第11話 覆面の中身。4/4


 「理由はなんぞ、貴様のような小汚い小娘に化けて術者は何を為そうとしたのかが見えん」


「貴様、何処ぞの貴族の娘か」



「……ううん。私は師匠に拾われた孤児。術者の狙いは私の師匠に近づき、殺す事」


 途中、クレアの横槍が入ったものの彼女は呪われた経緯と呪者の思惑について端的かつ円滑に話し終えて。そこから生まれた言葉のは、きっとここまでで質問が無い事を確かめるための一間ひとまだったのだろう。


 しかし、疑問点を挙げるものは現れない。


「さっき名前言ってたな、マーゼン・クレックだったか」

 「大変な話では無いですか! 急いでその方様を助けに行かないと」


 至極冷静に印象的な過去を思い返したイミトとは対照的に、声を荒げたのはデュエラである。彼女は、かつて両親をバジリスクに殺されたという過去を持つ。が、故の危機感であったのだろう。


 しかし、イミトもクレアも何故だかセティスの沈黙の意味を既に察しているようで。


「……あー、デュエラ。多分だが、な」


 慌てるデュエラへ頭を掻きながらイミトはどう伝えるべきか迷い、当事者たるセティスにさらり目を向けた。恐らく彼の気遣いは、デュエラのにぶさに対してのものではなく、セティスへ向けたものなのだろう。


 そして、

「私の師匠は、もう殺されている。急ぐ必要は無い」


 平常なるセティス・メラ・ディナーナ。彼女の言葉はそんなイミトへと放たれたものなのかもしれない。無機質な声で突き付けられる事実の刃をピアス穴の如き胸の穴へ納めるように平然と彼女は受け入れているようだった。


「あ……ごめんなさい、なのです」


 そんなセティスを見て、しおれるデュエラ。金色の目のやり場を失い、彼女はシュンとうつむいたのだ。無意識に振るってしまった暴力に込み上げる罪悪感。


「それで——貴様の願いは呪いを解き、顔を取り戻す方法と術者への復讐か」


 そんなものを撫でてやる気は毛頭ないと小さく呆れの息を捨て、クレアが至って真面目に話を続ける。その時だった、デュエラからクレアに覆面の前面を向かせたセティスが何かを決したように生唾なまつばを飲んだのをイミトが目撃したのは。



「まさにそう。そこでクレア・デュラニウス、そしてイミトという名のアナタから何か手がかりを得たい」


「「……」」

 話の核心か、二人のデュラニウスは黙し、佇む。

 各々が——違う予感の色を抱えて。


「特に——クレア・デュラニウス。アナタには期待している」


「かつてのアナタの仲間、レザリクス・バーディガルという名を確実に知っているはずのアナタなら」


 イミトの無意識下の予想通りであった。


「——⁉」

 逆立った、否、突如として逆巻いた白と黒の髪。湧き上がる激情を表すようにイミトの傍らで怒りの様相がその場を染め上げていく。原因は、【】であろう、イミトは直ぐに理解していた。


「娘よ……我の前で——二度とソヤツの事を仲間などとかたるでない」


「あらゆる痛苦をって貴様を殺すぞ」


 クレア・デュラニウスは悔恨の戦場にて生まれ憎悪の化身の如き、その本分を露にしたようであった。


「ク、クレア様……」

 焚火が何もされていないのに強く揺らぎ始める程の威圧に、身をすくませるデュエラ。場は、まさに嵐が吹き荒れているようであった。


 そんな中に在って、


「……ふぅ」


 凍えてしまうかと思うほどの寒気を誤認したセティスが体を少し抱きかかえる仕草を尻目に、イミトだけはその時——平静に息を吐く。彼はその後、体も使って手を伸ばし【】を手にする。彼はそれを、怒りを放ち続けるクレアの眼前へと持って行った。


「クレア。俺も飯、食べても良いか?」


 肉、である。僅かに湯気をくゆらせてクレアの鼻を突くのは炭とその奥に力強く隠れる香草と肉の薫り。すると、あまりに唐突なイミトの行動によってか、或いは料理の薫りの所為か、台風の目に入ったように場にこれまでと違う静寂が訪れて。


