第5話 森の征服者2/4


「悪いが、この世界を暫く満喫させてくれ。両手を広げて目一杯よ」


「デュエラが疲れたら交代するから」


 白々しくも飄々ひょうひょうと言い訳を語るイミトに、クレアは怒りで震えていた。


 しかし、

「……阿呆が。仕方ない。デュエラ、我に触れることを許す故、こちらへ来い」


 恐らくは時間の無駄、なのだろう。これまでがであったように、これからもであるのだろう、とクレアはあからさまに渋々と感情の行く先をイミトからデュエラに切り替え、鎧兜から未だ漏れ出る眼光でデュエラを刺す。


「え、あ、はい!」


「両手を出すがいい」


 当然、その尊大な眼光をこれまで卑屈だったデュエラが今さら跳ね返せるわけも無く、慌ててクレアの下に駆け寄ってクレアの指示に従う少女の両腕へ、クレアの魔力が渦を巻いた。


「……お前、本当に鎧じゃなきゃ落ち着かないんだな」


 そんな光景に、元凶げんきょうのイミトが言った。クレアの魔力の渦によりデュエラの両肘から先に作られるのはイミトの左腕によく似た鎧である。


「よいか、貴様は両手で抱えるのだぞ」


「は、はい……絶対に落とさないようにするのです‼」


 クレアの性癖に呆れるイミトを他所に、続けられる作業。そしてデュエラは恐る恐るといった具合で緊張しながら両腕で胸下にクレアの頭部をかかえるに至って。


「頭って意外に重いからな、気を付けろよ」


 危なっかしい二人の初々ういういしい様子を横目に、また今度は両手で槍を用い空気を試し斬るイミト。その表情に溢れているのは解放感。


 するとやはり、彼女は不機嫌にそんな彼を恨めしげに見つめていた。


「……」

「そ、そんなに重くは無いのです、ます!」


 けれど、その怒りが爆発する前に慌ててイミトの言動をデュエラが否定する。そしてクレアをなだめるようにクレアの頭部を軽々と上下させて彼女は兜の頂点に触れる胸も揺らした。


「じゃ、出発だ」


 その様を横目に肩へ槍をもたれ掛からせ、気だるそうに歩き出すイミト。


「阿呆が……どうしたデュエラ、早く案内せよ」


 そして不貞腐れた声のクレアも棒立ちするデュエラへ指示を出し、話を進めようとして。


「あ、はい‼ すみませんなのです‼」

「「……」」


 しかし——この時、後ろ髪を引かれるように不安げにジャダの滝に振り向いたデュエラの様子を二人が見逃すことは無いのである。



 そして時を同じく、一匹の蛇もうごめきを始めていた。


 ——。


 異世界人と、首だけデュラハン、メデューサ族の娘を交え、一行は森を進む。


 道なき道を進み、滝から流れてきたせせらぎが、いつしか遠くなっていく。デュエラ曰く、川沿いに進むと確かに森は抜けれはするが、中々に道のり険しく、かなりの遠回りになるとのことだった。


 そんな中、沈黙を嫌うように槍で草木を払いながら先を行く異世界人のイミトに首だけのデュラハンのクレアが語り掛けた。


「時にイミトよ、貴様は何故に槍を使うのだ? なにやら槍術の心得でもあるのか」


「あ? ああ、いや別に深い意味は無い……な」


「両刃の剣の方が扱い易かろう、かつて東方の者が扱っているのを見た片刃でも別に良いが」


「槍など小賢しい動きしか出来ない上にふところに入られたら終わりであるのだぞ」


 道をきながら背中越しに交わす日常会話、確かに後ろを往くクレアやデュエラにしてみれば槍で道を切りひらくのは、いささか、には見えていて。


「いやふところに入られたらどっちも終わりだろうよ」


「小回りが効かんという話だ」


 しかし、表情こそ見えないものの懸命な背中でクレア達が進むのに支障がないように割と丁寧に作業するイミトに対し、流石に思いの丈を直接言葉には出来ないのか、クレアはそれを遠回しに伝えようとしているようでもある。


「槍など、多数の味方が居て始めて合理的な効果が生まれるものだと思うのだ。少なくとも我は雑兵に与えられる武器だと思うておる。槍を使う強者に出会ったことも無いのでな」


