第9話 故に、生く。1/4


 「ふぅわ……やっぱり土瓶蒸しが、一番かなぁ。大好き」


「神様に褒められて、マツタケ様も本望だろうさ」


 土瓶蒸しを食し、感慨にふけるミリスに炊き込みご飯の茶碗からマツタケを一切れ持ち上げて、イミトが皮肉めいて告げた。


 ひとしきりの調理を終え、デュエラもアルキラルの魔法によって急速に熱を抜かれた茶わん蒸しを美味しそうにたしなんでいる。


「中々やるわね、罪人さん。次に死んだら私の下で働いても良いわよ」


「それは是非、その時の担当裁判官に言って欲しいもんだ」


「ふふ、考えておくわ」


 えんもたけなわになる中で、ミリスとイミトが意味深く会話を重ねる。悪巧わるだくみをするように彼らは乾いた笑いを隠さない。


「さて。本気で私が飲み始める前に、渡すものを渡しときましょうか」


 そうして何杯目になるのか日本酒をひと舐めし、ミリスは徐にそう語る。


「渡すモノ? はは……ラノベみたいに反則級チートな能力でもくれるのか神様」


「そうしようかとも思ったんだけどね、でもアナタ……もう持ってるようなものでしょ?」


 その言葉を受けて茶化したイミトに意趣いしゅ返し。目線を流す先には、美しいデュラハンの頭部。何やら考えている様子の彼女に目を向け、神は小さく微笑んだ。


「……何だ、文句でもあるか、神」


 故に、それに気付けばデュラハンのクレア・デュラニウスが、あからさまに不愉快そうに三白眼で睨み返すのは自明の理。彼女も、神が嫌いであった。


「つんけんするなよ、クレア。一応、褒められてるみたいだぜ」


 しかしながら敵対関係から派生しかねない闘争にイミトが先手を打つ。すると渋々、クレアは白黒髪を手足のように操ってミリスから目を逸らした上で鎧兜を作り出し、その美顔を覆い隠すに至る。


「アルキラル。例の物を彼らに」


「はい——こちらをどうぞ」


 そうして話が一段落着いたところで女神のミリスは、後方に控える天使アルキラルに指示を出した。既にアルキラルはイミト達へ渡すモノを持っており、テーブルを迂回するように歩いてイミトの前、クレアの頭部の傍らのそれを置く。