「ん。イミト貴様、今はそれどころでは——あ」


 クレアは、イミトの空気読まずをいさめようとしたのであろう。しかしそれを聞き終える前に、意にも介さぬように、有無を言わさずに、彼は自らの口に【】を運んだ。


「「……」」

 その様は、不思議と目を惹くものだった。セティスとデュエラが既にそれを口に運んでいたにもかかわらず、ゴクリとまた生唾を飲むほどに。


「……ふぅむ。柔らかい、か」


 先に感想を述べたのは何故か食していないはずのクレアであった。彼女らは二人で一人のデュラハンであり、二人で一人の人間でもある。感覚の共有という彼らの特技がそれを成させたのだ。初めて実感する表現をクレアは記憶に刻むように頷いて。


「んー、食えるけど美味くは無いな。やっぱり店に出せるレベルにはならないか」


 しかし、いや当然と言うべきか、料理を作ったイミトの感想は違っていた。


「ほう。我は他の肉の味を知らぬが、噛む度に汁が吹き出し波のように口の中に味が広がってくるではないか。貴様が言う程に不満には感じぬが」


 何処か不満げ、クレアは自らの感想とイミトの感想の差異に興味を抱く。彼女にとって未知の分野である【食】に精通するイミトに好奇心がくすぐられて。


 すっかり彼女は、先程までの怒りを忘れてしまっていた。

 否、些末な事になってしまっていたのだろう。


「わ、ワタクシサマも! 美味しいと思うのですよ?」


「何だろうな、面白さが無いというか。ああ……チーズとか欲しいわぁ」


 そんな状況を察したのかデュエラがクレアの意見に同意するも、イミトは納得しない。どころか、不満ますます態度に表していく始末である。


「飯の面白さとはなんぞ。チーズとやらがあれば面白いのか」


「ああ多分な。ミルクを発酵させて保存食にしたもんなんだが」


 続けて訝しげに問うクレアに対して、イミトは串肉を悔やむように眺め、かつての世界に想いを馳せる。まるで駄々をこねる子供のようであった。


 そんな折、イミトの言い放った一言を受けて考えを巡らせたのはセティス。


「ん。コンビドのチーザならある。前に通りがかった商人から仕入れた」


 彼女は会話に割って入り、そう告げた。

 チーズという乳製品にどうやら心当たりがあったようだ。


「いや、お前の荷物にそんなものは無かっただろ」


 しかし、諦めた様子のイミト。暗にセティスの持ち物を気絶してる間にあさったという事ではあったが、それは今、些細な事でセティス自身責める気も無い事柄であろう。


「空間魔法を応用した魔道具の中に……食料が入ってる。コレ、あ」


 セティスが覆面を深く被りながら首元から取り出したのは青い水晶の付いたペンダント。けれど彼女が見せびらかそうとした矢先、それを自らの髪を器用に操ったクレアによって取り上げられてしまう。


「ほう。空間の拡張と圧縮、固定までを同時にこなしておるな。貴様が作ったものか、娘」


 片目を閉じたクレアが眼前に水晶のきらめきを覗き見る。イミトには彼女が何を言っているのか詳しくは理解出来なかったが、何らかの魔法が掛けられているとだろうという認識。


「そう。だから入り口を開くのは私にしか出来ない。返して」

 「ふん……思い出したわ、マーゼン・クレック。あの発明好きの小娘がそうか」


 クレアはひとしきり水晶を眺めると、セティスの声に応え見飽きたおもちゃを投げ捨てるように彼女にそれを返す。その時である、ふと呟いた彼女の言葉がイミトの耳にも届いたのは。


 とても不満げで——何より続けられた次の発言はあまりに切なげなものであった。



「そうか……あの小娘も殺されたか」


 横目でクレアの顔色を伺うイミト。彼は、何も尋ねない。無論、気にはなっていたのだ、それでも彼は星の煌き出した夜空へと目を逃がす。


「イミト、そのチーザとやらで味がどのように変わるか試すぞ。比較のために、もう一口食らうが良い」

 「ああ……はは、ずいぶん楽しげな食事になりそうだ」


 終わりがそこにあると知っているからこそ、彼らは未だ始めることが出来なかったのだ。


 ——。

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