第4話 デュエラ・マール・メデュニカ2/4


 そこからのイミトの役割といえば、デュエラが採ってきた食材を調理するための準備である。河原に落ちている小枝を集めたり、石で調理場をしてみたりとコツコツ重ねる。


「なぁクレア、火の魔法なら使えるか?」


 そして一段落を終えるや、正座するデュエラの髪を風魔法で乾かしているクレアにイミトがそう尋ねた。


 すると、

「こき使いおって……しかも【】とは何だ。その枝すべて消し炭にしてやろうか」


 言葉の端に見え隠れするイミトからのあなどりに不満を漏らしつつ、クレアは質問に対して肯定こうていの意味合いと取れる言い回しで風魔法によりデュエラの髪をボサボサにしながら、かたわらに小さな炎をともす。


「さすが、ハイスペック・マスコット」


 魔法については良く知らないながらも、何となく器用な事をしているだろう事は理解出来て素直に感心と称賛を与えたつもりだとイミトは思っている。


「……次にその呼び方をしてみよ。貴様の頭の毛穴を全て焼き塞いでくれる」


 しかし、クレアがそれを素直に受け入れない事も理解している。相反して同居する事は無いその二つの感情の狭間で、イミトは笑った。



「気を付けるよ。だからこれに軽く火を付けといてくれ」


 自らの性分を嗤うように笑い、クレアの警告をいなすイミト。彼は次に言い訳がましく右の掌に黒い魔力の渦を作って。


「その間に俺は、ソイツの髪をかしておくから」


 その手に握ったのは小さな黒いくしであった。乾き終えたデュエラの髪はボサボサで見ていられないと思ったのか、クレアがまきに火を付けるまで暇つぶしのつもりだったのか、イミト自身にも分からなかったが、何となくそうせねばいけないような気がしている。


 そんな、直感。


「ほう……良い心がけではある。少し見直した」


「お前の髪は綺麗だから必要ないだろうけどな」


 すると嫌味の如く告げたクレアに皮肉めいて返すイミト。


「……ふん、たとえ荒れていようと貴様になど触らせんわ」


「そのままソッチ向いててくれ、デュエラ・マール・メデュニカさん」


「それなら、俺と目を合わせなくても済むだろ?」


「は、はい‼ ——ひゃ⁉」


 そんな二人の構築されている関係性を茫然とデュエラ・マール・メデュニカは眺めていた。そしてイミトの言葉に我に返りイミトに背を向けると、他者に触れられる感覚久しく気恥ずかしさの声を漏らし、体をビクリと反応させる。


「髪を綺麗に整えるだけだ。我慢してくれると有難い」


 ぼさぼさのデュエラの髪にくし一房ひとふさ流しながら、静かに一言。デュエラが頷くと、また一房。そこからは、黙々とイミトはデュエラの髪を懐かしい面持ちでかしていく。


「……でゅ、デュラハンとは凄いので御座いますですね。め……メデューサの呪いが効かないだけでなく、服やくしまで作れるなんて」


 そしてあらかた整いつつある中で、ようやく意を決したように話しかけたのはデュエラ。


「どうなんだろうな。俺は、この世界の呪いだの魔法だのは詳しくなくてな」


「同じ呪いを受けている者たちだけだと思っていたのですます……ピーちゃんもルルっ子もみんな石になり申しまして」


 クレアのそれとは比べるべくも無い癖のある髪質ではあるが、整えればそれなりに美しいデュエラの髪を一房持ちあげて観察しながら返されるイミトの言葉に、デュエラは寂しさをにじませる思い出話をした。


 けれど、

「そうか……ま、結果として石に変わらなかったから俺はもう怖いとは思わないが」


 敢えて踏み込んでその話題にイミトは乗らず、彼はただ今そこに居るデュエラの話で返す。どう考えても、悲しい話しか出てきそうも無い話題を無意識に避けている——そんな印象。


 すると、会話の分岐ルートは別の方向へ綺麗に行先を変更して。


「——先ほどはすみませんでしたのです‼ ハハサマの言いつけ通り、隠れてやり過ごそうとしていたので御座いますですが‼」


 きっと、せきを切ったように思いがあふれたのだろう。


 終わりかけていた髪をく作業の最中、デュエラは振り返り、イミトの眼を見ぬようにしながら正座からまた土下座へと。


「……いや、まぁ前の世界じゃ、俺が捕まりそうな事案ではあったのよな」

「それより——顔を上げろよ、俺は見ても大丈夫なんだっての」


 そんな卑屈極まるデュエラに、前の世界で植え付けられた常識が心にむちを打ち、バツが悪そうにイミトは頬を掻こうとしたがくしを持たない左腕にはクレアの鎧がある事を思い出し、小さな息を吐く。


