がおるなど、我は聞いたことも無いが」

 「この覆面の機能を知ってる……アナタ、何者」


 するや、今度こそ彼の思惑は成功した。互いから注意を逸らし、言葉ので興味を自身へと引き寄せて。もしゃもしゃと夢中で肉を頬張ほおばるデュエラに微笑み、彼は一つの息を吐いたのだ。


 そして、

「意味がある人間になるように祈られた意味のない人間さ。しかし、そう返してくるとなると、ますます気になることがあるんだよな」


「お前、飯はどうやって食うんだ?」


 それがある意味、こうそうしたのかもしれない。


「ん……それで、さりげなく食事を誘っていた。なるほど、無駄がない」


「クレア・デュラニウスが正解を言っていた。確かにこの覆面には空気を浄化する作用があるけど、覆面を外せないのは顔を見られたくないからだけ」


 饒舌じょうぜつ身勝手に解釈を始めたセティスが、感心の境地を声に滲ませて己の上話うえばなしを語り始めたのだ。それに何より、この時のイミトの問いが彼女に決意をうながす最後の一押しになったようだった。


「噂に名高いクレア・デュラニウス。そしてアナタから匂う未知の知識は称賛に値する」


「だから……食事のついでに私の顔を見て欲しい」


 覆面で顔を覆う彼女は、そう言って首の後ろに両手をそれぞれ回し始め、


「そしてどうか——願えるのなら私に知恵を貸して欲しい」


 何処からか空気が噴き出す音と共に覆面を自らの体からがし始める。


「——……ほほう、なるほど。これは、これは。くくく」


 見えたのは、クレアが意外そうに嗤ったのは勿論、彼女の中身についてである。


「おいおい、これは少し予想外過ぎたな」

 「これが、今の私……セティス・メラ・ディナーナ」


 覆面を取り、素顔をさらした彼女の口上こうじょうに、イミトは少し頭をかかえる。覆面の中身は、それ程までに異常なものだったのであった。


「おい、デュエラ。その顔の布、もう取ってもいいぞ」


 そして彼は何故か、

 石化の呪いを他者に掛ける事を恐れる少女へ、その言葉を送った。


「ほへ? ほ、ほい‼」

 「くくく……顔を見てと言ったやからとは、なかなか皮肉が効いておる」


 彼女には、【】と呼べるものがおおよそ無かったのだ。厳密に言えばつややかな唇から上は、水彩を思わせる髪を頂く頭部に至るまで一切の凹凸が無く、むかしイミトが何処かで聞きかじった妖怪【】の如き風体ふうてい



「——はぁ……何がそんなに面白いんだか。これもの掌の上、なんだぜ多分よ」


 傍らで愉快痛快を噛みしめるクレアにイミトは嘆く。悩ましそうに溜息を吐いた後、口にした名を恨めしく呪うかのように。


「あー‼ お顔がツルツルなのです、凄い‼」


 そしてイミトの指示通り顔布からのれんの如く顔を覗かせたでデュエラがそれに続いた。食事に夢中でないがしろにしていた状況を確認した彼女は、空気を裂くように驚愕の声で金色の瞳を興味津々に輝かせたのである。


「……予想外の反応」


 そうして三者三様の反応のにも自分のが当てはまらず、セティスは再び覆面の中に自らの顔を半分埋めていくのだった。



 ——。


 そこから少しあいだを置き、焚火が夜の帳が降りし世界で、その真価を発揮し始めた頃合い、


「なるほどなのです、目が無いからワタクシサマの呪いが効かないのですね。この方は他の魔族の方なので御座います、ですかクレア様?」


 デュエラ・マール・メデュニカは覆面で口元以外を隠す少女の横で少女の顔色を不思議そうに伺っている。


 悪意は無い——単純な好奇心が溢れているだけだとは思いつつ、セティス・メラ・ディナーナは少し身をちぢこませ、金色の瞳の彼女の胸下まで頭を落として彼女の視界から外れようと試みていて。


「いや。恐らく只の人間であろうよ、いささか厄介な事情があるのだ」

 「……呪い、とかか?」


 そんな彼女らをクレアとイミトは冷静に見守り、言葉を重ねていく。


「そう。私は、むかし顔を奪われる呪いを受けた。この肉は美味しい、焼いたラピニカの肉でこんなに柔らかいのは確かに初めて」


 セティスは、イミトが下ごしらえをして焼いた肉を食していた。肉を貫く加工された枝の両端を持って唯一とも言える顔の特徴である口で齧り付く。一口目を飲み込んだ後にイミトの問いに答え、そしてもう一口。


「ラビニカって動物なのか。勉強になりそうだ」


 何処となく満足げであるセティスを不敵な笑みで受け入れ、興味深げな抑揚で言葉を呟くイミト。そんな彼は次に、傍らに置いていた先程のキノコ類が並べられた植物の刃で作られた皿を持ち上げる。


「因みに、ここに色々なキノコがあるんだが食べられるキノコの判断は付いたりするか」

「ん。右から二番目、それから五番目は毒キノコ。そういうがする」


 彼は知らなかったのだ。セティスにはまだ知る由も無い事ではあったのだが、異世界で生まれ育った彼が、この世界の食物しょくもつ事情じじょうを知れようはずがない事であったのだから。


「キノコの心配が先か……まったく呆れてものも言えぬ」


 そんなイミトを、食事を不要とするクレアが嘆くのも無理からぬ事だったのかもしれない。彼女は脆弱ぜいじゃくな人間を嘲笑あざわらうが如く溜息を吐くが、


「食品衛生は大事な事だぞ。人体実験しなくて済んで労力も減るしな」

 「——私を実験体にするつもりだったよう」


 イミトはセティスが思わずツッコミを入れる程に人類の強かさと狂気を淡々と口にするのだ。折り合わぬ価値観に反発するが如くであった。


「ふん。目の無い小娘の判断など信ぴょう性が薄かろうて」


 それすら鼻で嗤い、クレアは瞼を閉じて弾くように言葉を返し、


「食事をしないデュラハンと世間知らずのメデューサよりは一考の価値はあるだろうさ」

「ま、デュエラの香草やら薬草の知識には助けられたがな」


 イミトから容易に嫌味の一つを引き出して。すると、また喧嘩になるのだろうかと覚えのある険悪な空気を察したデュエラが、その瞬間に何かをすべく急いでつばと共に肉をごくりと飲み込んだ。


「……さっさと呪いの話に進まんか」


 しかし、そのデュエラの心配そうなさまを視界に入れたクレアは、冷静に我へと返りさやに言葉を納めるように息を突いて、不機嫌な声色。


 ——不毛。彼女はそう思ったのだろう。


「あいあい。だそうだ、セティス・メラ・ディナーナさん」


 さればイミトもけんを納める。そういう呪われた魔鏡のような人間なのだ、彼は。問われれば問い、答えれば答える。喧嘩すればするほどにむなしさばかりがつのるのだから


「……うん。私に掛けられた呪いは、。術者が私に変化するために私に呪いを掛けた」


 そんな諦観的な彼らの関係性を奇妙に伺いつつ、セティスは話を進める。食べ掛けの肉が冷めぬように焚火の近くの地面に串刺し、理路整然りろせいぜんと語り始めて。

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