第9話 故に、生く。3/4
再び場所は戻り——明かされたルーゼンビュフォアの目的にひとしきりの驚きをデュエラが見せた後の宴会場。
「いやぁ、ぶっちゃけるけど、罪人さんが転生する前にリストは作っちゃって提出していたからクレアちゃんの名前を直ぐに消せなかったのよね」
本日何杯目かの酒を喉に流し込んだミリスが、悪びれる様子も無く弁明する。白々しいとその場に居た誰もが思っていた。
「それに、あの事件が起きたでしょ? 転生魔法自体を私が知ってて黙認したんじゃないかって疑われちゃうし、事後処理も大変だったんだよねー、実際」
「ん……なんだ、違うのか? 俺はてっきり、全部アンタが仕組んだんだと」
しかしペラペラと語り出した言葉の端に引っ掛かるイミト。未だ胸の内に残る自らの転生の謎が、びくりと蠢いて。
「ううん。転生魔法自体は、ホントに偶然かな。ルーゼンと罪人さんが飛ばされた森に転生位置をずらしたのは私だけど」
「それも秩序を守る為の緊急措置だったから、仕組んだって感じじゃないし」
「ふーん、そうなのか……」
そして彼は、ふとデュエラへと目を向けた。
「?」
突然見られた事に少し驚き、不思議そうに首を傾げたデュエラ。イミトの推察であったアルキラル転生論が、否定に近づく。
顔には出さぬまでも、イミトは少し残念な心持ち。
「でも、不思議と丁度いい事になった辺り……私は私の凄さを感じてる、ふふ」
「……もうよかろうイミトよ、ここでの用は済んだであろう」
するとそんな最中、得意げなミリスに辟易としたクレアが溜息を吐き、イミトにその旨を伝える。心なしか、デュエラが慌てて食事を詰め込み始めた様相。
「あら、もう少しゆっくりして居てもいいのよ?」
クレアに向けて放たれては居たが、ミリスの心遣いはそんなデュエラへ放たれて居たものかもしれない。
「御免こうむるわ、我は酔いどれて堕落した者と関わるのが世で一、二を争う程に嫌いなのでな」
しかし、露とも気にせず嫌悪を吐くクレア。
「って、クレアが言った所で俺も失礼させてもらうぜ、ミリス。一応、一心……二心同体なんでね」
続けてイミトも重い腰を預けていた椅子から立ち上がり、左腕の鎧に手を通す。そしてクレアの鎧兜を両手で軽々と抱えた。
「残念♪ まぁ私の世界を楽しんでくるといいわ、罪人さん」
ミリスはもう、そんな二人を止める気は無いようだった。ニコリと笑み、テーブルに両肘を突いて手を組む。それから彼女は微笑ましく彼らの佇まいを眺めて、
「神は、いつでもアナタを見守っていますよ。ふふっ」
冗談めいた口調でそう言ってまた笑う。
「素敵なお世辞をありがとう。俺はいつだって、テメぇらを恨んでおくよ」
「クレアと一緒に、な」
「……」
対したイミトも言葉を並べ、オウム返しに別れを笑った。傍ら、左腕のクレアにギュッと力を込めて。一区切りの中、クレアは何も語らわなかった。いやきっと、語れなかったのだろう。
語れる言葉を、彼女は持ってはいなかったのだろうから。
「ふふふふ、それで……アナタはどうしますか、デュエラ・マール・メデュニカ?」
「ふぇ——」
そして話はデュエラへと向く。彼女は口一杯に食事を詰め込んでイミト達に続き、慌てて立ち上がろうとする最中であった。
「彼らと共に行く? それとも、またあの森に戻り、バジリスクと戦っていきますか?」
口元を手で隠して
「どちらにせよ、修羅の道。アナタに幸多からんことを願っています」
イミト達に向けたのとは違って嫌味も皮肉も無く、彼女に祈りを捧げた神。
答えは求めていない様子である。
「は……はい」
「「——……」」
彼女の選択に、少なからず興味を持ち彼女の様子を伺うイミトとクレアであった。
後に思えば、これがミリスの狙いで、彼らの隙だったのかもしれない。
「それでは。皆さん、足下を。さようなら」
それは——イミト達の後ろに隠れようとしたデュエラを確認するや、何故かミリスが唐突に別れを告げて片手を振る別れの仕草を見せたのに起因する。
「——は?」
近くに扉も門も無く、空間が変化する気配も無い。しかしミリスの言葉を振り返り、イミト達は一斉に足元を見て、気付く——
そこだけ
「おいおい……待てよ——畜生がぁぁぁぁぁあ‼」