「なんだそれは、ゴミ袋か」


「ゴミ出しのお父さんかよ。どう見たって違うだろ」


 鎧兜の隙間から流し目にクレアが見れば、それはあまり華やかとは言えない色の革袋。思わずクレア達には解らない知識で突っ込むイミトであった。


「……デュエラ。貴様が中を確認せよ」


 それをいぶかしげに流し、クレアは未だにフォークをぶっきらぼうに用いて食事に夢中になっているデュエラへ命じる。デュエラは喉に炊き込みご飯を詰まらせた。


 少し慌てたのはアルキラルだった。冷静な表情ながら彼女は急いでデュエラの横にあるグラスに入ったウーロン茶をデュエラに差し出して。


「——、ええ⁉ ワタクシサマが、で御座いますですか⁉」


 そして分かりやすく慌てていたデュエラも急いでウーロン茶を飲み干し、喉のつまりを改善するとアルキラルに一礼した後、クレアの発言に遅れて驚きの反応を示す。


 「ふふふ。大丈夫、中に入ってるのは便利なものよ。とても、ね」


 そんな様を愉快に眺めていたミリスは、一部始終を満喫したかの如く袋についての情報を開示する。とても意味深な言い回しではあったが——、


「いや……袋の感じだとかねとかじゃないか、多分」


「んもう、驚かせ甲斐が無いなぁ……罪人さんは」


 呆れた顔で馬鹿馬鹿しいと言わんばかりに息を吐き捨てた答えを述べたイミトに、ミリスは少し不満げ。


「おっしゃる通り、ツアレスト王国の貨幣、金二百枚で御座います」


「ほう……」


「何だクレア、金に目でもくらんだか。まぁ金もある意味チートみたいなもんだからな」


 そして話は、金貨の入っているという革袋に向く。一転して興味を示したクレアを茶化すイミトは雑に袋を持ち上げて、その重さを実感。


「馬鹿を言う。しかし、旅の資金はあるに越したことはなかろうよ」


「……お前って、意外と柔軟だよな。てっきり神なんかから物を受け取るのは汚らわし事だ、とか言いそうなのに」


「ふん。礼を求められるならば受け取らぬが、ただ受け取ってくださいと言うのならば受け取ればよいという話よ」


「ごちゃごちゃしてんな……」


 そこから派生して、デュラハンの二人は互いに見識を深めつつ会話を重ね、何物にもしばられずいとわずに居る佇まい。するとそんな二人をジッと眺めるミリスに気付き、


「あ、あの、お二方様‼」


 神の怒りを恐れたデュエラが二人のデュラハンの不遜を遠慮がちに小声でいさめるに至る。


「ふふ。気にしないでデュエラちゃん、私はそれを知っているもの」


 しかし放置されて尚、ミリスは本当に心から気にしてない様子で。


「「……」」


 疑わしい眼差しを向けるデュラハンたちを他所に、更に意味深く言葉を重ねるのだ。


「そして……だって事もね」


 何かしらを予感させるその言葉に、ピリリとデュラハンから警戒の緊張が走ったのをデュエラも感じる。ミリスの言葉の意味は、直ぐに理解出来た。


 ミリスの後方から突如として巨大な扉が現れ、それが轟々ごうごうと開かれていく様こそが、彼女の言葉の意味だったのだろう。


「女神ミリス——私の方の準備は完了したことをお伝えします」


「「……


 扉の向こうにあった懐かしい顔に、思わず瞳孔どうこうを開いたイミトに続き、彼の記憶を覗いたことのあるクレアが続く。


 彼らにしてみれば、それは意外過ぎる登場人物であったのだ。


「——何故、ここにが居るのです被告人」


 二度と今生こんじょうでは会う事の無いと思っていた眼鏡の女神も、遅れてイミト達の存在に気付き、彼女のくせであるズレてもいない眼鏡を片手で駆け直す仕草を見せる。


「こんにちは、ルーゼン。彼には試練を受けて貰っていたの」


 予期せぬ再会の衝撃に、間に入ったのはミリスである。


「アナタも食べる? 彼の料理は中々のものよ?」


「……結構です。全く、アナタという神は」

「偉大でしょ? ふふふふ……」


 彼女はうそぶきつつもイミトが作った料理をつまみ、酒をあおって。嘆くように頭を悩ませたルーゼンビュフォアを楽しげに嗤った。


「アナタも一杯食わされましたね、被告人。試練など受けずともアナタの処遇は不問とされることが決定していたのに」


「なっ——⁉」


 しようのないミリスから顔を背け、被害者意識の共有を欲するが如くルーゼンビュフォアが突き付ける事実。これまでの全てが茶番であるように感じたのは何故だかクレアである。


「そうだったんだな……ま、食わされた一杯がマツタケ御飯なら御の字ってもんだ」


 当のイミトは、まるで興味なさげな素知らぬ顔で、あたかもテレビジョン越しに他人事を眺めるが如く炊き込みご飯を頬張る始末。


「ふふ、何となく気付いていたくせに。悪い人ね、罪人さん」


「で、神様のミリスは俺とルーゼンビュフォア・アルマーレン様の感動の再会を演出して、一体、何を企んでいるんだ?」


 そして放たれるミリスの推察にイミトは答えない。話題を塗り潰すと共にミリスが腹に抱えていそうな話の核心に迫るべく、マツタケの切れ端を噛みながら悪辣な横目で笑みを表し、言葉を並べる。


「実はね、ここに居る秩序の神様がさ。ちょっとした問題を起こして怒られちゃったわけなのよ」


 音も無くアルキラルが息を飲む中で目的に繋がる経緯を語り始めたミリス、背後でそっぽ向くルーゼンビュフォアは話の進み具合に応じて不貞腐れた様子を滲ませるように眼鏡をまたも掛け直して。


「例えば、公平な裁判をせずに本来は地獄に行く必要のない人を地獄に送ってたりさ」


「ああ……なるほど」


 イミトは、妙に納得していた。自身が胸に抱くルーゼンビュフォアという神の性格ならば、と。


 そして——考える。

 炊き込みご飯の茶碗をテーブルに置き、続いて箸も置く。


「それでね……ふふ、罰として神様の力を少し封じた上で私の世界のちょっと問題がある子たちの処理をすることになったと、そういう感じの話」


「余計な無駄話は止めて頂きたい女神ミリス。早く開門と通行の許可を」


「はいはい」


 ミリス達が話を続ける傍らで、ふと改めて気になった革袋を手に取り、気になった意味を考える。手触りに違和感もあった。何の気なしに彼は革袋の口紐を解き、その中身を確認した。


「……なるほど、参ったもんだ。独りで行くのかルーゼンビュフォア」


 そして再び一考し、大雑把に状況を理解したイミトである。彼は納得した様子で清々しさを表情に浮かべて旅路に向かうという眼鏡女神へ声を投げかけた。


「アナタ……には関係ないでしょう」


「おいイミトよ、貴様まさか」


 イミトの問い掛けに含みを持たせて答えるルーゼンビュフォアを他所に、イミトの言葉を誤解するクレア・デュラニュウス。


「あ? ああ……違う、違う。そういうんじゃねぇから」


 彼が右手を振り、身振りと言葉で否定するまでの間、ルーゼンビュフォアに同情した彼が共に旅をしないかと誘うのでは無いかとクレアは危惧していて。


 だが前述したようにそれを察したイミトは直ぐに否定に手を振った。


 しかし、であろうか。


「これの半分、持って行けよ。餞別せんべつだ」


 彼はクレアの疑義を横に置き、ミリスから渡された革袋の中から一つの小袋を取り出してミリス側のテーブル向こうの端へ放り投げる。


 テーブルから落ちそうになった袋——ガシャリと中身の金貨が叫ぶ。


「何故だか、ご丁寧に中で袋が二つに、分けられているんで、ね」


 イミトに同情は無い、その不遜な言い様からクレアは思った。むしろこれまで見た事の無いようなゴキゲンな様子でルーゼンビュフォアをからかっているようにさえ見えていた。


「……人の子の世話になど、なるつもりは毛頭ありません」


「そういうなよ、一緒に異世界に飛ばされた仲だろ? くくっ……」


 とても悪辣、ルーゼンビュフォアが不機嫌になるのも無理からぬことだろう。吐く言葉吐く言葉がとても白々しく、まるで悪戯いたずらを仕掛けている子供のよう。


「受け取りなさいなルーゼン、善意は有り難く頂戴するものよ」


「……貸しだとは、思いませんからね」


 ミリスもそれに続き、どうやらミリスの言葉には逆らえないのだろルーゼンビュフォアは仕方なくテーブルへと近づき、ひと睨む。


 そして振り返って誰にも見られないよう屈辱にまみれた様子で歯を噛みしめ、金貨の入った小袋を握り締めた。


「慈善の投資だ。こっちは貸した気も無いから安心しろ」


 そんな彼女の屈辱を手に取るように掌でもてあそぶイミトは、またも白々しくそう彼女に告げた。まぎれも無い真実ではあるのだろうが、なぜそこまで楽しんでいるのか傍らのクレアとデュエラには全くもって解らない。


 クレアの白黒髪が鎧兜の中から少し波打った。


「アルキラル。彼女を案内してあげなさい」


「はい、速やかに。どうぞこちらへ、女神ルーゼンビュフォア様」


 そうして、新たなとは言えぬ登場人物は銀髪の執事に連れられ、幕内へと消えていったのだった。


 ——。

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