第5話 森の征服者4/4


 ——駆けていく、時と同じ速度で駆けるが如く駆けていく。兜を抱きかかえ、流線りゅうせんの世界を慣れた様子で駆けていく。


「戻れ、戻れ‼ デュエラ‼ 貴様ら、ふざけたことを‼」


「戻れません‼ イミト様の想いを無下むげに出来ないのです、ます‼」


 岩石地帯を程なく竹林の林へと景色は変わり、クレアの怒りを抱えたデュエラ・マール・メデュニカはまた空をる。


「愚か者‼ 奴はまともに戦いを知らんのだ‼ 無駄死にさせる気か‼」


「それに貴様はだまされておる‼ 奴は、奴は我らを守る気などサラサラないのだ‼」


「ですが——しかし、」


 対するクレアは身動きの出来ないその身でひたすらに説得を重ねて。



「奴は、ただの死にたいだけの阿呆よ‼」


「ええい、止まれぇぇい、デュエラ・マール・メデュニカ‼」


「っ——⁉」


 そして幾ら言葉を放とうと動きを止めぬデュエラにしびれを切らし、唯一の身を覆い守る兜をひもくが如くほどき、腕の代わりに美しく長い黒髪を操って八方の竹へ伸ばして、更にデュエラの体に髪を絡ませ無理やりデュエラの動きを止めて見せる。


『イミト、イミト‼ 聞こえるか⁉』


 急停止の衝撃に竹がしなり——、悲鳴が如く歪んだ音を放つ後、竹葉ちくばが散り舞う中で今はもう遠くのイミトへ語り掛けるクレア。


 届くはずの無い声に、それが聞こえていたデュエラは自分と共にクレアの髪に絡まってしまった竹林のしなりに吹き飛ばされぬよう、足を踏ん張らせながらゆっくりと地を削りながら苦しさに顔をしかめ下唇を噛んでいた。


『——……あ? まさか、もうデュエラを説得したのかよ』


 すると、だった。デュエラには聞こえない声でクレアの言葉に反応を示すイミトの呆れ交じりの面倒げな声。


『まだ生きておるな‼ この馬鹿者が、どういうつもりだ‼』

『そういうつもり、だ。悪いが——、メスの蛇三匹にナンパされて持ち帰り寸前なんでな』


 そのクレアの相互的な様子にデュエラは悟る。彼女らはデュラハンなのだと、或いは漠然と二人が繋がっているような気がして。


 さもすれば、そんな魔法もあるかもしれない、と。


 そしてクレアも気が付いている。


『モテ期の——到来——、で、お前の相手までは気が回ら、ないんだがっ』


 『ふざけるな‼ 貴様、我が戻るまで死ぬことは許さんぞ‼』


 イミトが、戦いを知らぬと思っていた人間が、恐らく戦いの渦中にあるとクレアは途切れ途切れの言葉のはしから察し、彼女はデュラハンの特性を生かしイミトと視覚の共有をしようと試みるに至った。


『クレア……人は、理不尽の中に生まれて理不尽の中で死ぬんだよ』


 が——、見えたのは暗闇、そして共有を拒絶される初めての感覚。恐らくはまばたき、そしてイミトの強い意志。


『理屈を作るのは、いつだって人間じゃないからな』

『貴様……‼』


 初めての反抗の中で聞こえる相も変らぬ諦観ていかんし、達観たっかんしたことに、クレアは込み上がる感情と共に声を詰まらせた。どうしようもない不条理に改めて不甲斐ない自分を、世界を呪うように歯を噛みしめて。


『それでも俺は——テメェの理屈で誰かを守れる化け物でありたい』


『そんな事は守るとは言わんと、貴様が一番理解しているであろうが‼』


 そうしてイミトが残す辞世じせいまがいの言論に、激情をって反旗はんきひるがえすクレア。


『解っておるだろう‼ 死んでつぐなえるものなど、何ひとつ、ないのだと‼』


『それは——自分に言っているのかよ』


 しかし、感情で向かえばやなぎが如く、イミトは彼女のはたわらうように間髪入れずに言い返し、楽しげに突き放す。


 彼女には、それに返す言葉が無かったのだろう。

 ——しんを突いていて、しんを突いてきて。


「~~~‼ デュエラぁ、今すぐ戻れ‼」


 故に、行き場の無くなった感情の行く先は八つ当たりに等しくクレアの髪による拘束から逃れようとするデュエラに向いた。クレアの咆哮に体をビクリと震わせ、デュエラは抱えたままのクレアと共に未だ僅かにしなったままの竹に押し戻され、尻餅しりもちを着く。


 そして——、

「で、でも……」

「頼む‼ 奴は——……奴は死なせてはならんのだ‼」


 クレアによって髪の拘束を解かれ、起き上がるデュエラ。大切に抱えていた預かりモノの頭部を目の前に丁寧に置き、正座で向かい合う。メデューサの少女は迷っていた。


「……」


 太ももに置くクレアから授かった鎧の手でクレアから授かった服を握り締め、黙す。頭だけの無力に思える彼女の気持ちも、彼女を自分に託して場に残った男の気持ちも、デュエラには痛いほど伝わって来て居る。


 何より彼女の過去、二人には未だ語れていないが彼女の心の中で揺れていて。


 しかし、そして、ようやく、


「頼む‼ 奴は——いや、我は、奴と共に……生きると決めたのだ‼』


 クレアの必死な、ひたむきな、ありのままの、悲痛な、切なげな音の響きに、


「——⁉ ……分かりました、です‼」


 彼女は、デュエラ・マール・メデュニカは固く決意する。まぶたの裏に映った、あの頃の自分と決別するが如く目を見開き、クレアを優しく両手で抱えて立ち上がり走り出す。



 向かう先は無論、先程の岩石地帯である。


「死ぬな、イミト‼」

 クレアは再び流線となる世界で祈るように先を見据みすえていた。


 ——。


 一方、過去の中でわらう男は巨岩きょがんを背に、三匹の白大蛇しろだいじゃと追い詰められたように対峙していた。蛇がそれぞれ舌舐めずる最中、黒い渦の魔力で新たな槍を作って。


「——……まったく、ダメ男好きが多くて困る」


「さあ、本命が来る前に遊び尽くそうかバジリスクのお嬢さん達」


 そうして彼は軽くき込み、そして額から流れた血の筋をぬぐった——

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