——落下。
「きゃあああああああ‼」
「フハハハハハ、してやられたなイミトよ‼」
「笑い、事じゃないだろうが‼ デュエラ、手を伸ばせ‼」
「はぁ、はいぃ‼」
神の空間から落ち、
「クレアぁ‼ 何とかしやがれ‼ 投げ捨てるぞ‼」
「まったく……情けない男よ」
すがれる神に堕とされて、荒ぶる白黒髪にイミトは叫んだ。髪の根元は仕方なしに嘆くように言い捨てて。
「【デス・ゾーン‼】」
ブワリ。鎧兜を中心に赤い魔力が球状に広がる。するとその中心、落下速度をゆるりと下げて宙に浮かぶ三人の姿。
「周囲の時を蹴散らした……後は、空歩を使うが良い。デュエラ」
そう語るクレアに、イミトは思っていた。何でもありなのか、このハイスペック・マスコットは、と。しかしここは空のただ上、
「あ、はい……龍歩で御座いますね、です、えい‼」
様々な感想を空白に思い描く最中、デュエラが透明な膜を足下に張る。直にその魔法を見るのは初めての事、ゆるりと【そこ】に着地しながらイミトは恐る恐ると足裏の感覚を確かめる。
「——これ、他の奴も乗れるのかよ。ますます便利だな」
「うむ。我もイミトを抱えてもらうつもりであったのだが」
しゃがみ膝を突き、次は空歩の足場の手触りを気にするイミトの言葉にクレアも続く。薄らとなっている光の反射具合から見て、それは円形で広さは四畳半くらいのものだろうか。
「少し疲れるので御座いますが、です……」
その使用者のデュエラはと言えば、
彼女の冷や汗に気付いたイミトは、そう時間もなさそうだと理解する。普段は自分の足裏程度の面積を一瞬しか作っておらず、制御が難しいのだろう、と。
【デス・ゾーン】を習得した彼の経験値も脳裏でそう語っていて。
「さて、どうしたもんかね……世界の広さを感じる暇も無い」
一刻も早い打開策を探すべく、思考を巡らしながら周囲を見るイミト。それはクレアへの問い掛けでもあった。
が、故に、
「今の工程を何度かに分けてやる他あるまい」
察したクレアが一番初めに浮かんだ方法を口にするのにそう時間は掛からない。
「それじゃ、デュエラの負担が大きそうだ」
しかし、懸念。その一言が結論を
「わ、ワタクシサマは大丈夫、で御座いますから……」
足場の精度を保つデュエラは言葉とは裏腹に常に緊張状態で、あからさまに辛そうに見えていた。自らを省みない彼女の想いは尊重したいのは山々ではあったし、そうすれば自分たちは確実に助かるだろうが、どう考えても彼女が途中で力尽きて倒れるイメージが拭えないのだ。
そうなれば独り落ちる彼女を自らも安全に着地しつつ、助けられる可能性は十割では無いと、頭を掻きながら悩むイミトである。
しかし——そろそろ結論は出さねばならないだろう。そう思ったイミトが結論を吐くべく口を開いた矢先の事。
「そうだイミトよ貴様、ちゃんと魔石を持っておるか?」
不意にクレアがそんな事を尋ねてきた。そんな事、とイミトが思わず不思議そうに眉をひそめる程に淡白に唐突に。
「ん。あの狼みたいな奴の石か? バジリスクの奴も一応、拾ってるけど」
一計があるのか。イミトの会話の行間には、そんな素朴な想いが滲む。腰の裏の
狼の魔物を倒した時に手に入れていた、イミトにとっては未知の代物である。
「そうだな、
「ああ……何するんだ?」
クレアに
「少々難しいだろうが、空歩の範囲を広げよデュエラ」
「は、はい‼」
彼女はイミトの問いを無視し、話を進める。そうしてイミトの内にクレアが体を操ろうと自らの肉体に浸食してくる感覚、諦め交じりの溜息を吐くイミトである。
きっと、彼女は答え代わりに行動で示すのであろう。そう思っていた。
そして彼女は、その左腕に収まる唯一の身から黒い魔力を溢れさせる。
『【我が名はクレア・デュラニウス。ともがらよ、因果の果てに生まれ集まる思念の結晶よ、我の呼び掛けに応え、我に従え。汝に力を与えよう】』
言葉を紡ぎ、鎧の左腕からイミトの右腕へ魔力が流れ、開かれた掌の上に有る魔石へと蓄積されていく。瞬間、イミトはただの物質だと思っていた魔石から生命の息遣いのような
更に——、
『【
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます