第4話 デュエラ・マール・メデュニカ3/4
あらかたの食材の処理を終えた後、デュエラとクレアが興味深そうに見守る中、
「と、こんな感じで岩塩を粉になるまで砕いて
何の事の無い事を説明しながら焚火から少し離れた位置に串に刺した魚を
「それじゃあ、焼いてる間にデュエラから話を聞く事にしようぜ」
「う、うむ……では、何から聞く」
ひと段落を終え、息を吐いたイミトを他所にクレアは言葉とは裏腹、未だ二匹の魚の様子を興味深そうに見つめ続けたままである。
「いつからこの森に住んでるんだ? ここらのメデューサ族は居なくなったって聞いていたんだが」
当然イミトもそんなクレアの様子に気付いては居たが、
「は、はい……生まれた時からでございます、です」
「ワタクシサマはその……混血児なのでして」
するとイミトからチラホラ視線を外しつつ、心配そうに答えたデュエラ。前髪の様子を気にしていたりと純朴な少女な様子。そんな様子に特に興味の無さそうにイミトも目を逸らし自制をする。
正直、やりづらいというか嫌な予感が彼の胸中を
「……さっきもクレアが言ってたな。人間とのハーフって事なのか?」
「……?」
それでも情報を集めなければと息を吐いて言葉を選び、会話を再開したイミトだったのだが、早速とデュエラが首を傾げた為に目標としていた円滑な会話が
各々に意味が分からなかった。
「ああ、そうであったな。イミト、混血児というのは確かに貴様の言うハーフと同じではある」
「しかし、こと魔族にとっては特別な意味があるのよ」
するとそこに通訳者のように現地の常識を語り始めるクレアの登場。
「特別な意味?」
「先ほども申したであろう……魔族は神に呪われたものの
「或いは、神の恩恵を
「あー、何となく話は見えてきた。強い差別や
なんでそんなことも知らないの?と。デュエラはそんな素朴な顔をしていた。
「そうだ。呪いと考える者からは
「そして人間も、魔族として扱うって事か」
一方のイミトはそんな眼差しを尻目に、クレアの説明を
「うむ。滅多に生まれるものでは無いのだ、混血児というのは」
「例え人間と
「へぇ、凄いんだな」
そして、さして変わらない人間という生き物に興味を失ったようにクレアの説明に対するその締めの感想は淡白に放たれて——パチリと弾けた焚火の音に首を振り、
火の粉が少し、宙を舞った。
それから話はデュエラの身の上話へ。まずクレアが先んじて推察を述べた事からそれは始まった。
「おおかた、人間と恋をしたこやつの親が、追放され逃げる様にメデューサ族と縁深いジャダの滝に戻り住んだのであろう。まだ親は生きておるのか?」
ずいぶん
「あ、いえ……それとハハサマは、ここで生前の父と出会い、ワタクシサマを生んだそうです……ます」
「はい、クレアちゃんハズレー」
やっぱりクレアの推理は間違っていたと、葬式のように気まずくなりそうな空気をぶち壊すように流れ作業の如く言い放つ。
「…………」
「あ、ごめんなさい、ごめんなさい‼」
恐らくこの時、クレアの中で何かが切れたような音が聞こえたのはクレア自身とクレアの顔色を伺っていたデュエラだけであろう。
イミトは、
「因みに、デュエラが生まれたのは何年前だ?」
敢えての空気読まずで、話を淡々と進めてクレアの髪を独りでに少し波立たせる態度を続けていて。話を振られたデュエラはクレアの言葉なき怒りに
「え……、と。十六……、年まえ、であります、です」
「という事は、クレアが封印されてから少なくとも十六年は過ぎてるんだな」
それでも何とか答えたデュエラの言葉に、すかさず考えを巡らせるイミト。少し肩の力を抜いて、地面に右手を置き体勢を斜めにクレアの反応を見ようとした。
が——、
「……何故そう思う」
岩の上からイミトを見下げるクレアの声は、隙を見て今しがたの仕返しをしてやろうと、そんな感情が滲んでいて。
「いや、多分だがデュエラの父親は【あの戦場】の生き残り、だろ?」
それを知った上でイミトは次の反応。先に述べたクレアに対し後出しで卑怯だとは思いつつも、これまでの情報で導き出した自分の推論を述べるに至る。その推論を聞き、思わず考え込んだクレアを他所にイミトが馳せた想い。
——彼には、それなりの確信があった。
広大な森で【誰か】と戦争をしていただろう今はもう永い眠りにつく白骨の兵士たち、なぜ彼らの祖国は彼らの遺体を何十年も回収しないのか。
この森の先住民であったはずのメデューサ族が何故この森を離れ、どんな理由かまではまだ分からないが、メデューサたちを追いやったであろう他の魔族たちの文明の気配が何故ないのか。
これだけ水資源が豊かな森であるのに。
導き出される結論は、この時点でもさほど多くは無い。
——この森には、魔族や人類が不可侵にならざるを得ない【何か】があるのだ。
この頭だけしかない短気なデュラハンが或いは、そうなのか。イミトはふと——そんな事が頭に
ただ、自分の仮定が事実だとするならば——これからの展開を想い——嫌な予感が小さく
「あの、もしかして崖の向こうにある森の話です、ますか?」
そしてイミトはデュエラの自信の無い声にハッと我に返り、焚火で良い感じに焼けてきている魚の存在を思い出して冷や汗を一筋流した。
