第11話 覆面の中身。2/4


「私の名前はセティス。セティス・メラ・ディナーナ」


 名を名乗った覆面の少女セティスは、またもスコースコーと特徴的な呼吸音を放ちながら焚火の横で体育座りをした。


「この覆面は……わけあって外せない」


「気にするな。事情なんて誰にだってあるもんさ」


 そんなセティスへ首を傾げ、悪童のように微笑んで楽観的に告げるイミト。それから彼はセティスの近くに居るデュエラへと目を配った。


「くく。なぁデュエラ、そんな首を九十度曲げてないで少しはクレアを信じてやれよ」


「で、でも……」


 自身の呪いがセティスへ及ばないように正座で座りつつも誤解を与えそうな仕草をするあからさまなデュエラがイミトには愉快に思え、彼女の不器用な優しさを心から楽しげに彼は笑う。


「なに。なにかあるの」


 それらが事情を知らぬセティスには奇怪にしか映らない事は言うまでも無い。


「こっちの話だ。それで、お前……セティスは森で倒れてたってデュエラに聞いたんだが何かあったのか?」


 そしてイミトは片手で話を投げ捨てるように放る仕草、そして口からおもむろに言葉を放ち次の話題を推し進め始める。


 焚火が場面を切り替えるが如く、またパチリと鳴った。


 すると、一間の時間を置き、スコースコーと呼吸音。


 「……使っていたの故障で空から落ちた所までは覚えている。落ちている途中で不意を突いて飛んできたに弾き飛ばされて意識を失ったんだと思う」


 セティスは無機質ながらも神妙に過去を思い返すような口調で、ひざを土台に頬杖ほおづえを突くイミトへ答えた。その時、誰に気付かれるでもなくクレアの兜の僅かな隙間から眼光が輝いた。


「何か、ねぇ……デュエラ、心当たりはあるか?」


 疑わしそうに息を吐いて頬杖を早速といたイミト、思考を巡らすように情報を脳の中で整理するような表情でふと立ち上がり、改めて背後の燻製器に向き合い始めて。


「い、いえ! あの鳥の魔物の他には生き物は居なかったです、ます」


 しかし傍ら、デュエラに投げた問いの答えが返ってくるや、イミトはピクリと肩を揺らした。



「……?」


「はいなのです。一回り小さい奴が突然襲ってきたので思わず本気で遠くに蹴り飛ばしてしまって——たぶんそれで大きい方が怒ったのだと……お手をわずらわしてしまって申し訳ありませんでしたのですよ……」


 思わず振り返った瞳に映るは、顔布で表情の見えないデュエラ。音だけで判断したのだが彼女は困り顔で本当に反省した純朴な少女らしい顔をしているのだろう。


 そう思える事こそが、いささか厄介な事なのではあろうが。


「……」


 黙するイミトの頬に宿る冷や汗は、燻製作業でいたものでは無いはずだった。


『どう思いますクレアさん』


 何故ならば彼が困惑を抱く声を脳裏に浮かべたからである。彼は覆面の少女セティスの手前、黙し続けるクレアに声なき声で意見を求めた。


『う、うむ……考えにくいが、繋がらぬ話ではないぞ』


 するとクレアも嫌な予感の苦汁を舐めた後の如く私見を述べるに至る。彼らの認識の中では、デュエラの行動が原因でセティスが気絶した事になってしまった可能性が濃厚になりつつあって。


「まあ……いいや。ちなみに、気絶してたお前をここに運んできたのがデュエラだ。礼は言っとけよ」


 それでもデュエラを糾弾きゅうだんする気は一切とかず、隠し事が一つ増えた様子で頬を人差し指で掻いたイミトは白々しく再び話題を変える。


「……そう。ありがとう」



「しかしそのガスマスク。良い趣味してるな」


「ガスマ……スク?」


 話題の向かった先はセティスの呼吸音を歪に変える覆面について。かつての世界での呼び名を思わず口にしてしまったイミトに、首をかしげるセティス。


 そして——、

「その覆面の事よ」


「——⁉ だれ‼」


 彼女にしてみれば唐突なのか——、

 クレアの声の響きにセティスはその場を跳び上がった。


「ああ……紹介してなかったな。クレアってお前には見えない守護霊みたいなもんが居るんだよ」


『まだ登場には早いだろクレアさんよ』


 警戒感を再び取り戻したセティスはくせになっているのか無力化されている腰の兵器に手を伸ばし、クレアの声がしたイミトの居る方向を覆面越しににらんでいる。するとイミトは至極冷静に気怠けだるそうな嘘を吐いた後、脳裏越しに呆れたような声を送るのだ