 故にデュエラは、クレアとイミトの会話を聞きながら苦笑いを浮かべているのであろう。


「そうなのか? まぁ……なんでも使い様だと思うが、俺はお前が居なきゃ雑兵みたいなもんなんだから丁度良いんじゃないか?」


「うむ……確かに貴様の肉体は軟弱ではあったが、多少は我の魔力で強化されておるのだ。そこらの雑兵と同列にされるのは貴様の事とはいえ些か不快ではある」


「……そんなに俺が槍を使うのが気に食わないもんかね」


「いや、むしろ剣マニアなのか」


「じゃあ、間を取ってこんな感じか? 薙刀なぎなたみたいな」



「……やはり棒切れに何かこだわりでもあるのだろうが」


「いんや、天邪鬼あまのじゃくなだけさ。ま、もう少しデザインは考えておくとする」


 そして彼女は、微笑ましく二人の会話を楽しんでいく。


 新たに形を変えたイミトの武器は彼の言葉の通り、刀と槍を組み合わせた薙刀のような形状では確かにあったのだが、しかし適当なイメージで作ったせいか、その形は歪で、作った本人も納得できずに居るらしく試しぶりをするも少し小首を傾げる始末。


「なんか槍と斧が合体したみたいな武器とかも見たことあるし。アレは何て言ったかね」


 それでも、一度変えた形を元に戻すのもしゃくさわり、試し振りをしたことで足下に落ちた木の枝を蹴っ飛ばしながら、薙刀を肩に担ぐイミトである。


「デュエラは、見た目からして武器は使わないタイプなんだろ?」


 そして話の流れは、傍観ぼうかんを決め込んでいたデュエラへと向く。一人を置いて二人で話が盛り上がっている事への気遣いやら後ろめたさやら、そんな感情もチラホラあったのだろう。


「ていうか、そもそも戦ったりはしない方なのか」


「あ……えっと、ワタクシサマは、武器はあまり……たまに襲ってくる魔物とはハハサマから教わった格闘術で何とかするので御座いますが」


 するとデュエラは少し体をビクリとさせて、戸惑いの笑みで受け答え。恐らくはイミトの気遣いは余計なおせっかいだったのであろう、イミトは顔にこそ後悔を出さないが少し失敗したかと答えを聞いて目線を逸らす斜め上の空。


 その時——、イミトは木をつたう蛇の尾を始めて目にするに至る。


「ふふん、恐らくこやつは貴様より強いぞ、イミト。貴様は魔法の一つも使えんのだろう?」


「なんでお前がドヤ顔風なんだよ……お前が何回か俺の体を経由して魔法を使ってくれれば使えるようになるんじゃないか?」


 けれど、クレアの嫌味たらしい言い回しと楽しげな嘲笑に先に対応せねばならない。


 凶兆を胸の隅へ置き、まるで自分の持ちモノを自慢するようにイミトはデュエラが両手で抱える不自由なクレアに言葉を返した。


「ふん、誰が貴様などに我の高尚な魔法を教えるものか」


高尚こうしょう。まぁいいさ、けどデュエラのあの空を歩く魔法は便利そうだったよな」


「【】で御座いますか?」


 そして彼は、そんな会話の中から嫌がらせというよりは赤っ恥を突ける話の題材を見つけるに至って。



「ん、俺は【】って聞いたが?」


 白々しく、そう彼が言った。



「別にどちらでも良かろう! 同じ系統で呼び名が違うだけであろうが‼」


 すると思い出し、男の思惑に気付き、彼女は声を大にする。


「それもそうだ、それも母親に教わったもんなのか?」


 くっく、と今にも音が出そうなイタズラな嘲笑の後、話を元の流れに戻すべくデュエラへ改めて顔を向けつつ目の前に迫っていた枝を鎧の腕でへし折る楽しげなイミトであった。


「……はい、ハハサマは私に色々な事を教えてくれたのですよ」


 そんな二人のやり取りに、やはりデュエラは楽しそうではあったが、今回の微笑みには何処か儚さがにじみ、それはやはり自分が失ってしまった関係をうれうものであったのだろう。


「良い母親、だったんだな」


「……はい」


 イミトは淡々と過去形でお悔やみを申し上げ、デュエラが仕方なく頷く。クレアはといえば兜で表情は見えないものの静かに二人の感情を感じている気配があって。僅かな沈黙、イミトが草木を除く作業の音だけが広い森の中に響いているようだった。



 そこで、ようやくとイミトが口を開く。それは森の茂みを抜け、空から岩石がそそいだように荒れ果てた土砂崩れの起きたであろう地帯に着く数秒前の事である。


「所で、さっきから凄い数の視線を感じるんだが、これは気のせいか?」


 「え——」


 森の茂みを掻き分け、誰よりも早く見通しの良い岩石地帯を発見したイミトが不意に放った一言にデュエラ・マール・メデュニカは背筋が凍る想いで緊張を走らせた。


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