良かった、まだ焦げてない。
「ああ。そこに——『待て』」
「そんな思い出話をするより、手っ取り早い聞き方があろうよ」
ふつふつと湧く魚の油、擦り込んで溶けていた塩が白い結晶に戻っていく最中、話を再開しようとした矢先にここぞとばかりに割って入るクレア。
イミトはまさかと思った。しかし、ここは温かく見守るべきであろうと黙し、手番をクレアに
すると、
「デュエラ、今はツアレスト王国歴で何年ぞ。魔界歴でもよい」
「……」
やはり、そういう聞き方をしたか。期待外れの新作を途中で読み捨てるような呆れた面持ちでクレアから視線を逸らすイミト。挙句そろそろ良いんじゃないかと、焼き魚の焼き具合の最終確認に注力する始末。
「あの……ごめんなさい、ワタクシサマは外の事は何も、知らなくて」
そして想定通りに言葉を返したデュエラの横で、焚火に向かって溜息を吐く。
「馬鹿かよ、同族に差別されている上に目が合ったら他人を石に変えちまう奴が、こんな森に独りで住んでるんなら、知っている可能性はそりゃ低いわ」
「~~~‼」
クレアはメロスというより悪逆非道の王のように顔色真っ赤に激怒した。敬意が一欠けらも無いイミトの正論に対して恥ずかしさで赤面したものの、
その強かで冷徹な眼は何も語らないが、開かれた瞳孔の奥では怒りに燃え、逆立つ髪の毛が忠臣の如くざわめいている。
「ひいい‼ ごめんなさい、ごめんなさい‼」
未だ自分に向けられる怒りの眼差しにデュエラ・マール・メデュニカは神の逆鱗に触れたが如く体を恐怖に震わせ、体を二歩ほど後退させながら反射的に頭を下げた。
不勉学な己を猛省しながら情状酌量を必死に求める
——故に、クレアは寛大であった。
「気にするでないデュエラ……我の配慮が足らんかっただけよ。これを機に貴様が世界の広さを知る事が出来る事を祈ろうではないか」
「知らぬことは恥ずべき事では無い。知ろうとせぬことが恥ずべき事だと理解せよ」
「え……あ、は、はい‼」
フッと唐突に彼女は笑う。一転して温厚な先達者の如く振る舞うクレアの慈悲に一瞬だけ虚を突かれたデュエラだったが、すぐさま我に返って無礼の無きように返事を返すに至って。
「そうであろうイミト?」
すると、今度はイミトに向け——クレアは変わらぬ笑顔でそう尋ねる。
「まぁ、そりゃ知ってて損する事はないとは思うが」
イミトも変わらぬ態度で斜め下の魚の焼き具合を眺めていた。クレアの眉がピクリと動いたことを知りながら。そしてこの瞬間——、クレアの表情が笑顔で固まっていることにデュエラは気付き、その身を
——嵐の前の静けさなのだと。
「そうではない。学習能力の無い貴様の話をしておるのよ」
デュエラはイミトに助言をするべく、少し動く。
だが——、
「サカナ焼けたぞー」
「話を聞かんかぁぁあ、貴様は‼」
時は既に遅く、イミトの無神経な一言でクレアの髪が逆巻く炎の如く立ち上り、凄まじい怒号。さもすれば、デュエラはそれだけで吹き飛ばされてしまうような感覚に
しかし、スッとその怒りを
「……食ってからなら話でも喧嘩でもしてやるよ。俺は腹が減ってるんだ」
イミトの腹が鳴る。空腹だと、切実に貧しさを訴えかける。頭だけのはずのクレアも瞬時に怒りを忘れ、酷く赤面した。
「さっさと味覚の共有をしろよ。たぶん、まずくはないぞ?」
「……ふん。我は要らぬ。一人で勝手に食べるが良い」
それでも、イミトの下へ魚が戻るとクレアは不機嫌そうにそっぽを向いた。あからさまに強がっていると冷や汗を流しながら思うデュエラである。
そんな最中、
「そうか。ほら、デュエラの分も焼けてるぞ」
クレアに構わず、イミトがデュエラに話しかける。少し体をびくつかせて彼女が振り向くと、焼魚のもう一匹を差し出しているイミトの姿があって。デュエラはまた、己の中にある命の脈動を早くした。
「あ、いや……ワタクシサマは……その——」
チラチラと見られている。岩の上から振り向かずとも感じる視線。目を泳がせながら彼女なりに平静を装いつつ、デュエラはゴクリと息を飲んだ。恐怖の中にあっても腹は鳴るが、恐怖ゆえに手は伸びない。そんな様子を見かねてイミトが言った。
「……クレアに気を遣ってるなら気にするな。どうやら元々のデュラハンって奴は食事をしない生き物らしくてな」
「……やはり気付いておったか。食えん奴よ、腹立たしい」
「色々知っているのに岩塩は知らないんだ、気付かない方が無理があるってもんだよ」
事実をサラリと
まだ
「そういう訳だ、デュエラ。そもそも貴様が採ってきたものであろう。遠慮する必要は無い」
確実に分かったのは、焼き魚を食べてもクレアが自分に怒る事は無いだろうという事で。
「あ……それじゃあ」
恐る恐るも手を伸ばし、イミトの手から白い結晶に装飾された焼き魚を受け取る。串に体を固定された魚はまるで、水の中を泳いでいたまま焼かれたような
焼かれた余熱が立ち上り、ほんのりと塩というものの薫りと魚が隠していた自然の薫りを嗅覚に運ぶ。
「いただきます」
そんな感慨に
しかし、唇に魚の焦げかけた皮が触れた瞬間——。
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