第9話 故に、生く。2/4


 ルーゼンビュフォアが去った後、残された者はスポットライトの当たる舞台のような空間の中、テーブルを囲み、さっと光の中に居なくなった登場人物の話を続ける。


「説明をせよ、イミト。我は不愉快ぞ……幾度も貴様らだけで話を進めおって」


「あら、クレアちゃん嫉妬?」


「貴様は黙って酒でもしゃぶっておれ、神‼」


「はい、はーい♪」


 クレアには、どうしても気がかりなことがあった。横槍を入れた神に怒鳴るほどにイミトに対して感情を沸き立たせて。


「んー、何から説明すれば面白く伝わるかね」


 そんな彼女に、言葉の通り彼は悩んだ。頬を小さくなぞるように掻きつつ、言葉を探す。とても繊細せんさいな事情があると滲ませんばかりに、である。


「まず、そうだな。ミリスとルーゼンビュフォアの関係からか、ミリスはあの女神の事をルーゼンって略して呼んでいたのには気付いていたか?」


「回りくどい。神同士だ、知らぬ仲では無かろうて」


「ま、俺も仲が良いんだろうなと、そう思ってたわけだ」


 彼自身、状況を整理しながらの言葉を選び、かすクレアの言動をくぐって説明を始める。主観を交えながら思考の展開を言語化し、理解しやすい土台を作る。


 彼の語り口はそのようなものだった。


「神同士の仲が良い事が、貴様が奴にほどこしを与える理由になるのか」


「ならないな、全くもって。あの金は、ミリスが施したようなもんだって話だよ」


「初めから半分はアイツに渡して欲しかったんだろうぜ、ルール上……自分から渡したら駄目だったんじゃないか?」


「そこは我も解っておる。しかし乗らずともよかろう、あのような輩の為に、貴様が白々しく一芝居を打ってまで何故なにゆえに動いたかという質問よ」


 そんな積み重なっていくやり取りに、デュエラは考える事を止めた。考えるのを止めて食べ掛けていた茶わん蒸しを一口。


「はは、まるで金に執着してるように見えるぜ、クレア」


「たわけが……」


 やはり美味しそうに食べてくれる表情を見かねて、クレアの好奇心を茶化しつつイミトは椅子から立ち上がり、足りなかった時の分だと作っておいた余り物を手に取って、


「んー、そうだな。例えば、なんだが……アイツに課せられた罰ってのを思い出してみろよ。デュエラ、覚えているか?」


 テーブルの上にすべらすが如くデュエラの前へ新たな茶碗蒸しを勧め、話の流れの中、ついでに過去の発言を記憶しているかとデュエラへと尋ねる。


「? ……た、確か問題のある子の処理、といっていた記憶が御座います、です!」


「む——」


 そこで、クレアはようやく気付いたようだった。意気を以ってイミトの問いに答えたデュエラの言葉に引っ掛かりを覚え、思考を始める。


「ルーゼンビュフォアの最初に言ってた【】とミリスの言う問題のある子ってのは、いったい……どんな奴なんだろうな」


 そして正解へとクレアが至ったのを確認したイミトは、追い打ちの如く意味深に嗤う。


 いざなわれた結論、


 周りを心配そうにうかがいながら新たな茶わん蒸しの蓋を開けるデュエラを他所に——、


「ふ、ふはは……見えてきたぞ、イミト。なるほど貴様、ずいぶんいきな事をする」


 クレアも事を完全に理解し、鎧兜の裏で吹き出すように笑い始める。彼女も一転してゴキゲンな様子。


「そして見直したぞ、伊達に酔ってはおらんなミリスとやら……貴様も中々に酔狂よ」


「さぁ……何の事かしら?」


 あまつさえ犬猿の仲であるミリスに向けて称賛を浴びせる始末。


 そして続けてクレアは、感慨深くこう言った。


数多あまたの敵を無意義にほふり、生き永らえてきたが……このような機会に巡り合うとは」


 そんな違和感に溢れた状況の中で、茶わん蒸しと共に一匙ひとさじ、口に加えたデュエラは首を傾げる可愛らしい様相。


 やがて、

「あ、あの‼ どういう事、なので御座います、ですか⁉」



 彼女も食事をないがしろに勇気を持ち、恥を忍んでそう訊いた。


 ——。


 一方その頃——そのデュエラの問いに対する答えは、彼女らも当然知っている。


「神、ルーゼンビュフォア」

 「……何ですか」


 何処とも言えない目的地に向け歩き続ける中で呼び掛け、会話を始めたのはアルキラルだった。


 カチャリと眼鏡を掛け直すルーゼンビュフォア。


「恐らく、あの男は気付いていますよ。処理すべき魔物のリストにの名がある事まで」


 振り返りもせずにアルキラルは淡々と語る。背後にいるルーゼンビュフォアが両手に持つ資料の束を一枚めくり、クレア・デュラニュウスの事が掛かれていた資料を眺めている時の事であった。


「言われるまでも無い事です。それと正確に言えば、気付かされたと言うべきでしょう」


「積極介入。アナタの上司の性格の悪さは、彼が居た世界の神とは真逆ですから」


 ルーゼンビュフォアはふと手を止め、アルキラルの背中を冷たく見つめていた眼を閉じて想いにける。淡白な口調であったが、滲み出るのは嫌悪に近い倦怠けんたい感。


 ——そして辿り着く、巨大で荘厳そうごんな佇まいの門。


「後、少し誤解がありますね天使アルキラル」


 足を止め、少し頭を下げ送り届ける姿勢になったアルキラルに対し、彼女の傍ら思い出したように補足を予感させるルーゼンビュフォアの横顔がチラリ。


 眼鏡をまた、駆け直す。


「気付かれたとて、それが何だと言うのですか。アレらに私の道を邪魔する思惑があろうとなんだというのでしょう」


「彼らを含め、リストにあるものは処理する。それが、私が天界へ帰れる条件であるならば、ひたすらに遂行すいこうするまでです」


 持っていた資料を光に変えルーゼンビュフォアは腰元の小袋に手を掛ける。チャラリと鳴った金貨の音がむなしく響いて。


「地を這う虫と暮らすなど、いつまでも耐えられるとは思えませんからね」


「例え神を敵に回そうと、私は私も神であるという矜持きょうじを捨てるつもりはありませんので」


「……」


 妖しく眼鏡のレンズを光らせる女神に、ミリスの天使は黙すばかり。


 そして門は開かれる。


 ——。

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