第3話 ジャダの滝4/4

 ——それから、



「こんっっの、ボケナスがぁ‼」

「ブヘバガ⁉」


 クレア・デュラニウスは実に怒り心頭であった。感情のままに頭を宙に浮遊させ髪の拳でイミトを殴りつける。しかし、密やかに髪を柔らかくしている事をイミトは知っていた。


「結果として石化の呪いに対し、デュラハンとしての耐性があったから良かったものの、貴様が只の人間であったなら、そこらに転がる面白い形をした石ころになっておったところぞ‼」


「これだから水に近づくのは嫌なのだ。ロクな事がない」


 ぶつけがたい怒りを漏らしながら、よろめくイミトの左腕を操り腕の中に納まったクレアの次の怒りの矛先は水から這い出たばかりのメデューサ族の娘に向かう。



「貴様もぞ、メデューサの小娘‼」

「ひゃ、ひゃい‼」


 勢いのあるクレアの怒号による迫力にビクリと体をすくませ、顔の置き場を忘れたようにあちこちに目線を泳がしながらも砂利じゃりの上で、しっかりとした正座の姿勢。彼女は未だ、全裸である。


「水にひそみ、我らを石に変えようと企むなぞ、卑怯千万ひきょうせんばん‼」


「そこになおれい‼ いますぐ我が斬り捨ててくれるわ‼」


「いや待て。これは、どう見ても俺が殺す感じに見える」


 そんな彼女に対し、未だ感情の制御の利かないクレアはイミトの体を操った上で黒いつるぎを創りだして天にかかげた。はたから見ると確実に人間の首を抱えた狂人が、新たに裸の乙女を歯牙しがに掛けようという格好。


 さしものイミトも強い抵抗感を持ってクレアを止める。


「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい‼」


 そしてメデューサの娘が必死の命乞いで何度も頭を下げる様を見て、


「クレア。話くらい聞こうぜ、別に戦う気も無いみたいだしよ」


 更に、なだめるような口調でクレアを説得するイミトであった。



「……仕方ない。まずは服を着るがよいメデューサの娘よ」


「そだな。また殴られる流れは勘弁だし、服は何処にあるんだ?」


 そして右手の剣を降ろすクレアがようやく落ち着きを取り戻すや、今度はイミトが肩に剣を抱えて話を進めた。


 すると、

「あ、あの……ふ、服は、さっきの強風に飛ばされて……」


 まだクレアやイミトにおびえているように目を泳がしつつ、恐らく彼女の服が飛ばされていったのであろう滝の流れる川の先に顔をのぞかせるメデューサの娘。


「「……」」


 風の話を聞いた二人には心当たりがあった。クレアとイミトは互いに目を合わせ、黙す。


「なぁ、クレアさん」


 おもむろにイミトは確認の意味も込め——、風を生んだ犯人の名を呼んだのだが、


「黙れぃ、ヌケサク‼」

「フフジン⁉」


 その先をイミトの右手が言わせることは無く、文字通り口を塞ぐ。漏れた音はクレアの八つ当たりに対する不満——『理不尽』を言おうとしたものである。



「娘よ。ならば我が特別に貴様に服を与えよう、感謝するが良い」


 一方のクレアは、突如として慈愛の女神の如くメデューサの娘に微笑みを与える。

 それは、メデューサの娘に対する口止めでもあったのだろう。微笑みの裏にある圧がそう語っていると、呆れ交じりに自分の口を押えたままの右手に息を吐くイミトであった。


 ——そして、クレアがメデューサに魔力で作られた黒衣の服を仕立て着替えたその後の事。


「で、何で貴様はこんなところにおったのよ」

 「おいクレア、まずは名前を聞くところからだろ」


 話を進めようとするクレアを傍らに、岩にもたれ掛かったイミトが水を差す。彼は腕を組み、何処となく周囲の様子を気にして落ち着かない様子。


「……それを言うならば、まずはこちらから名乗るのが礼儀というものよ」


 そんなイミトにいぶかしげなクレアだったが、面倒そうにまぶたを閉じ岩の上から仕方なしと心持ち新たに水を差し返す。


「我はクレア・デュラニウス。かつて処刑騎士と呼ばれ、数多の戦場を駆けた誇り高きデュラハンの騎士よ」


 そうしてクレアは尊大に、岩の下に正座するメデューサの娘を見下げ名乗りを上げる。するとメデューサの娘は威光にさらされたように「ははぁー」とひれ伏して。


 次はイミトの番である。彼は言った。


「俺はイミト・デュラニウス。わけあってクレアに体を分け与えてる人間だ。一応……、な」


「待て、貴様。何を勝手に我の姓を名乗っておる」


 ひれ伏したままのメデューサを尻目に周囲に気を散らすイミトが偽称交じりに名乗ると、それに敏感なクレアが引っ掛からない訳も無く。


 けれど、

「別に問題ないだろ。デュラニウスって、ちょっと名乗って見たかったんだよ」

 「……貴様も厨二とやらではないか」


 素っ気ないイミトに口喧嘩をする気がないのを悟ったのか、その様子のおかしさを怪しみつつ歯に何か挟まっているような嫌味を一つ口にする。



「それで、貴様の名は何と言う小娘」


 そして謎のメデューサ娘が居る以上、イミトばかりに構っていられないと話を本筋に戻すクレア。


「あ、わわ、ワタクシサマは、めめ、メデューサの、デュエラ・マール・メデュニカなのですます‼」


「よよよ、よろしくお願い致しますなのですよ‼」


 するとメデューサの娘は唐突に出番が来た事に驚いた様子で、飛び上がるようにひれ伏していた体を起こし慌てて名乗り、また深々と頭を地に近づけ今度は両掌を天に向けて武器を持っていない事を示すように二人に差し出して。


「……土下座がメデューサ族の挨拶なのか?」


 そんな卑屈なデュエラの素振りに、神妙な顔をしたイミトが言った。それにクレアが呆れて返す。のだが、



「いや。単にこやつの気が小さく、服従のポーズをしておるだけよ」


「そうか、まぁ悪い奴じゃなさそうで何よりだ。良いもんも見させてもらったし」


「……下衆めが」


 やはりイミトの様子はクレアの眼にはおかしく見えている。適当な軽口は最早いつもの事ではあったが、いつにも増して真剣味が無く、まるで他の事柄に気を取られているような集中を欠いている様子。


 しかし、その要因に思い当たる事は何も無い以上、迂闊うかつに聞く事はクレアにとってイミトから教えをうようで屈辱に等しくもある。


「で、デュエラ・マール・メデュニカさんは、ここに住んでるのか?」


 そんなクレアの歯痒い思いを他所に、イミトが話を進めた。するや、デュエラは声だけ見れば気弱ながらも今度はキチンと返したのだが——、



「は、はい。ワタクシサマはここに住んでおりますのです」

「……」


 首がイミトから百八十度そっぽを向いていて。そんなデュエラの態度にイミトはいよいよ、感極まる。


「クレア。俺、小便してくるわ、相手しといてくれ」

「……はあ。早くしてくるがよい」



 水を一気に飲み過ぎていたイミトであった——。

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