『ん。ついな、すまん』


 クレアが珍しく失態をかえりみたとイミトは思う。事前の打ち合わせにて彼らはというを出来る限り隠そうと決めていたのである。


 故に、

「……そう。少し、驚いた。アナタ、精霊術師なの?」


「ああ、まぁそんなところだ」


 いぶかしげなセティスを何とか誤魔化そうとポーカーフェイスを整え、イミトはセティスからの疑念の視線を払うべく片手を踊らせる。


 しかし、有耶無耶うやむやに誤魔化せたのもつか——、


「? 精霊術師とは何なのですか?」


 横から入る天然なデュエラの疑問。

 純朴な声に、またもイミトはピクリと体を震わせた。


「あーデュエラ、そろそろ肉も焼けたろうから先に食べてもいいぞ」


「え、あ、ハイなのです‼」


 このやり取りが、セティスにはどう映ったのだろうか。面倒げな雰囲気を滲ませつつ、白々しく話をまたも逸らしたイミトは、


「お前も食べて良いぞセティス。角の生えた動物の肉を塩のタレに漬けてから焼いたもんだ」


「……」


 おもむろにセティスへと振り返り、横目で彼女の様子を伺う。彼は、彼女が覆面で顔を隠していることをこの時、心より呪っていた。


「もしかして菜食主義者だったか? なら、いちおうキノコとかも採ってるから、それでいいなら焼くけど?」


 けれども、彼女の覆面を今さら剥ぎ取ろうとするのは自らの後ろめたい事柄をさらすも同じ。彼は皿代わりの大きな観葉植物の葉の上に乗せられたキノコ類を親指でしてセティスの視線を誘導しようとした。


「いや、肉は好き。でも、信用がない」


 その悪あがきに、彼女がそう言ったのだ。


「ん~~‼ すごい柔らかいです、こんな肉、初めて食べたのですよ‼」


 最中、デュエラの他意なき称賛の声が僅かばかりの救いである。少なくとも彼はそう思っている。


「食べやすいように包丁は入れたからな。そっちの木の実のソースを少し塗って食べてみてくれ」


「は、はい!」


 今度は何の違和感も無く、無機質ながら心こもるセティスの一言を聞こえなかったように振る舞えた。燻製器に背を向けて椅子代わりの樹木に座り直して、彼は得意げに焚火の傍らに用意していた黒い器に入った液体へ指をさす。


 とても、白々しく。


「ま、手に入った材料が少ないから味は保証できないがな」

 「腹が減ってりゃなんとやら、だ。毒なんか入れてないから安心しろよ」


 そして、再びセティスと自然に会話を始めるべく自嘲気味に嗤ったのだが、



「……味はどうでもいい。私は、アナタが嘘つきだと言っている」

 「……——へぇ。ずいぶんな辛口じゃねぇか、それは後を引きそう味だな」


 その時——これはもう駄目だなと、彼はそう思ったのだ。驚きは彼には無い。


 己の無様を既に彼は嗤っていたのだから。


『ほれ見ろクレア。疑われたじゃねぇか』

 『き、貴様の弁明も悪かろうが‼』


 冗談めいてクレアへと八つ当たるイミト。


「……念話は止めるべき。微弱だけど周辺のが揺らいでいる」


 そんな彼らを、セティスは不思議と看破した。

 覆面の歪な呼吸音が際立つ、僅かな沈黙。


「あー、なるほど。これは俺たちが悪いわけじゃないのかも、な」


 理解するには十分であった。魔力を鋭く感知する力が自分にはあると、彼女が暗に示したのだから。そのおおむねを理解し、諦めたように首を項垂うなだれさせるイミトである。


「安心して。アナタ達みたいな怪物に逆らうつもりは無い。隠してても魔力の差が圧倒的なのは明白。殺されるかもしれない相手の名前はちゃんと知りたい」


 それから何かしらの展開を幾つかイミトが予想し始めるのをさえぎるように、腰の兵器を地に堕としたセティスが敵意は無いと言葉を重ねる。


 いやむしろそれは——、完全なる降伏であった。彼女の感じている感覚を描写するならば、沸々ふつふつ揮発きはつする黒い毒液が目の前に迫ってくるような——そんなあまりにも不吉な予感。


「ふふふ……正しい判断をしおる。力量差が解るのもまた強さよな」


 いさぎよい。イミトの傍らに佇む鎧兜が満を持して、今度は確かなを以ってのある声を漏らし始める。鎧兜から黒いくゆを燻らせて、天へと昇るは美しき白と黒の髪。


「我はクレア・デュラニウス。わけあって、この阿呆と体を共にする誇り高きデュラハン」


 美しき双眸そうぼうにてセティスを見つめ、宙に浮いた彼女はイミトの左腕に鎧を纏わせ王座の如く掌の上に堂々と居座る。


 体を操られたイミトが面倒そうな表情を浮かべている傍らで、デュエラは——夢中でソースがられた焼かれた肉の味をたしなみ、ほおに手を当てていた。

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