 そして彼は、デュエラの前にしゃがみ込み、クレアの腕でデュエラ・マール・メデュニカのその顔を自分へと誘導する。


「にしても、こんな綺麗な金色の目を見れたのは、クレアに感謝だな」

「——っ⁉」


 世界は美しい。悪辣不敵でありながら、そのイミトの微笑みは確かにそういっているようだった。自分に対する畏怖でもなく、警戒でもなく、絶望でもない、デュエラは初めて見る人間の眼光に戸惑い、心を揺らす。


 ある意味、彼女が初めて【】に出会った瞬間であった。



「……おい、貴様ら」

「お、火は付いたみたいだな」


 花が咲きそうな雰囲気、そこに割って入るは三白眼のクレア。怪訝けげんな声色にイミトが振り返るや、その背後で積んだ薪から煙がいぶされ始めていて、今にも燃え上がりそうな赤いあかりも見える。



「イミトよ……確かに我には石化の呪いに耐性があるが、我と繋がっている貴様の耐性が万全とは限らんのだ。万が一を考え、容易よういに出過ぎた真似をするでない」


 意図しているのか意図していないのか、にぶいのかにぶくないのか、掴み処の無いイミトに疲れた様子のクレアは一応といった佇まいの警告。


 表面張力のように感情が波打っていて。


「……その時は、コイツの体に憑けば良いんじゃないか? 俺が死ぬ寸前に、コイツの体に入り込んで俺を切り捨てればいい……勘だが多分うまくいくんだろ?」


「——……」


 故に、それは余計な一言、提案だったのだろう。いつも通りにも見える皮肉めいた口調の提案にクレアの瞳孔が少し開く。


「そのようなイチかバチかの賭け、我がやると貴様は思うのか」


 真剣な面差しでクレアは言ったが、肝心のイミトは焚火の様子に気を取られているようで。


「いや。やらないと信じたいさ、いちおう努力もするし、な」


「薄気味の悪い……貴様のそういう、先手を打ち、他人を推し量ろうとする所が、我は気に入らん」


 しかし我慢に我慢を重ねているクレアの気配がにじみ、不快極まっているクレアの言葉を噛みしめてようやくイミトは色々と察する。


「……あー、そうだな。無意識だ、悪かった」


 頭を掻き、すこぶるバツの悪そうなイミト。自分の不用意な一言を珍しくと言えるほどに反省し、クレアの方へと顔を向け改めて向き合う。



「無意識と言う事は心根で思っておるのだろうが。腹立たしい」


 それでも不愉快そうにクレアは髪を器用に操りイミトから顔を背ける。そんなクレアの言葉を聞き、頬を掻きながらイミトはこう言ったのだ。


「腹は無いけどな」

「「……」」


 ほんにささやかなデュラハンジョーク。別段うまい事を言ったわけでは無かったがクレアはキョトンとした後、イミトの方へ向き直り茫然と。


「「ははは」」


「フベロゲ⁉」


 ——そして唐突に二人で笑い出し、唐突にイミトを髪の拳で殴り飛ばしてストレスを発散したクレアなのであった。



 そんな二人を前に、様子を伺っていたのはやはりデュエラ・マール・メデュニカ。



 彼女は不意に、笑った。


「クス……フフ、フフフフ。仲がよろしいので御座います、ですね」


 二人のやり取りを言葉通りに思い、楽しそうでありながら彼女は同時にうらやましそうでもあって。


 しかし、

「「……」」


 どんな眼球をしていたらそう見える。見当違いもはなはだしい発言をしたデュエラに対し、デュラニウスの二人はそんな眼差し。


 けれど、

「あ、ごめんなさい、ごめんなひゃい‼ ひゃ、ヒタカンひゃ‼」


 それに慌てて卑屈な我に返り、頭を下げながらまた平謝りを始めた上に途中で舌を噛むデュエラのの抜けっぷりに、険悪だったはずのクレアの毒気も流石さすがに抜かれて、


「……なにやっておるのか。イミト、魚を焼くのであろう? 早く準備をせんか」


「へいへい……とりあえず魚の腹を捌いて内臓引きずり出した後にハラワタを洗ってくるから、火が消えないように見といてくれよ」


 呆れたクレアに押されるように元の鞘の関係感に戻るデュラニウスの二人。

 そして、イミトは魚が二匹包まれている大きな葉っぱを地面から拾い上げ、


「デュエラは、そうだな。魚の口からケツを貫けるような長い枝を探してきてくれるか?」


「は、はい、なのですます‼」


 昼飯の支度に向けて動き始める。


「……表現が随分と猟奇的ではある」

「事実だよ。いつだってそれが現実だ」


 もう少し気を遣えというクレアの言い分、そして自分は運が悪いと言わんばかりな溜息に対し、イミトは軽口でそう言葉を返す。これが俺の性分であるとのたまわんばかりに、そう語り去っていったのだった。


 ——。

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